表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第一章 ヒポクリシー
7/104

第七話


「わざわざ迎えに来てくれて、ありがとうございました」


宿に帰りついてからアルファルは礼を言った。


「どういたしまして。でも、助けは要らなかったみたいだけど?」


言いながらアルは部屋のベッドに腰かける。


アルファルの実力はまだ見ていないが、魔術も使えない人間が敵う相手ではない筈だ。


その証拠に、誘拐されたアルファルは囚われの身とは思えない程に落ち着いていた。


「何で、連中に素直に従ったりしたんだ?」


「人間観察の為です」


表情を変えずにアルファルは答えた。


アルは訝し気な表情を浮かべる。


「連中がそんなに興味深い人間だったのか?」


「私が観察していたのは、あなたの方ですよ。アル」


「俺?」


少しも揺らぎのない水面のような目でアルファルはアルを見つめていた。


「私が誘拐されて、あなたがどんな反応をするのか、どんな表情をするのか。気になったんですよ」


アルファルは小さな笑みを浮かべて言った。


何の色もない透明な笑みだった。


そう、アルファルにとって人間は全て敵なのだ。


アルファルにとっては、ガラールもアルも何も変わらない。


善人だろうが悪人だろうが、人間である限り信用はしない。


「…なるほど。俺を試した訳か。本当に俺が君をアールヴの森へ連れていく気があるのか」


もし、それが嘘でアルファルを利用するつもりならばガラールの屋敷には乗り込まないだろう。


アルファルは人間の常識に疎いが、それでもガラールが権力を持った人間であることは分かった。


目先の利益だけを求める低俗な人物なら、アルファルの為にガラールを敵に回したりしない。


「それで? 俺は合格でいいのか?」


「今のところは」


「良し!」


笑みを浮かべてガッツポーズを取るアル。


知らぬ間に試され、値踏みされていたと言うのに気を悪くした様子はなかった。


権力に屈することなく、自己を貫く性格の持ち主。


自分の中のルールを厳守し、悪と判断した者には容赦がない。


何を考えているか分からないのは、アルも同じだった。


アルファルはアルが見せた虚ろな眼を忘れていない。


「…その手」


注意深く見ていた為か、アルファルはそれに気付いた。


へらへらと笑うアルの手に小さな傷があった。


「怪我、していますね」


「こんなの怪我の内に入らないよ」


「………」


無言でアルファルは腰に下げている水筒を取った。


中に人差し指を突っ込み、水に触れる。


「こちらの信頼の証に、私の魔術を見せてあげますよ」


言いながらアルファルは水に触れた指先を床に走らせた。


木の床に水が浸透し、一つの『陣』を描く。


「それは陣、か? 魔術師が杖に刻む記号の…」


「水を動かすとか、耳を変化させるとか、簡単な魔術なら陣無しで使えるのですがを、本格的な魔術を使うにはエルフでも陣が必要なのですよ」


陣が完成するとアルファルはアルの手を取った。


じんわりと温水に浸かるような感覚と共に、アルの手の傷が癒えていく。


「…驚いたな。エルフは陣無しで魔術が使えると思っていた」


「そう思うのは恐らく、エルフが森から離れることが無いからでしょう」


傷が跡形もなく消えたのを確認し、アルファルは手を離した。


「アールヴの森には数多くの陣が最初から刻まれています。その為、エルフは森にいるだけで魔術を使うことが出来る」


更に言えば、エルフは人間と違って魔力切れを起こさない。


エルフはただ故郷の森で過ごすだけで、鉄壁の城に籠城しているのと変わらず、十年でも百年でもその長い寿命で戦い続けることが出来る。


帝国が出来てから何百年とエルフが滅ぼされなかった理由だった。


「常に防戦をしてきた為、基本的にエルフの魔術は防衛に向いています。侵略や支配とは無縁の歴史を送ってきたので」


「属性で言えば、土と水か?」


「ええ、大半はそうです。逆に『破壊』の火属性はエルフの気性に合わず、滅多に使える者はいません」


「…その辺は種族の違いか」


ガラールの屋敷で使用人達が持っていたのは、全て火の陣が刻んだ杖だった。


一般的に人間は火属性を得意とする者が多いと言われる。


その理由は、人間の本質が『侵略』と『破壊』にあるからだ。


