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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第六十八話


「………」


関所を通り抜け、無事に帝国領の外へ出てもアルファルの表情に安堵の色はなかった。


ラプチャーへ向かう同行者となったヴェルンドへ視線を向ける。


自分を悪人であると称したヴェルンド。


良心的な理由ではなく、利己的な理由でアルファルを助けたと認めていた。


無意味に危害を加えるつもりはない、と言った言葉は本心に聞こえたが、アルファルはまだヴェルンドが何を望んでいるのか聞いていない。


「関所を抜ければ、ラプチャーはそう遠くない。今日中には辿り着くと思いますよ」


荒れ果てた道の先を歩きながら、ヴェルンドは振り返った。


旅慣れしていないアルファルを気遣った言葉だったが、アルファルは無視した。


「…結局、あなたの目的は何なのですか?」


アルファルは我慢できずに言う。


詳しく話せば長くなるから、と道中に全て説明すると言ったのはヴェルンドだ。


不信感を隠そうともしないアルファルに、ヴェルンドは隠すことなく口を開く。


「命」


「え…?」


「命。命だよ。俺は、俺の命を取り戻したいだけ…」


雰囲気の変わったヴェルンドは足を止め、アルファルを見た。


そして、唐突に纏っているモコモコとした服の前を開け、褐色肌の胸板を曝け出した。


「…ちょっと俺の胸に触れてみてくれませんか?」


「―――」


ヴェルンドの言葉に、アルファルは石のように固まった。


無言でヴェルンドの顔を凝視し、その顔にふざけた様子がないことにショックを受ける。


ザッと勢いよくヴェルンドから距離を取った。


「あの、もしかして、特殊な趣味の方ですか?」


言葉を選びながら、困惑した様子でアルファルは言った。


「は?」


言われてヴェルンドは客観的に今の状況を考えた。


人気のない荒野にいる二人の男女。


唐突に服をはだけ、胸に触ることを強要する男。


変態以外の何者でもなかった。


「ち、違う! 今のはそう言う意味で言ったんじゃない!」


慌てて否定するが、一度失った信頼は回復しない。


何か説明とも言い訳とも付かない言葉を口走りながら、アルファルに近付く。


「とにかく! ちょっと触って確かめてみて下さい!」


やや強引にアルファルの腕を掴み、自分の胸に触れさせるヴェルンド。


「何するんですか。言っておきますが、私はエルフだからあなたの子供は………」


ガラールの告白を断った時と同じようなことを言っていたアルファルの言葉が突然止まる。


ヴェルンドの薄い胸板に触れたアルファルの手。


そこからは何も感じない。


生命の鼓動を感じない。


「コレ、は…? 心臓が…?」


「そう。俺には『ハート』がないんですよ」


掴んでいたアルファルの手を離し、ヴェルンドは自嘲気味に笑う。


心臓が無い。


生物として誰もが持っている『命』をヴェルンドは持っていない。


「そんな、心臓を失って生きていられる筈が…」


「ええ、だから代わりの物を埋め込んであるんです」


ドクン、とヴェルンドの身体が僅かに脈打った。


心臓の鼓動に偽装しているが、注意深く観察すれば心音の頻度がおかしいことが分かる。


「心臓型の杖を移植してあるんですよ。元々あった心臓を取り除いて」


体内に埋め込まれた木製の心臓を撫でながら、ヴェルンドは薄い笑みを浮かべる。


その眼には深い悲しみと憎しみがあった。


「何の、ために…?」


杖を臓器の代わりとして使う。


確かに理論上は可能なのかもしれないが、それをする理由が分からなかった。


「決まっているでしょう?」


未だ笑みを浮かべたまま、ヴェルンドは言葉を続ける。


「俺の命を握る為ですよ。フリズスキャルヴを開発した、この俺を」








八年前。


帝国騎士団技術開発部隊長に任命されたヴェルンドは開発チームを率いて様々な杖や魔術を考案していた。


特に多かったのは騎士の使う杖だ。


戦後の混乱を収め、新たな秩序を作る騎士達には力が必要だった。


アンドヴァリの命令の下で、次々と強力な杖を開発していた。


そんなある日、アンドヴァリは新たな命令を下した。


それは騎士達の杖を繋ぎ、騎士達の見ている風景や声を聞き届ける杖の開発だった。


その名は『フリズスキャルヴ』


その玉座には、騎士達の杖から盗聴する機能や杖の効力を一時的奪う機能もあり、力を持ち過ぎた騎士の裏切り防止の意味もあった。


風属性の杖を作ることは困難だったが、遂に完成した。


『ようやく、完成したか』


『はい。遠く離れた騎士の魔力を伝達する素材に苦労しましたが、騎士団長が用意してくれた素材で何とか上手くいきました』


完成した玉座を眺めながらヴェルンドは満足そうに言った。


『しかし、あの素材は何だったのですか?』


ヴェルンドは思わず気になっていたことを告げた。


魔力を通し易いとされる木よりも魔力を伝達しやすい白い物体。


アンドヴァリが大量に用意したそれを内部に組み込むことで玉座は完成した。


『新種の鉱物か何かですかァ?』


『…ついて来ると良い』


そう言うと、アンドヴァリはヴェルンドを本部の地下へ案内した。


監獄よりも更に下。


殆どの者が入ることを禁じられている地下空間に、ヴェルンドは初めて足を踏み入れた。


『こ、コレは…』


そこは地獄だった。


天井からぶら下がる死体。


石の台に乗せられて切り刻まれた死体。


死臭の漂う空間にあったのは、全てエルフの死体だった。


『戦場から回収したエルフの遺体だ。まあ、全ては回収できなかったがな』


『どうして、こんな…』


『エルフの神秘を解明する為だ。それに、奴らの骨は良い素材になる』


その言葉で、ヴェルンドは今まで自分が何を使って何を作っていたのか理解した。


騎士団ではエルフは悪だと言われている。


だが、だからと言って殺した上に死体まで切り刻む必要があるのだろうか。


『…ああ、言い忘れていたが。お前の心臓には細工をさせて貰った』


『細、工…?』


『お前の自前の心臓の代わりに、心臓型の杖を埋め込ませて貰った。この意味は分かるな?』


ヴェルンドは作ってしまった玉座『フリズスキャルヴ』


その効果の一つに、杖から一時的に効力を奪うと言う物がある。


もし、それをヴェルンドに使ったらどうなる?


杖であるヴェルンドの心臓が機能を停止し、瞬く間に死亡するだろう。


この瞬間から、ヴェルンドの命はヴェルンドの物ではなくなったのだ。

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