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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第五十一話


それは凄惨な光景だった。


鉄の臭いを放つ赤黒い海。


平坦な大地から生えている尖った物体は、木ではない。


剣のように硬質で、金属と言うには有機的な雰囲気を持つ赤黒い棘。


四方を囲むように生えた四本の棘が、襲撃者であるエルフを貫いていた。


「コレは、血…なのか?」


エルフの遺体を空に縫い止める棘に触れ、レヴァンは呟いた。


ざらざらとした質感はどこかカサブタにも似ており、表面は僅かに血液が滴っていた。


その棘の正体は、硬質化した血液だ。


「………」


死体となった騎士達の中心に、ヒルドはしゃがみ込んでいた。


血塗れのシグルズを抱き締めながら…


「ひ、ヒルド! 大丈夫か!」


「…うん。大丈夫だよ」


慌てて駆け寄るアルヴィースにヒルドは淡々とした口調で言った。


着ている服は真っ赤に汚れているが、ヒルド自身に外傷はないようだった。


「シグルズも、大丈夫。ちょっと怪我したけど、ヒルドが治したからさ」


殺された騎士達から視線を逸らし、ヒルドは抱き締めたシグルズを心配そうに見つめた。


殆ど無傷のヒルドとは違い、シグルズは多少の怪我が見えるが命に別状はない。


今は気を失っているが、すぐに意識を取り戻すだろう。


「この棘は、君がやったのか?」


「…うん。いきなり現れたエルフに皆が殺されて、ヒルドを庇ってシグルズが怪我するのを見たら、助けないとって思って」


そう言ってヒルドが手を軽く振ると、エルフを串刺しにしていた血の棘が液体に戻った。


「もうちょっと早く出来たら他の人達も助けられたんだけど………ごめんなさい」


どこか気落ちした様に頭を下げるヒルド。


もう動かなくなった騎士達へ悲し気な目を向けている。


「何言っているんだよ」


その肩を叩きながらアルヴィースは言った。


「お前はシグルズだけでも守ってくれたじゃないか。そんな顔するなよ」


「…アルヴィース」


「謝る必要があるのはお前じゃない………エルフ共だ」


元気づけるような言葉でありながら、アルヴィースの顔には憎悪が浮かんでいた。


あまり話したことのない相手とは言え、仲間が殺されたのだ。


ヒルドを責めるつもりは毛頭ないが、その事実はアルヴィースの心の傷を抉っていた。


「お前の新しい力を役立ててくれよ。それがきっと死んだ奴らへの償いになる」


それは復讐者の言葉だった。


言っていることは間違っていないが、その考えは歪だった。


憎しみで戦うことを危うさを感じ、レヴァンは口を開こうとする。


「それでいい」


それを止める様に、アンドヴァリは言った。


「彼らの犠牲を無駄にしてはならない。お前達は彼らの分まで生き、戦わなければならない」


アンドヴァリはアルヴィースの考えを全て肯定した。


その憎しみをエルフにぶつけろと。


復讐を果たせと。








「大結界は強力だ。千年エルフを守り続けた結界を力技で破ることは不可能だろう」


治療する為にシグルズを運んだ後、アルヴィースとレヴァン、アンドヴァリの三人は結界前に来ていた。


ヒルドに怪我はなかったが、シグルズを心配して共について行った。


「だが、我々も魔術を研究し、あの陣を解析することに成功した」


そう言ってアンドヴァリが指差すのは以前も見た、大樹に刻まれた陣だった。


「陣? まさか、あそこを攻撃するのか?」


「馬鹿。そんな簡単なことで千年続いた結界が破れる筈が無いだろう」


単純なアルヴィースの言葉に、レヴァンが呆れたようにため息をついた。


「その通りだ。当然、結界の要となる陣は結界内に包まれている。しかも、エルフの魔術は人間とは違い持続時間に限界もない」


「では、どうやって…?」


「そもそも、エルフの魔術に限りが無いのは発動に魔力ではなく、大地や太陽の力を使っているのではないかと私は予想している」


エルフが大地や太陽に満ちる力を使っているのなら、そのエネルギーは人間の比ではない。


魔力なら使い切ることもあるだろうが、大地や太陽に満ち溢れる力を使い切ることなど想像も出来ない。


「エルフが扱う力は強大だ。だが、エルフもその強大な力を持て余している」


「持て余す?」


「そうだ。人間一人の魔力なら簡単に操れるが、地脈や日光と言ったエネルギーを簡単に操れる筈がない………恐らく、この結界は周囲のエネルギーをそのまま結界の力に使っている」