『創造』と『変化』を得意とするエルフと真逆であることは何の皮肉か。


「それにしても、人間は変わった魔術を使うんですね」


床に転がっていた作りかけの杖を拾い、アルファルは言った。


「刻まれている陣はエルフ語と図形を混ぜた物ですか? 文字で属性と術式を作り、魔術を発動させる所まで一緒なのに、内容は全く違う」


「…ほう?」


アルファルの言葉にアルの眼が好奇心で輝いた。


杖職人としての血が騒いでいるようだ。


「エルフとはどう違う?」


「エルフの陣はエルフ語だけで描きますが、この杖はそれに図形を加えて意味を変えてます。これでは魔術が発動しない」


試しにアルファルは振ってみたが、杖は何の反応もなかった。


「これはまるで、エルフの陣を書き換えたような…いや、人間用に改良している?」


「人間にエルフの魔術が使えないように、エルフにも人間の魔術が使えないってことかな?」


同じ陣でも、杖に刻む人間の陣と、大地に刻むエルフの陣は別物だと言うことだろう。


「面白いね。今度、エルフの陣を杖に刻んでみてよ」


「アールヴの森に無事についたら幾らでも作ってあげますよ…」


杖を置きながらアルファルは言った。


「ふわぁ………すいません。あくびが出ました」


「そう言えば、もう結構良い時間だな。続きは明日にするかな」


そう言うとアルは腰かけていたベッドから立ち上がった。


「ベッドは君が使ってくれ。少し汚いが、我慢してくれよ?」


苦笑するアルにアルファルは首を傾げた。


「…あなたは?」


「おじさんは床で寝るよ。安心しろ、これでも紳士な男だってこの辺では評判だからさ」


安心させるような笑みを浮かべてアルは言った。


同じ部屋に知らない男が寝ているのは不安だろうが、そこは我慢して貰うしかない。


これくらい慣れてくれないとこの先、共に旅が出来そうにない。


「…何でですか? あなたもベッドで寝ればいいのに」


「………何だって?」


「このベッドなら二人くらい寝れますよ。私も、そんなに寝相悪くないですし」


表情を変えずに言うアルファルにアルは固まった。


(え? 何? 安心しろとは言ったけど、安心しすぎじゃない?)


冷や汗を流しながらアルはアルファルを見る。


「…?」


きょとんとした顔のアルファルに深い理由は無いようだった。


今度はこちらを試している訳でもないようだ。


「あ、あのね? おじさん、こう見えてもまだ二十九歳だし? 若い女の子と一緒に寝ると言うのは色々と問題があるような気がしたりしなかったりする訳で…」


「何を言っているんですか?」


「………」


(もしかして、男扱いされていない? と言うか、確かエルフは百歳で成人とか言っていたような…)


実年齢は二十八歳と言っていたが、五百年以上生きると言われるエルフである。


その感覚で言えば、アルファルは見た目よりもずっと幼いと言うことになるのだろうか?


最初から落ち着いていたので勘違いしていたが、そう言う知識は疎いのだろうか?


「つ、つかぬ事を聞くけど、アルファルはどうすれば子供が生まれるか知っている?」


傍から見れば変態以外の何物でもない質問をするアル。


心の中で女将さんが乱入して来ないことを祈った。


「知ってますよ?」


特に照れた様子もなく、アルファルは頷いた。


それに安心すればいいのか、不安になればいいのか曖昧な顔をアルは浮かべる。


「木から生まれるんです」


「…はぁ!?」


思わず叫んでいた。


「エルフは交配で子供が出来ないので、木から生まれてくるんです。数十年に一度生まれる子供を皆で協力して育てるんです」


「……………」


コレは、アレだ。


コウノトリ的な子供騙しではない。


本当にエルフは木に実るようだ。


と言うかこの子、交配とかあっさり言っちゃったよ。


「…どうかしました?」


つまり、エルフは異性と交わることなく子供が生まれる。


その為、エルフは人間ほど異性を意識せず、性差にも鈍感になる。


「………文化の違いって怖えなぁ」


げんなりとしながらアルは床の上に寝転んだ。


「あ、駄目ですって。こちらに」


「…出会って数日の男女は一緒に寝たりしねえの。それが人間の常識だ」


「そうなんですか? それは失礼しました」


アルの言葉を聞くとアルファルはあっさりと引き下がった。


相変わらず、物分かりが良い。


(…木から生まれる、ね)


