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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第一章 ヒポクリシー
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第六話


ドカッと荒々しい音を発てて扉が開かれる。


豪華な部屋に荒っぽく入ってきたのは、エメラルドの杖を肩に担いだアルだった。


「お楽しみの所、失礼」


入ってすぐにアルはアルファルの姿を探す。


「アル…?」


アルファルは果物が沢山並んだテーブルの席についていた。


機嫌が悪そうだが、特に傷を負ってもいない。


「何だ、お前は!」


扉の近くに立っていた使用人達が叫ぶが、同時に振るわれた杖の一撃で昏倒した。


数名の男達を十秒もかからずに気絶させ、アルは誘拐犯を見つめる。


「アルファルは返してもらうぜ」


「…お前、安宿の杖売りか?」


「杖職人だ」


言葉を訂正するようにアルは言った。


ガラールは椅子に座ったまま訝し気な表情を浮かべる。


「…どこが違う?」


「俺は紛い物の杖を売る杖売りなんかじゃねえ。杖作りの職人だ」


気絶した使用人の手から落ちた杖を拾い上げ、吐き捨てるようにアルは言う。


「俺の作る杖はこんなガラクタとは違う。金持ちには物の価値が分からないのかねぇ」


「…違うな。私にとって物の価値など全て同じなんだよ」


余裕そうな表情を浮かべてガラールは椅子から立ち上がった。


地面に捨てられた杖と、アルの握るエメラルドの杖を見比べる。


「どれもはした金で買える。杖も、料理も、命もな」


ガラールはそう言うと、懐から金貨の入った袋を投げた。


「下で騒ぎを起こしていたのはお前だろう? その杖を買おうじゃないか」


「…今日は商談に来たんじゃねえんだよ。早くそちらの子を返してくれないか?」


「なら、これでどうだ?」


アルの足下に同じ袋が投げられる。


袋の中身は先程と同じであり、金貨の数は倍になった。


「杖の代金と、その女の代金だ。まだ足りないか?」


ガラールの眼は本気だった。


本気でアルファルの命が金で買えると考えている。


それでアルが納得すると思い込んでいる。


腐り切ったガラールの眼を見返し、アルは深いため息をついた。


「『ミストカーフ』」


囁くようにアルが呟くと、ガラールの足下で土が跳ねた。


拳くらいの土塊は泡のように弾け、ガラールの目の前に浮かび上がる。


「…粘土?」


「――――絞めろ。ゴーレム」


浮かぶ土団子にガラールが首を傾げた時、粘土が急速に膨れ上がった。


粘土のように柔らかった材質が岩のように固まり、ガラールへ迫る。


それは石膏の腕のような形状に変化し、ガラールの首を締め上げた。


「タイトルは…貧民の手、と言った所か」


「ぐぐ、が…は、放せ…!」


ガラールは顔を歪めて首を掴む腕を振り解こうとするが、岩石のような腕はぴくりとも動かない。


そうしている間にも腕の力は段々と強くなり、ガラールの顔は赤く染まっていく。


「無理だ。ただの人間にそれは壊せねえよ」


「た、助けて、くれ…!」


呼吸すら困難になりながらガラールは懇願する。


「た、頼む…! か、金なら、幾らでも、払うか、ら…!」


「金ねぇ。別に要らねえや。最近は特に買いたい物もないし」


薄っすらと笑みすら浮かべてアルは言った。


その眼には何もなかった。


命を奪うことに対する罪悪感も達成感も、正の感情も負の感情もない虚ろな眼だ。


それを向けられている訳ではないのに、アルファルは思わず身震いした。


「い、イカレて、いる…!」


「そうさ。だが、そんなイカレ野郎には金の力も効かねえよなァ」


アルはエメラルドの杖を振り上げる。


それは処刑の合図に似ていて、ガラールは絶望した。


「待…!」


「死刑」


懇願に耳を傾けず、アルは容赦なく杖を振り下ろした。


杖の先端が床と衝突し、場違いに軽い音が鳴る。


沈黙が場を支配した。


「………」


ピシッとガラールの首元から音がした。


意識を失いかけていたガラールはその音で我に返る。


「い、生きている…?」


瞬間、首を掴んでいた石膏の腕は跡形もなく崩壊した。


支えを失って、ガラールの身体が倒れる。


呆然とした顔で言葉を失うガラールを見て、アルはもう一度深いため息をついた。


「正直、このまま殺しても良かったんだが、どんな悪党にも一度だけは後悔の機会を与えるのがおじさんのモットーでね」


へらっとした笑みを浮かべてアルは言った。


「それに、悪党の傲慢さが人を救うこともあるって知ったからな」


そう言いながらアルは部屋の扉を一瞥する。


そこには使用人の格好をした少女が数名立っていた。


「…彼女達がどうしたのですか?」


「よく見なよ。見覚えのある子達だろう?」


アルに言われて少女達へ向き直り、アルファルはようやく気付いた。


その少女達が、昼間に脱走した奴隷達であることを。


「下で暴れていたら彼女達に悲鳴を上げられてさ。見れば、どこかで見た顔だと思ったんだよ」


恐らく、行き場に迷っていた所をガラールに誘拐されたのだ。


有り余る金を持つガラールだ、ペットを拾うような感覚で屋敷に連れてきたのだろう。


「…でも、それでは奴隷に戻ることと変わらないのでは?」


「それが不幸かどうかは本人が決めることだよ。少なくとも彼女達は、この屋敷で働くことを自分の意思で選択したようだ」


使用人の少女達の中には足を怪我していた少女もいた。


昼間には傷跡が目立っていた足に今は包帯が巻かれており、問題なく歩いている。


ガラールに自覚はないだろうが、それでも彼は彼女達に飢えることも怪我をすることもない新しい環境を与えたのだ。


「では…彼は?」


「多分、今までどんな我儘も金で言うことを聞かせてきたんだろう。周りの人間が金で動く連中ばかりだったから、自然と周囲も納得していると思い込んでいたんだ」


それは無自覚な悪。


貴族特有の傲慢さ故に歪んでしまった価値観。


「だからこの世の中には金では解決できないこともあると思い知らせた。これで悔い改めないなら今度こそ命を奪うまでだ」


一度目は後悔の機会を与えるが、二度目はない。


同じことを繰り返せば、次は容赦なく殺害する。


「それじゃ、帰ろうか」


アルは話は済んだとばかりに歩き出す。


アルファルもその後に続いた。


「ま、待ってくれ…!」


地面に倒れたまま、ガラールがそれを引き留めた。


「私は、本気で君に恋しているんだ…そうだ! 金貨が嫌なら、宝石はどうだろう? アクセサリーだろうと何だろうと用意できるぞ!」


熱に浮かされた様にアルファルを見つめながら、ガラールは言う。


あんな目に遭っても反省の色が見られなかった。


苛立つアルの代わりにアルファルが一歩前に出た。


「私のことを愛しているのですか?」


「あ、ああ! そうだ! 一目惚れと言うやつだよ!」


「………これでも?」


アルファルが耳に触れると、その耳が元の形へ戻った。


即ち、エルフ特有の尖った耳へと。


それを目撃し、ガラールは言葉を失う。


「私はあなたに愛情を感じません。金銭で揺らぐ愛は本当の愛ではないでしょう?」


「………」


ガラールは差し出そうとしていた宝石を床に落とした。


まるで、長年気付かなかった疑問の答えを得たような顔だった。


それを見て、アルファルはガラールに背を向ける。


「…行きましょう」


そう言うと、アルファルは屋敷から出ていった。


ガラールがそれを追うことはなかった。

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