第五十一話
それは凄惨な光景だった。
鉄の臭いを放つ赤黒い海。
平坦な大地から生えている尖った物体は、木ではない。
剣のように硬質で、金属と言うには有機的な雰囲気を持つ赤黒い棘。
四方を囲むように生えた四本の棘が、襲撃者であるエルフを貫いていた。
「コレは、血…なのか?」
エルフの遺体を空に縫い止める棘に触れ、レヴァンは呟いた。
ざらざらとした質感はどこかカサブタにも似ており、表面は僅かに血液が滴っていた。
その棘の正体は、硬質化した血液だ。
「………」
死体となった騎士達の中心に、ヒルドはしゃがみ込んでいた。
血塗れのシグルズを抱き締めながら…
「ひ、ヒルド! 大丈夫か!」
「…うん。大丈夫だよ」
慌てて駆け寄るアルヴィースにヒルドは淡々とした口調で言った。
着ている服は真っ赤に汚れているが、ヒルド自身に外傷はないようだった。
「シグルズも、大丈夫。ちょっと怪我したけど、ヒルドが治したからさ」
殺された騎士達から視線を逸らし、ヒルドは抱き締めたシグルズを心配そうに見つめた。
殆ど無傷のヒルドとは違い、シグルズは多少の怪我が見えるが命に別状はない。
今は気を失っているが、すぐに意識を取り戻すだろう。
「この棘は、君がやったのか?」
「…うん。いきなり現れたエルフに皆が殺されて、ヒルドを庇ってシグルズが怪我するのを見たら、助けないとって思って」
そう言ってヒルドが手を軽く振ると、エルフを串刺しにしていた血の棘が液体に戻った。
「もうちょっと早く出来たら他の人達も助けられたんだけど………ごめんなさい」
どこか気落ちした様に頭を下げるヒルド。
もう動かなくなった騎士達へ悲し気な目を向けている。
「何言っているんだよ」
その肩を叩きながらアルヴィースは言った。
「お前はシグルズだけでも守ってくれたじゃないか。そんな顔するなよ」
「…アルヴィース」
「謝る必要があるのはお前じゃない………エルフ共だ」
元気づけるような言葉でありながら、アルヴィースの顔には憎悪が浮かんでいた。
あまり話したことのない相手とは言え、仲間が殺されたのだ。
ヒルドを責めるつもりは毛頭ないが、その事実はアルヴィースの心の傷を抉っていた。
「お前の新しい力を役立ててくれよ。それがきっと死んだ奴らへの償いになる」
それは復讐者の言葉だった。
言っていることは間違っていないが、その考えは歪だった。
憎しみで戦うことを危うさを感じ、レヴァンは口を開こうとする。
「それでいい」
それを止める様に、アンドヴァリは言った。
「彼らの犠牲を無駄にしてはならない。お前達は彼らの分まで生き、戦わなければならない」
アンドヴァリはアルヴィースの考えを全て肯定した。
その憎しみをエルフにぶつけろと。
復讐を果たせと。
「大結界は強力だ。千年エルフを守り続けた結界を力技で破ることは不可能だろう」
治療する為にシグルズを運んだ後、アルヴィースとレヴァン、アンドヴァリの三人は結界前に来ていた。
ヒルドに怪我はなかったが、シグルズを心配して共について行った。
「だが、我々も魔術を研究し、あの陣を解析することに成功した」
そう言ってアンドヴァリが指差すのは以前も見た、大樹に刻まれた陣だった。
「陣? まさか、あそこを攻撃するのか?」
「馬鹿。そんな簡単なことで千年続いた結界が破れる筈が無いだろう」
単純なアルヴィースの言葉に、レヴァンが呆れたようにため息をついた。
「その通りだ。当然、結界の要となる陣は結界内に包まれている。しかも、エルフの魔術は人間とは違い持続時間に限界もない」
「では、どうやって…?」
「そもそも、エルフの魔術に限りが無いのは発動に魔力ではなく、大地や太陽の力を使っているのではないかと私は予想している」
エルフが大地や太陽に満ちる力を使っているのなら、そのエネルギーは人間の比ではない。
