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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第五十八話


「…皆が戦っている中、一人じっとしていると言うのは…何だか心苦しいな」


野営テントに寝かされたまま、アルヴィースは憂鬱そうに呟く。


斬られた左目には包帯が巻かれており、既に血も止まっていた。


「………」


包帯を撫でながら、今も戦っているであろうレヴァンのことを考える。


コレは名誉の負傷だ。


この眼はもう使い物にならないとしても、後悔はなかった。


だから、罪悪感を感じたレヴァンが余計に気負わなければいいと思うが、それは無理だろう。


責任感の強いレヴァンのことだから、無理をしているに決まっている。


「…はぁ」


他人のことは人一倍心配するくせに自分は平気で無理をする親友を思い、アルヴィースはため息をついた。


すぐにでもフォローに向かいたいが、今の自分では行っても足を引っ張るだけだ。


そう理解し、近くに置いてあった木の枝を取る。


「軍神アルヴィース。何を作っているのですか?」


ナイフでそれを削っていると、首を傾げた騎士に尋ねられた。


軍神、と言う異名に苦笑しながらアルヴィースは枝を見せる。


「いや、暇だったから拾った木の枝に森で見た陣を掘ってたんだ」


「陣を、ですか?」


「そう。エルフは木に刻んで魔術を使うだろう? 人間も身体ではなく、身近な物に刻むことで魔術が使えないかと思ってさ」


人間はエルフのように『自然に語り掛ける』と言うことが出来ない為、エルフのように魔術を使うことは出来ないが、枝などを武器として持ち歩いたらどうだろうか?


もし、コレが成功すれば肉体の拒絶反応を恐れずに多くの者が魔術を使うことが出来るだろう。


「全ての騎士が魔術を使えるようになれば、英雄だけが苦労することもなくなるんじゃねえかな」


脳裏を過ぎるのはレヴァンと同じく、未だ前線で戦い続けているヒルドのこと。


あの子が優秀だったから、才能ある魔術師だったから、頼り過ぎてしまった。


両親を失ったばかりの少女に無理をさせ過ぎた結果、彼女は現実逃避するように戦いに熱中し、シグルズの死で決定的に狂ってしまった。


騎士団の中にはヒルドを恐れる者もいるが、彼女がああなったのは自分達の責任だ。


この戦いが終わったら、ヒルドにはもっと普通のことを教えよう。


英雄としての生き方だけでなく、戦争での戦い方だけでなく、もっと普通の女の子らしいことを…


「ッ…何だ?」


ふと、アルヴィースは外が妙に明るいことに気付いた。


既に夜明けが近い時刻になっているが、それでも空が明るすぎる。


まるで日中のような明るさだった。


「ちょっと外を見に行くぞ」


「え、ええ。分かりました」


騎士に肩を借りながら、アルヴィースは野営テントの外へ出た。








それは地獄だった。


燃え続ける炎が全てを焼き尽くす。


戦いの場となった森の木々も、朽ち果てた死体さえも。


泣き叫ぶ少女がいた。


命乞いをする少年がいた。


神に祈る老人がいた。


その全てが、侵略者によって殺されていた。


「何だ、コレは…」


思わず、アルヴィースは呟いた。


空に浮かぶ焔の巨人から、アールヴの森へ紅蓮の雨が降る。


隠れていたエルフを一人残らず焼き殺し、森に存在するあらゆる動植物を焼き払い、残されたエルフの住居すらも焼き尽くす。


生命も、植物も、文化も、エルフの歴史そのものを滅ぼすかのような地獄がそこにあった。


「全てだ! 全てを侵略しろ、ムスペル!」


その地獄の中心に、親友の姿があった。


今までに見たことないような憎悪に顔を歪め、振るうことを躊躇っていた力を使って破壊を続ける。


そう、コレは破壊だった。


侵略でも、征服でもない。


ただ世界からエルフと言う種を消す為だけの、破壊だ。


「…ッ」


ここまでやる必要があったのか。


降伏の機会も、懺悔の機会も与えられず、ただ滅ぼされる程、エルフは罪深い生き物だったのか。


アルヴィースの頭に浮かぶのは、仲間を殺されて涙を流していた少女の顔。


同じではなかったのか。


仲間を殺され、故郷を滅ぼされ、怒り悲しむことが出来るあの少女は、自分と同じではなかったのか。


エルフも人も、何も変わらないのではないか。


「正義は成された! 帝国万歳! 三英雄万歳!」


どこからか騎士達の歓声が聞こえた。


アルヴィースはそれから意識を逸らし、前を向く。


燃え盛る森の中に、焼け焦げたエルフの死体が見えた。


「…コレのどこが正義だ」


アルヴィースは呟く。


国に尽くすことは正義だと思っていた。


敵を殺すことは勇気ある善行だと思っていた。


だが、その結果が目の前の光景だった。


「コレのどこが、正義なんだ…!」


その日、少年は正義を見失った。

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