アンドヴァリの言葉に、二人は首を傾げる。


魔術師である二人だが、魔術に関する知識はアンドヴァリに遥かに劣っているからだ。


それに苦笑し、アンドヴァリは興奮しかけていた自分を抑える様に口を開く。


「結論を言おう。この結界は、日が沈むと力が弱まる」


「何だって…!」


「日光が得られなくなる影響だろうな。それでも結界が解けることは無いが、日中に比べて著しくその強度が落ちていく」


周囲のエネルギーを集めて魔術としている為、逆に周囲の影響を受け過ぎる。


それがアンドヴァリが発見した結界の弱点だった。


「決行は深夜だ。結界の力が最も弱まった時間帯を見計らい、総攻撃を仕掛ける」


例え弱まったとしても、結界を破ることは至難の業だ。


その時に攻略の要となるのは、アルヴィース達だろう。


「よーし! そうと決まれば、俺は寝るぜ!」


「寝る…?」


「夜が本番なんだろう? だったら今の内、寝てねえと力が出ないだろうが!」


首を傾げたレヴァンにそう答えると、アルヴィースはドシドシと音を発てて歩いて行った。


「アルヴィースは相変わらず素直だな。良いことだ」


「…騎士団長。聞きたいことがあるのですが」


優し気な眼でそれを見送っていたアンドヴァリに、レヴァンは顔を引き締めた。


「何だ?」


「あなたはどうして、アルヴィースに復讐を焚き付けるようなことを言うのですか?」


それは前々からレヴァンが疑問に思っていたことだった。


強い正義感を持ち、人を導く才能もあるアンドヴァリ。


そのアンドヴァリが我が子のように可愛がっているアルヴィースを、どうして修羅の道を歩ませようとするのか。


そもそも、保護した後に魔術実験に志願するのを止めなかったのは何故か。


「…私は復讐や憎悪が悪だとは思わない。悪を憎む心があるからこそ正義は成される。エルフを憎むアルヴィースの復讐は、間違っていない」


「アルヴィース自身が望んだから応援しているだけだと? 確かにそれは真実だと思います。ですが」


レヴァンは真っ直ぐにアンドヴァリの眼を見た。


「あなた自身も、そうだからじゃないですか?」


レヴァンは先程の襲撃者を思い出す。


エルフのリーダー格の男をアンドヴァリはロプトルと呼び、面識があるように見えた。


エルフの言葉で叫ぶアンドヴァリの顔には、深い憎悪が宿っていた。


それを見て、レヴァンは確信したのだ。


アンドヴァリもまた、エルフを憎んでいると。


「…私が、アルヴィースを自身の復讐の道具に使っていると?」


「そこまでは言いません。ただ、あまり憎しみに囚われては…」


「憎しみなど、とうの昔に捨てたよ」


フッと自嘲するようにアンドヴァリは笑った。


「アルヴィースを利用していることは認めよう。だが、それはちっぽけな復讐心からではない」


アンドヴァリは左腕で剣を抜き、それを天に掲げる。


「私は人類の幸福の為に行動している。その為なら、私は非道にも走ろう」


「どうして、そこまで迷わずに…」


「それが民衆の理想だからだ。いいか、理想を体現すると言うことは、人ではなくなると言うことだ」


いつか見た時と同じく、アンドヴァリの眼には迷いが無かった。


個人的な愛情も憎悪も捨て、ただ世界の為に戦う。


それは民衆の求める理想的な騎士であり、


人としてどこか歪に見えた。


「周囲の理想と言う物は時に力となるが、時に呪いとなる…君にもいつか、分かる日が来るだろう」


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