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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第五十二話


「………」


日が完全に落ち、空に段々と星が見え始めた頃、ヒルドは不安そうな顔で野営テントの中にいた。


「そんな顔しなくても、もう大丈夫だからさ」


見かねたようにシグルズは呟く。


地面に敷かれた簡素な布から起き上がり、ヒルドの頭に手を置いた。


「本当に? 本当に大丈夫? 無理してないー?」


「してないしてない。君のお陰ですっかり元気だよ。ありがとう」


シグルズは苦笑しながらヒルドに礼を言った。


本来なら守るべき年下の少女に守られたことに、悲しいやら悔しいやら複雑な表情を浮かべていた。


「まだ傷が痛むなら、もっとヒルドの血を飲んでも良いんだよー?」


「うっ…それはもう、遠慮しておくよ」


少しだけ青い顔をしてシグルズは遠慮した。


ヒルドの血には他者の傷を癒す効果があることを頭では理解しているが、それでも他人の血を口に含むことには強い抵抗感があった。


焦ったヒルドに散々飲まされた後だったとすれば、尚更だ。


「………」


ポフッとヒルドは唐突に立ち上がったシグルズの腰に抱き着いた。


何も言わずにシグルズの腹部に押し付ける。


「ヒルド…?」


「お母さんと、お父さんのこと、思い出したのー…」


その声は、僅かに震えていた。


言葉は少なかったがヒルドが言いたいことはよく伝わった。


不安だったのだ。


エルフに襲われ、シグルズが怪我を負い、それが以前の出来事と重なった。


ヒルドは両親をエルフに殺されている。


普段は気丈に振る舞っているが、彼女はまだ十二歳の少女なのだ。


「…大丈夫だよ。僕は君を置いて死んだりはしないから」


慰める様に頭を何度も撫でながらシグルズは穏やかな表情を浮かべた。


ヒルドにはシグルズを遥かに上回る力があるが、それでも心は普通の少女に過ぎない。


そんな幼い少女に全てを任せて平気な顔をする程、シグルズは腐っていなかった。


彼女の不安を取り除くことが出来るなら、シグルズはどんなことでもするつもりだった。


「…あー、コホン」


わざとらしい咳が聞こえた。


ヒルドの頭を撫でながら視線を向けると、凄く気まずそうなアルヴィースが立っていた。


「悪いけど、イチャイチャするなら余所でやってくれ………気になって眠れん」


僅かに顔を赤らめながらアルヴィースはヒルドとシグルズへ視線を向ける。


「イチャ…? 何の話だい?」


「その…別に歳の差は気にしなくていいと思うぜ? 八歳差くらい、普通にありだと思うし」


「だから何の話…?」


キョトンとして首を傾げるシグルズの腰からゆっくりとヒルドが離れた。


本気で何の話か分かっていないシグルズを一瞥し、ため息をついてからアルヴィースを見た。


その視線を受けて、アルヴィースも納得がいったように頷く。


「…なるほど、コレが鈍感と言う奴か。苦労しそうだな、ヒルド」


「………」


饒舌なヒルドにしては珍しく何も答えなかった。


ただシグルズが鈍いだけである。


決して、ヒルドが恋愛対象に見られていない訳ではないと思いたい。


「とにかく………ッ!」


何か言おうとしたアルヴィースが思わず口を閉じる。


土属性の魔術師であるアルヴィースが大地を介して周囲の状況を瞬時に把握することが出来る。


だからこそ、その異変に気付いた。


ここから遠く離れていない森の中から、次々と現れる足音を感じたのだ。








「敵は魔術を使っていた。その報告に間違いはないわね、ロプトル」


「ボクがお前に嘘をつく筈ねえだろ、ベイラ。全部本当だ」


「…だとすれば、厄介なことになったわね」


大地に降り立ちながらエルフ達は会話する。


二十から三十のエルフ達を率いるのは、二人のエルフ。


片方は女性のような美貌に残忍な笑みを浮かべているエルフ、ロプトル。


もう片方は反対に木漏れ日のような柔和な雰囲気を持つエルフ、ベイラ。


「そうだ! 奴らの炎で、アイツらは…! 奴らは人間の分際でエルフに手を出しやがったァ!」


「憎しみに眼を曇らせてはいけませんよ、ロプトル。これは戦争なのです。敵と味方。勝敗はあれど、どちらにも正義はないのです」


殺された仲間を思い、激怒するロプトルを諭すようにベイラは言った。


「今、我々がすべきことはこの森を守ることです」


「守るだと? 馬鹿が! 何でこっちから攻めねえんだァ!」


「我々の魔術は防衛に向いています。結界の中で防衛に徹すれば、人間も諦めるでしょう」


「そう言う受け身な姿勢が人間をここまで調子付かせたってことに、何でまだ気が付かねえんだ!」


感情的になったロプトルは、長年の不満を叫ぶ。


「昔から温いんだよ、お前は! コレは戦争なんだぜ! 森に引き籠もって、敵が諦めるまでガタガタ震えていろってのかァ!」


「…そう言って不用意に突撃した結果は、どうなったかしら?」


「ッ!」


人間を侮って攻撃した結果、返り討ちにあったことを思い出し、ロプトルは思わず口を閉じる。


それを見て、静かにため息を吐きながらベイラは口を開いた。


「あなたが、プライドや人間への憎悪だけでそんなことを言っている訳ではないことは理解しています。だけど…」


エルフに対して情が深すぎるロプトルにベイラが言葉を投げかけようとした時、人間の方で動きがあった。


「…予想よりも早い反応ですね。敵には土属性の魔術使いでもいるのでしょうか?」


「ああ、いたなァ。炎使いの魔術使いと、槍使いの魔術使い。二人だけだ」


「魔術使いを多くは用意できなかったようですね。ならば、その二人さえ排除出来れば…」


「了解だァ! あの二人だけは、絶対ボクの手でぶっ殺してやる!」


段々と森の前に集まりつつある騎士達を見ながら、ロプトルはナイフを構えた。


ロプトルを心配そうに一瞥し、ベイラもまた油断なく身構える。


エルフ大戦と呼ばれた戦いが、遂に始まる。

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