眼を閉じながらアルは思った。


エルフにとって森とは単なる家ではないのだ。


住処であり、同時に自分を生んだ母でもある。


どうしてエルフが森を離れず、森の為に人間と戦ったのか分かった気がした。








同じ頃、路地裏に二人の男女が倒れていた。


恋人同士なのか、同じアクセサリーを腕に付けた二人は苦し気に荒い息を吐く。


「…悲しいなァ」


どこからともなく声がした。


声を聞き、二人の身体が震える。


声の主に痛めつけられたのか、その身体には無数の切り傷が付いていた。


「これだけ斬っても、人間ってのは中々死ねない物だねェ。一思いにやった方が幸せだったかなァ」


「ヒッ! た、助けてくれ…!」


「嫌、もう嫌ぁ!」


姿の見えない相手に二人は懇願する。


特に拘束されていないのに逃げ出さないのは、もう逃げられないことを理解しているからか。


「そうだなァ。ボクも飽きてきちゃったから、そろそろ終わりにしようかァ」


その言葉に二人は凍り付く。


「最後に、ゲームをしようよ」


カラン、と軽い音が二人の前で聞こえた。


月明りで照らされた地面に、一本の杖が落ちていた。


「それ、この前に殺した騎士が持っていたやつなんだけどさァ。人間の武器らしいじゃん?」


「つ、杖…?」


「そうそう。ルールは簡単、杖を先に取った方の勝ち。取れなかった方は………ボクが殺す」


あっさりと、声の主は言った。


あまりに残酷で、残忍な事実を。


「愛し合う男女。どっちが先に取るのかなァ? 急がなくていいのかなァ? キヒヒヒヒ!」


「こ、この、悪魔め!」


「キヒヒ! ボクを最初に『ダストデビル』と呼んだのはそっちだろう? だからボクはこのように、求められたように振る舞っているだけさァ!」


声の主『ダストデビル』は嘲笑する。


良心と保身の間で苦しむ人間を本心から楽しんでいた。


迷いながらも、男はボロボロの身体で起き上がる。


その時、男の横で風が吹き、杖が拾い上げられた。


「お、前…」


杖を握り締めた恋人を見て、男は目を見開いた。


その眼には驚愕と共に絶望が宿る。


「ご、ごめんなさい。で、でも私が助かるには、これしか…!」


「テメエ! その為なら俺が死んでもいいってのか…!」


「ごめんなさ…」


震えながら謝り続けていた女の言葉が止まった。


大事そうに握り締めていた杖が赤い輝きを放つ。


「キヒッ」


嘲笑が、聞こえた。


「あ、ああああああああァァァ!」


瞬間、杖から炎が放たれ、女の全身を包み込む。


慌てて杖を捨てても、一度身体に付いた火は消えずに燃え続ける。


やがて、女の身体が脱力し、地面に崩れ落ちた。


「どうやら、この杖は故障していたみたいだねェ。危ない危ない」


わざとらしく言いながらダストデビルが姿を現す。


線が細く女性と見間違えるような容姿の男だった。


白塗りの顔に唇には紅まで塗っており、女物のドレスを纏っている。


特徴的な尖った耳には鎖のように連環させたピアスを付けていた。


「キヒヒ! それにしても悲しいなァ。恋人に裏切られ、しかも惨めに生き残っちゃった男はァ」


凍り付くような美貌を醜く歪めてダストデビルは笑った。


「も、もういいだろう。アイツは死んだんだ。だから俺は…」


「…何を言っているんだ?」


ヒュッと風を切る音が男の耳に響く。


瞬間、男の首から噴水のように血が噴き出した。


「な…ゴフッ…ガ…」


「何でって顔しているねェ? 最初に言ったじゃん。杖が取れなかった方はボクが殺すって」


血溜まりに沈みながら男はようやく気付いた。


目の前の悪魔は、初めから自分達を生かすつもりなどなかったのだ。


ただ、ほんの少しだけ希望をチラつかせて命を弄んでいただけだった。


「キヒヒヒヒヒ!」


嘲笑を上げながら悪魔は死体を切り刻んでいく。


返り血に塗れて嗤う悪魔の耳は、アルファルと同じ形をしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