魔力なら使い切ることもあるだろうが、大地や太陽に満ち溢れる力を使い切ることなど想像も出来ない。
「エルフが扱う力は強大だ。だが、エルフもその強大な力を持て余している」
「持て余す?」
「そうだ。人間一人の魔力なら簡単に操れるが、地脈や日光と言ったエネルギーを簡単に操れる筈がない………恐らく、この結界は周囲のエネルギーをそのまま結界の力に使っている」
アンドヴァリの言葉に、二人は首を傾げる。
魔術師である二人だが、魔術に関する知識はアンドヴァリに遥かに劣っているからだ。
それに苦笑し、アンドヴァリは興奮しかけていた自分を抑える様に口を開く。
「結論を言おう。この結界は、日が沈むと力が弱まる」
「何だって…!」
「日光が得られなくなる影響だろうな。それでも結界が解けることは無いが、日中に比べて著しくその強度が落ちていく」
周囲のエネルギーを集めて魔術としている為、逆に周囲の影響を受け過ぎる。
それがアンドヴァリが発見した結界の弱点だった。
「決行は深夜だ。結界の力が最も弱まった時間帯を見計らい、総攻撃を仕掛ける」
例え弱まったとしても、結界を破ることは至難の業だ。
その時に攻略の要となるのは、アルヴィース達だろう。
「よーし! そうと決まれば、俺は寝るぜ!」
「寝る…?」
「夜が本番なんだろう? だったら今の内、寝てねえと力が出ないだろうが!」
首を傾げたレヴァンにそう答えると、アルヴィースはドシドシと音を発てて歩いて行った。
「アルヴィースは相変わらず素直だな。良いことだ」
「…騎士団長。聞きたいことがあるのですが」
優し気な眼でそれを見送っていたアンドヴァリに、レヴァンは顔を引き締めた。
「何だ?」
「あなたはどうして、アルヴィースに復讐を焚き付けるようなことを言うのですか?」
それは前々からレヴァンが疑問に思っていたことだった。
強い正義感を持ち、人を導く才能もあるアンドヴァリ。
そのアンドヴァリが我が子のように可愛がっているアルヴィースを、どうして修羅の道を歩ませようとするのか。
そもそも、保護した後に魔術実験に志願するのを止めなかったのは何故か。
「…私は復讐や憎悪が悪だとは思わない。悪を憎む心があるからこそ正義は成される。エルフを憎むアルヴィースの復讐は、間違っていない」
「アルヴィース自身が望んだから応援しているだけだと? 確かにそれは真実だと思います。ですが」
レヴァンは真っ直ぐにアンドヴァリの眼を見た。
「あなた自身も、そうだからじゃないですか?」
レヴァンは先程の襲撃者を思い出す。
エルフのリーダー格の男をアンドヴァリはロプトルと呼び、面識があるように見えた。
エルフの言葉で叫ぶアンドヴァリの顔には、深い憎悪が宿っていた。
それを見て、レヴァンは確信したのだ。
アンドヴァリもまた、エルフを憎んでいると。
「…私が、アルヴィースを自身の復讐の道具に使っていると?」
「そこまでは言いません。ただ、あまり憎しみに囚われては…」
「憎しみなど、とうの昔に捨てたよ」
フッと自嘲するようにアンドヴァリは笑った。
「アルヴィースを利用していることは認めよう。だが、それはちっぽけな復讐心からではない」
アンドヴァリは左腕で剣を抜き、それを天に掲げる。
「私は人類の幸福の為に行動している。その為なら、私は非道にも走ろう」
「どうして、そこまで迷わずに…」
「それが民衆の理想だからだ。いいか、理想を体現すると言うことは、人ではなくなると言うことだ」
いつか見た時と同じく、アンドヴァリの眼には迷いが無かった。
個人的な愛情も憎悪も捨て、ただ世界の為に戦う。
それは民衆の求める理想的な騎士であり、
人としてどこか歪に見えた。
「周囲の理想と言う物は時に力となるが、時に呪いとなる…君にもいつか、分かる日が来るだろう」




