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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第六十一話


「アルヴィースの魔術で脱獄とか出来ないのー?」


監獄で静かに瞑想していると、唐突にヒルドが言った。


脈絡のない言葉に思わずアルは目を開き、慌てて看守の方を見る。


「…いきなり何だ?」


「いや、アルヴィースの魔術を使えばこんな土くらい溶かして脱獄できるんじゃないのー?」


寝袋から出した身体をぶらぶらと動かしながらヒルドは言う。


確かに、アルの魔術を使えれば土を操ってここから脱出することも可能だ。


魔術が万全に使えればの話だが…


「無理だ、火傷で陣が潰されている。傷が治るまでは魔術を使うことは出来ねえよ」


「そうなんだ。私と同じだねー」


そう言うとヒルドは手に付けられた枷を見せる。


「この手枷のせいで、私も上手く魔術が使えないんだよねー」


何やら陣が刻まれた手枷を取ろうとするが、鉄で出来たそれはびくともしない。


窮屈そうに腕を振るヒルドの手枷に付いた鎖がジャラジャラと音を発て、アルは顔を顰めた。


「うるさいぞ。手をバタバタするな」


「むー。だって窮屈なんだものー」


「だからって今度は足をバタバタするな。はしたないぞ」


慎みの無いヒルドの姿に、思わずレヴァンのような小言を言ってしまうアル。


「それに、前々から思っていたが、その服はどうなんだ? いや、服と言っていいのか?」


ヒルドの着ている服を見ながら、アルはため息混じりに呟く。


拷問器具のような装飾を除けば、最低限の布を巻いただけの露出度の高い服装。


普段は色気よりも剥き出しの肌に刻まれた陣に眼が行くが、ヒルドはそれなりにスタイルが良い為、少し目に毒だった。


「むぅ。それを言うならアルヴィースだって、羽根付き帽子にコートとか怪しい傭兵みたいな格好だし! パイプだって全然似合ってないよー!」


「うぐっ………別にコレは似合うと思って咥えている訳では…」


口でそう言う割には割とショックを受けた様にアルは項垂れた。


厳つい眼帯に合わせる様に渋いファッションを好んでいたが、全否定されてしまった。


渋い印象を受ける服装の割には、アル自身の感性が若いせいかもしれない。


「あのなぁ、俺は…」


言いかけて、アルは言葉を止めた。


すぐにヒルドも気付いたのか、口を閉じて耳を澄ませる。


監獄内に響く足音が聞こえた。


音は段々と近づき、やがて二人の牢の前で立ち止まる。


「思ったより、元気そうだな」


それは、白色に金色の刺繡が入った騎士服を纏った男だった。


その地位の高さを表すような上質なマントを上から羽織り、首からは紐を通して首飾りにした黄金の指輪をぶら下げている。


それだけなら戦争を知らない貴族のようだが、男の顔には幾つかの古傷があり、右腕の義手が戦乱に生きた人生を象徴していた。


糸のように細い眼は感情が読み辛く、一見柔和な表情を浮かべているように見えるが、殆ど変化が無い。


煌びやかな服装や装飾とは対照的に、人間的な欲や心を感じられない雰囲気を持つ人物だった。


「随分と久しぶりじゃないか。アルヴィース」


「アンドヴァリ…なの、か?」


驚愕に眼を見開いてアルは呟いた。


その理由は、アンドヴァリの姿が十二年前から変わり果てていたから………ではない。


むしろ、逆だ。


目の前にいるアンドヴァリの姿はアルの記憶にあるアンドヴァリそのままだった。


あれから十二年の時が経っているというのに、一切歳を取っていない。


当時で三十代半ば、現在では四十代後半だと言うのに…十は若く見える容姿をしていた。


「どうした? ファフニールに会ったのではなかったのか?」


「ファフニール…?」


「…詳しくは聞かなかったようだな。まあ、その話は後だ」


どうでも良さそうにアンドヴァリは首を振った。


アンドヴァリは鉄格子に顔を近づけ、アルを見る。


「騎士団から去ってから何をしているかと思えば、エルフを囲うなんてな。全く、騎士団を離れてもお前は英雄なのだから、少しは風評を気にしてくれ」


呆れた様に苦笑するアンドヴァリの顔は、十二年前と同じ物だ。


それに懐かしさを感じながらも、アルは訝し気な顔をする。


「やけにフレンドリーだな。レヴァンの口振りだと処刑か拷問でもされると思っていたんだが?」


「レヴァンちゃん………レヴァンは少し真面目過ぎるからな。私の命令を誤解したのだろう」


(レヴァンちゃん…?)


