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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第六十九話


「結論から言うと、あなたの心臓を治すことは出来ません」


「………」


ヴェルンドの秘密を教えられたアルファルは正直に答えた。


元の心臓を抜き取られ、代わりに偽の心臓を埋め込まれているヴェルンド。


エルフの魔術に元に戻す力を期待していたのだろうが、それは不可能だった。


時間をかければ不足した臓器を戻すことも出来るかもしれないが、その臓器が心臓ではヴェルンドの身体が持たない。


ヴェルンドはこれからも他人の作った心臓で生きていくしかないのだ。


「そうか。エルフの魔術でも、流石に無理ですかァ」


ヴェルンドは視線を前に向け、再び歩き始めた。


「…すいません」


「別に謝る必要はないですよ。予想はしていましたからァ」


特に残念そうな態度は見せず、ヴェルンドは言う。


その後ろを追いかけながらアルファルは訝し気な顔をする。


「コレが元に戻らないなら、アンドヴァリの方を何とかするしかないですね」


隈がくっきりとついた眼を揉み、疲れた様子でため息をつくヴェルンド。


「彼は冷酷ですが、公私混同はしない主義です。だからメリットさえ与えれば交渉にも応じるでしょう」


「…騎士団と交渉するつもりですか?」


「おや、不服ですかァ? 交渉が上手くいけば、軍神アルヴィースも助けられると思いますがァ?」


「ッ! アルは生きているのですか!?」


「あらら? 言ってませんでしたっけ?」


首を傾げるヴェルンドを無視して、アルファルは安堵の息を吐く。


殺されたと思っていたアルが生きていた。


アルは自分を庇って死んだ訳ではなかった。


「アルは今、どこに!」


「アンドヴァリの所でしょうね。監獄に囚われた彼を助ける為にも、アンドヴァリと交渉する必要があるのですよ」


ヴェルンドに、アンドヴァリと事を構える気は毛頭ない。


グニタヘイズに肩入れすることもあったが、自身が表立って敵対する気はなかった。


あくまでヴェルンドの目的は自分が自由になること。


アンドヴァリの行動の善悪には興味が無いのだ。


「アンドヴァリには今、欲しい物がある。それを使えば、あちらは大抵の要求をのむでしょう」


「欲しい物?」


「ユグドラシルの種子」


ヴェルンドは簡潔に答えを言った。


「エルフ大戦の中でアンドヴァリが見つけ出し、五年前にファフニールの手に渡ったエルフの神秘」


「それって…」


「ファフニールは種子を古代兵器としてしか見ていなかった為、暴走する結果となった」


アルファルの脳裏に、怪物化したファフニールが過ぎる。


ユグドラシルの番人と自身を称した怪物。


人間やエルフを超えた圧倒的な力。


それが、ユグドラシルの種子の力。


「種子って、もしかしてファフニールの持っていた杖についていたアレのことですか?」


「そうです。眼球程の大きさの深緑の球体。普段は休眠状態に入ってますが、何らかの方法で起動すれば兵器として使えるようです」


「何らかの方法…」


ファフニールは、アルファルが族長から何かを引き継いだと言っていた。


あの時、ファフニールの持つ種子が暴走したのはアルファルが傍にいた為なのか。


具現化したワームも、アルファルだけは襲わなかった。


それは、古代兵器がアルファルを主と見ていたからではないだろうか。


「種子を手に入れれば、彼は必ず交渉に応じるでしょう。そうすれば全て上手くいく」


「…それを手に入れて、アンドヴァリは何をしようとしているのですか?」


アルファルは警戒した目でヴェルンドに尋ねた。


既にアンドヴァリは帝国を支配している。


帝国騎士団と言う十分過ぎる戦力を得ながら、古代兵器を求める理由は何なのか。


「既に帝国を支配する力を得ている………だからこそ、ですよ」


ヴェルンドは少し子供っぽい笑みを浮かべた。


「だからこそ、この支配を…平穏を壊される訳にはいかない。今の世界はアンドヴァリの理想です。それを破壊する可能性がある兵器は、誰の手にも渡らないように封印して置かなければ気が済まない」


「平穏、ですか」


「そう、平穏ですよ。彼の理想は、人類の幸福。エルフを排斥し、人類を支配してでも成し遂げたい理想………歪んでいますが、純粋な正義の人なんですよ。彼は」


どこか悲し気な声色でヴェルンドは言った。


心臓を握られ、道具のように扱われ、アンドヴァリのことを憎んでいる筈なのに、何故かそれを肯定するような言葉だった。


「…ほら、見えてきましたよ」


気を取り直すように、ヴェルンドは前を指差した。


「アレがラプチャーです」








「おぉー! 速い速い!」


「あんまりはしゃぐと落ちるぞ」


黄土色の騎馬に二人乗りしながらアルは呟く。


地面を滑るように移動する粘土の騎馬は、普通の馬よりも遥かに速い。


造形に拘った首に抱き着きながら、ヒルドは興奮した声を上げた。


「凄いわねー! 上等な馬車でもこんなに速度は出ないよー!」


「うーん。二人乗り用だから普段よりも大きくなるのは仕方ないが、そうすると全体のバランスが…」


ヒルドは騎馬の乗り心地を満喫しているが、アルは造形が気に食わないのかずっと唸っている。


「あー。そう言えばアルヴィースってそう言う凝り性な所、前からあったねー」


「戦いの道具とはいえ、粗雑に作っては製作者の品位を疑われるだろうが」


「本当に妙な所で頑固だよねー。二人共」


「おい、レヴァンと一緒にするな。俺はあそこまで堅物じゃないぞ」


騎馬を操りながら、アルは心外そうに言った。


自分の意見を曲げない頑固さ加減では大して変わらないと思ったが、ヒルドは敢えて口に出さなかった。


これでもヒルドは空気を読むことが出来るのだ。


普段は読んだ上で無視しているだけで。


「…そろそろ、一度休憩するぞ」


「えー。もう少し走ろうよー」


「休憩を挟まずに乗っていると酔うぞ」


「酔わないよー。私は水の魔術師だからー………うっぷ」


「それみろ、言わんこっちゃない」


アルは騎馬を急停止させ、青い顔をしたヒルドを下ろした。


先程までの明るさが嘘のように、ぐったりと大地に座り込む。


「アルヴィースー。酔い止めの薬ちょうだいー」


「ねえよ。自分で治せ、水の魔術師」


「それもそうだねー………ゲポッ」


「おい、何か口から出たぞ」


気分悪そうなヒルドの口から何か小さな物が零れ落ちた。


地面をコロコロと転がる球状の物が靴のつま先に当たり、呆れていたアルは顔色を変えた。


「お前、コレ…」


わなわなと震えるアルの視線の先にあるのは、深緑色の球体。


眼球程の大きさのそれは、アンドヴァリが言っていた『種子』に似ていた。

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