第五十三話
「………」
アルヴィース達は森から現れたエルフ達と睨み合っていた。
エルフの数は多く見ても、三十程度。
対して人間は騎士が二百名程度に、傭兵が四十から五十と言った所。
数の上では圧倒的に優位ながら騎士達の顔には緊張が浮かんでいた。
何故ならつい先程、エルフの持つ魔術の片鱗を見た為。
味方にすれば心強いがその分、敵に回ると恐ろしい力だ。
「…アンドヴァリ。結界はどうなっている?」
「まだだ。結界が弱まるには、もう少し時間がかかる」
小声で話すアルヴィースの声に、アンドヴァリは振り返らずに言った。
本来なら結界が弱まる深夜を待ってこちらから攻撃を仕掛ける筈だったが、一度撤退した筈のエルフがその日の内に再び攻めてきた。
保守的な考えを持つ者が多いエルフにしては、随分と早い行動だった。
『…貴方は』
ひそかに会話する声が聞こえたのか、先頭に立っていたエルフの女が呟く。
その視線はアンドヴァリを見ており、顔には驚愕が浮かんでいた。
『そう。やはり、貴方は諦めなかったのですね』
「当然だ。私の心は今も昔も変わらない!」
エルフを睨みながらアンドヴァリは人間の言葉で言う。
「私は人類を救う。どんな手を使っても!」
「…致し方ありませんね」
そう呟くエルフの言葉は、エルフ語ではなく人間の言葉だった。
争いが起こってしまったことを嘆くように、エルフは騎士達を見渡す。
「それほど強い意思を以てここにいるのなら、私にもそれに応えねばなりません。私も、エルフ達を率いる族長ですので」
騎士達に伝わるように人間の言葉を使いながらエルフの族長、ベイラは言った。
憂鬱そうな顔のまま、天を仰ぐように両腕を上げる。
「…先に言っておきます。我々は逃げる者を追う気はありませんからね」
瞬間、騎士達は闇に包まれた。
今まで騎士達を照らしていた月や星の光が、厚く暗い雲に覆い隠されてしまったのだ。
次いで、降り注ぐ冷たい雨。
「また雨か…!」
「しかも、昼間の時よりも激しいぞ…!」
豪雨が降り注ぎ、滝に打たれるような衝撃が騎士達を襲う。
思わず動揺する騎士達の前で、昼間と間違えるような眩い光が走った。
「…何、だ?」
遅れて聞こえる轟音。
あまりの衝撃に騎士達の脳が揺れる。
その正体を知ろうと音の方向を見た騎士達の眼に、何か黒い物が見えた。
雨で視界の悪い中、モクモクと煙を上げる黒い物体。
それは、真っ黒に焼け焦げた焼死体だった。
「い、今のは、まさか…!」
気付いた一部の者が叫ぶ。
その答えは、空からやってきた。
空を覆い尽くす暗雲。
豪雨の隙間を縫うように、落雷が地上に降り注いだ。
「う、わああああああああ…!」
悲鳴は雷鳴の中に消え、光に飲み込まれた騎士が絶命する。
一人、また一人と。
雷鳴が轟く度に、確実に一人ずつ命を奪われていく。
それは正しく天災。
摂理に逆らった人間への神の怒りのような光景だった。
「くそッ…! ムスペルヘイム!」
レヴァンは炎の魔術を発動させ、豪雨を全て焼き払う。
しかし、その炎は地上の雨を拭うばかりで肝心の暗雲には届かない。
騎士達を守るように展開された炎を突き破り、落雷がまた一人の命を奪った。
『キヒヒヒ! 何だ、何だよ! さっきはあんなこと言っておいて、珍しくやる気じゃねえかよ! ボク嬉しくなっちゃうねェ!』
痛まし気な表情のベイラの横でロプトルは笑みを浮かべた。
『さァ。族長がこれだけ頑張っているんだ。ボク達も行くぞォ!』
森の入口に展開していたエルフの内の半数がその場から消える。
それに驚く余裕もなく、戦場のあちこちから騎士達の悲鳴が上がった。
空からは落雷が、地上では姿を隠したエルフが、騎士達を襲った。
「あのエルフを殺せば………ゴーレム!」
アルヴィースはベイラを睨みながら、巨大なゴーレムを作り出した。
森に生える大樹すらも軽く超える巨体を操り、森の入口に立つベイラへ向かって拳を振り下ろす。
「ッ! 結界が…!」
だが、それは結界によって阻まれ、ベイラに届くことはなかった。
エルフ以外の全てを阻む大結界。
それがある限り、人類の攻撃がベイラに届くことはない。
「アンドヴァリ! まだか!」
「まだだ! まだ結界は破れない!」
雨に紛れて迫るエルフに向かって剣を振るいながらアンドヴァリは答える。
その技量は騎士団長に相応しく卓越した者だが、状況が悪すぎる。
視界の悪い雨の中、気配のない敵を相手にするなど戦えていること自体が奇跡に近い。
加えて、空にも注意しなければ落雷に打たれて死亡する。
「だったら…!」
アルヴィースはゴーレムに更に魔力を込め、出来る限り巨大化させる。
そのゴーレムの両腕を広げさせ、巨大な傘のように形を変えた。
「これで、少しの間は落雷を防げる」
次々とゴーレムの背に落雷が命中するが、流石にこの質量は貫通できない。
これで騎士達は雨や雷を気にせず、地上の敵に集中できる。
とは言え、安心は出来ない。
ゴーレムを維持しているのはアルヴィースの魔力だ。
それが尽きれば、今度こそ何も出来なくなる。
「よくやった、アルヴィース! このまま、時間まで持ち堪えるぞ!」
「ああ!」
簡単な石の槍を作り出し、アルヴィースは近くに迫ってきていたエルフの攻撃を逸らす。
先程までは雨で足音が分かり辛かったが、今なら見えずとも大体の位置は掴める。
「前ではなく下を見ろ! ぬかるんだ大地がエルフの居場所を教えてくれる!」
泥が跳ねるのを見て、アンドヴァリは剣を振るった。
剣は見えない敵を捕らえ、何もない空間から現れたエルフが血を流して倒れた。
それを見て、ただ見えない敵に翻弄されていた騎士達が反撃に出る。
エルフと人間の戦いはまだ始まったばかりだった。




