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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第六十六話


「………」


騎士団本部。


最上階である三階に用意された騎士団長室にて、アンドヴァリは静かに眼を閉じていた。


腰掛けている玉座『フリズスキャルヴ』から与えられる情報でアルの脱獄は感知していた。


玉座に座ったアンドヴァリは騎士団本部にいる全ての騎士の視覚情報を掌握している。


ヒルドによって気絶させられた騎士の視界を覗くことは出来ないが、他の騎士の視界を使えばアルの居場所を特定し、捕捉することは容易い。


「…捕えるのは簡単だが、今は泳がせておこうか」


だが、敢えてアンドヴァリはそれを行わなかった。


現在の重要事項は、ユグドラシルの種子の行方のみ。


正直なところ、情報を持っていないと分かった今、アルに利用価値は殆どなかった。


全力で抵抗するアルに、少なくない犠牲を払ってでも捕える必要性を感じない。


レヴァンがいれば話は別だが、そのレヴァンも今は侵入者の対処に追われている。


「とは言え三英雄の内、二人を放置するのは少し不安だな。監視を送るか」


コツン、とアンドヴァリは玉座を軽く指で叩いた。


今まで見ていた騎士達の視覚情報が消え、アンドヴァリは瞼を開ける。


「ヴェルンド。今、どこにいる」


呟く様な声は、風に乗って目的の人物へと届けられた。


それは確かに魔術が発動した感覚だったが、相手からの返答はなかった。


「…返事は無しか。アイツめ、私に隠れて一体どこで何をしている?」


本来の予定ではレヴァンと共に帰還している筈だったことを思い浮かべ、アンドヴァリは呟く。


感情をあまり表に出さないアンドヴァリには珍しく、苛立ちを含んだような声色だった。


「アイツの杖からは視覚情報を読み取ることも出来ん。チッ、厄介な」


ヴェルンドにはアンドヴァリに逆らえない『理由』がある。


故に今までは多少のことは見逃してきたが、ここ最近のヴェルンドは不審な行動が多かった。


「…そろそろアイツも捨て時か」


手足となって働く別の駒を用意するべきか。


そう冷酷に呟き、アンドヴァリは玉座から立ち上がった。








同じ頃、帝国東部にて。


「…はぁ…はぁ」


アルと別れ、たった一人となったアルファルは真っ直ぐに東を目指して歩いていた。


レヴァンから逃走する際にアルが言っていた東の果て。


フェンリルも言及していた帝国領の外。


帝国全土を支配する騎士の手を逃れるには、そこへ行くしかない。


「………」


フェンリルに言われたようにグニタヘイズに協力するつもりはない。


騎士団のことは許せないが、それでも復讐をするつもりはなかった。


何故なら、誰よりもアルがそれを望んでいなかったから。


「………」


アルファルは自分の指に付けられた木の指輪へ目を落とす。


アルは騎士団に復讐することに強く反対していた。


戦いは終わったのだから、アルファルには平穏な人生を歩んで欲しい。


常にそう考えていた。


「…それは、あなたも同じでしょう」


思わず、アルファルは怒りを含んだ声を出した。


あの戦いで苦しんだのは、アルファルだけではない。


エルフを虐殺したことに、アルもまたその罪に深く苦しんだ。


戦いが終わってから十二年も経つのに、まだ自分を許せない程に苦しみ続けた。


贖罪のつもりでアルファルの盾となり、そしてレヴァンの炎に焼かれた。


「こんな形で助けられて、私が喜ぶと思っているのですか…!」


庇って、傷を負って、血塗れになった死体を前にして笑えるほどアルファルは薄情じゃない。


こんなことは贖罪じゃない。


こんな形で助けられても、誰も救われない。


「…あ」


怒りながら歩いていると、目の前に小さな関所が見えてきた。


その傍には、数名の騎士の姿も見える。


恐らく、あそこが国境なのだろう。


あの地点が帝国領の最東部であり、国外へ逃亡する者を捕らえる為に騎士が配置されているのだ。


「………」


アルファルは復讐を望んでいないが騎士を目の前にして穏やかでいられる程、無感動ではなかった。


感情的になりそうな自分を抑えながら騎士達を睨んでると、一人の騎士と目が合った。


その騎士は他の騎士に何事か告げて、アルファルに近付いてくる。


マズイ、と心の中で呟き、アルファルは身構えた。


一応、咄嗟に耳を隠したが近くに寄ればバレるかもしれない。


とは言え、ここで逃げれば騎士の疑心は確信に変わる。


「君、こんな所で何をしてる」


「………」


声をかけてきた若い騎士から眼を逸らし、アルファルは思考する。


人間のふりをして誤魔化さなければならないが、自分に出来るだろうか。


不安になりながらも、何か口を開こうとするアルファル。


「ちょっと待ちなって、その子は俺の待ち人ですよ」


その時、関所の中から声が聞こえた。


目の前の若い男よりも更に高い、幼い感じのする男の声が騎士を呼び止める。


中で食べていたのか、クッキーを齧りながらトコトコと男はアルファルの下へ駆け寄った。


困惑するアルファルの前に立ち、愛想笑いを浮かべる。


「どうも初めまして。俺はヴェルンドと申します」

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