妙な発言もあったが、肩透かしな程にアンドヴァリは友好的だった。


エルフを庇ったこともそうだが、勝手に騎士団を脱退したアルに対し、あまり良い感情は抱いていないと思っていたが…杞憂だったようだ。


「ただ、あのファフニールと直接戦ったお前に聞きたいことがあってな…」


スッと糸のように細いアンドヴァリの眼が僅かに開く。


深海のように暗く冷たい瞳に見つめられ、思わずアルは身を引き締めた。


「『ユグドラシルの種子』を、見なかったか?」


「ユグドラシル…? 種子…?………何の話をしているんだ?」


アンドヴァリの眼に威圧感を感じながらも、アルは素直に答えた。


ユグドラシルと言う単語には聞き覚えがあるような気もするが、何の話をしているか分からなかった。


「…嘘は言っていないようだな。だとすれば、一体どこに」


「おい、だから何の話なんだよ」


「ああ、すまない。説明を忘れていた」


焦っていた自分を落ち着かせるようにアンドヴァリは小さく息を吐いた。


僅かに開いていた眼を元に戻し、威圧的だった雰囲気も消える。


「お前も、ワームと言う怪物は見ただろう」


「ワーム?…あぁ、あの蛇だか竜だか分からん怪物か」


アルの脳裏に、アールヴの森で出会った怪物が過ぎる。


自らを神と称したあの怪物は、魔術師さえ相手にならない程の力を秘めていた。


もうレヴァンに止めを刺されたが、アルの記憶には今でも深く刻み込まれている。


「アレはエルフが遺した『負の遺産』だ」


「負の遺産…」


エルフ語を話していたことから何かしらエルフと関係していると思っていたが、負の遺産とは穏やかではない響きだ。


その割には、アルファルが何も知らなかったことが気になるが…


「負の遺産『ユグドラシルの種子』は人類を滅ぼす大魔術だ。太古の昔、古代エルフによって生み出され歴代の族長に継承されてきた」


ワームと呼ばれた怪物はどこか不自然な存在だった。


人間を憎み、人類を滅ぼそうと考えていたが、そこには理由がなかった。


本来なら人間を憎むべき恨みや痛みが存在する筈なのに、ワームにはそれが無い。


それはワームがそもそも生物ではなく、他者に作られた魔術(兵器)であるからだった。


「種子の本体は眼球程の大きさの球体でな。私の方で管理していたのだが、それを五年前ファフニールに盗まれてしまったんだ」


「ファフニールが?」


「そうだ。私はエルフの脅威を完全に終わらせるべく、この負の遺産を探している。ファフニールと直接戦ったお前が持っていると思ったのだが…」


アンドヴァリはそう言うと困ったように唸る。


それを見てアルは自身の記憶を辿るが、やはり見た覚えがない。


「お前はエルフを連れていたな?」


考え込むアルの顔を見ながらアンドヴァリは呟く。


「種子は元々エルフが作った物だ。何か知っていることがあれば、聞き出して欲しい」


「…その代わり、アルファルの安全は保障すると言う事か?」


「話が早くて助かる。エルフは敵だが、民間協力者は無下に出来ん。古代兵器封印の功労者として厚遇することを約束しよう」


「………」


悪くない提案だった。


今のままではアルファルは人類の敵対者として排斥されてしまうが、騎士団の協力者とアンドヴァリが認めれば状況は変わる。


現在、皇帝よりも発言力のあるアンドヴァリの言葉だ。


誰からも受け入れられる、とは言い難いだろうが安全に町を歩くことくらいは出来るようになる筈。


それは願ってもないことだった。


「…嘘だねー」


その時、アルのすぐ後ろから声が聞こえた。


アンドヴァリが来てから一度も口を開かなかったヒルドが、不機嫌そうに口を尖らせている。


怒りすら含んだ視線の先には、アンドヴァリが立っていた。


「相変わらず耳障りの良いことばっかり言って…どうせ、それも嘘なんでしょー?」


「…随分と嫌われたものだ」


そこで初めて、アンドヴァリはヒルドに眼を向けた。


「私はお前も釈放するつもりだぞ。死んだことになっているから表立って英雄として扱うことは出来んが、望むなら騎士として迎え入れよう」


「お断りよ」


んべー、とヒルドは舌を出した。


何故そこまでヒルドがアンドヴァリを嫌うのか分からず、アルは首を傾げる。


そんなアルを見て、ヒルドはますます険しい表情を浮かべた。


「アンドヴァリ。私、知っているのよ」


ヒルドは怒りの表情でアンドヴァリを睨んだ。


「あの『グリーフ村の虐殺』…アレは、貴方がやったことなんでしょう?」

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