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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第五十九話


大戦は終わった。


騎士団と三英雄は民衆に讃えられ、特に騎士団長であるアンドヴァリが絶大な人気を誇った。


エルフから得た魔術から『エルフの涙』を完成させると、すぐに疫病の治療を始め、それはアンドヴァリの影響力をますます強めた。


その影響力は皇帝にすら匹敵する程の物となり、当然ながらそれを面白く思わない者もいた。


「奴は、増長し過ぎた! 今となっては自分が皇帝気取りだ!」


「そうだ! たかが騎士風情が不遜な!」


かつて国を動かしていた腐敗した権力者達は挙ってアンドヴァリを罵る。


過去の栄光に縋るように、もう使われなくなった旧宮殿にひそかに集まり、権力を手に入れた者に対する嫉妬を隠そうともせずに叫ぶ。


「所詮、奴自身は魔術師ではない普通の人間だ。暗殺してしまえばいい」


「だが、奴は騎士団に守られているのではないか?」


「問題ない。奴らが魔術を使うなら、こちらも使うまでだ」


そう言うと不敵な笑みを浮かべて、男は鉄の檻を指差した。


そこに入っていたのは猛獣ではなく、痩せ細ったエルフだった。


「偶然にも森から逃げ出したエルフを数匹確保してある。これを使って暗殺すればいい」


「…なるほど。それなら復讐を望んだエルフの仕業と言うことに出来る」


「その通り。奴さえ始末すれば、エルフの涙だって我々の物に…!」


目先の欲に溺れ、男は笑みを浮かべる。


ぼんやりと虚空を見上げるその眼には、かつての栄光が浮かんでいるようだった。


『密談なら、もう少し静かにするべきだな』


その時、風に乗って聞き覚えのある声が聞こえた。


男達は慌てて周囲を見渡すが、憎い仇敵の姿は見えない。


「どこだ! どこにいる、アンドヴァリ!」


「す、姿を見せろ! 臆病者が!」


『声、届いているみたいだな。フリズスキャルヴの試作品だったが、思ったより調子が良いようだ』


道具の具合を確かめる様に、アンドヴァリは頷く。


『少しだけ話を聞かせて貰ったが、どうやら貴方達はエルフの涙が欲しいようだな』


聞こえてくる声には嘲笑が含まれていた。


『自分達では疫病の治療法を見つけることが出来なかったからと、他人の成果を横取りしようとするのは人としてどうかと思うがね』


「だ、黙れ! 傲慢な男め! 誰に向かって口を聞いている!」


『…傲慢なのは、どちらかね』


ゾッとするような冷たい声が聞こえた。


男達は思わず言葉を止め、身動きすら出来なくなる。


『かつて、貴方達が疫病問題に対し、行った方法を覚えているか?』


「…?」


『やはり、覚えていないか。答えは…疫病者を一か所に集め、正義の名の下に焼殺することだよ』


これ以上、疫病の被害が広がって民衆の心が離れないように。


今ある権力を少しでも長く持たせる為。


たったそれだけの為に、懸命に生き続ける疫病者達を纏めて虐殺した。


『………』


疫病治療の名目と集められた疫病者達に火を付けたのは、当時から騎士だったアンドヴァリだ。


生きたまま焼かれていく疫病者の中には、アンドヴァリの父母の姿もあった。


『あの時、貴方達が言った言葉を私は覚えている』


「な、何だと言うのだ?」


『この世界は一本の大樹だ。故に、不要な枝は伐採する必要がある』


何百と言う人間の命を不要な枝、と切り捨てた。


その時の絶望と憎悪を、アンドヴァリは覚えている。


『だから私もここで言おう…』


そこで、アンドヴァリは言葉を区切った。


『貴方達は、この世界にとって不要な枝だ』


瞬間、外から黒い煙が部屋の中に飛び込んできた。


窓の外が真っ赤な炎に包まれている。


すぐに男達は自身の運命を悟った。


「た、助けてくれ! 助け…!」


必死に男達が叫ぶが、もうアンドヴァリの声は聞こえない。


床に落ちた一本の枝が、パチパチと燃えていた。








「エルフを連れていてくれて良かった。不審火の言い訳を考える手間が省けたな」


遠くに見える煙を眺めながらアンドヴァリは呟いた。


その眼には何の感情も込められていない。


両親の仇を討った達成感も、傲慢な権力者達に対する憎悪も、何もない。


まるで人形のように冷たい表情で、機械的な言葉を吐く。


「それで、次はどうするつもりじゃ?」


しわがれた声が聞こえた。


アンドヴァリは冷めた顔のまま、近くに椅子に座る老人を見る。


煌びやかな装いを纏ったその老人は、このアルフヘイムの皇帝だった。


「…次は、儂を殺すつもりか?」


皇帝は怯えながらも、どこか納得した様に言った。


それに対し、アンドヴァリは冷笑を浮かべる。


「いえ、貴方には生きていてもらいますよ。皇帝が倒れれば、国が乱れる」


「…お前が代わりに皇帝になれば良いではないか」


「私にはまだやるべきことが残っています。より多くの人類を救う為、不要な枝は切り捨てなければ」


人を救いたい。


そう言いながらも、アンドヴァリの眼には感情が無い。


悪人をどれだけ殺そうと、善人をどれだけ生かそうと、心が動かない。


人の生き死にに無関心だ。


「お前は皇帝ではなく、神にでもなろうとしているのか…?」


「神、ですか…」


少しだけ驚いたように呟いてから、アンドヴァリは窓の外へ目を向けた。


窓から見える町の人々を眺め、冷笑を浮かべる。


「そうですね。人類を救う為に必要ならば、私は神にでもなりましょう」


そう言うと、アンドヴァリは笑い出した。


それは背筋が凍り付く様な、冷たい冷たい笑い声だった。

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