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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第一章 ヒポクリシー
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第五話


夕食が終わった後、アルは一人で町を歩いていた。


「………」


特に目的もなく夜道を歩いていると、アルファルのことを思い出す。


時代に取り残されたエルフの少女。


外見不相応な程に落ち着いているが、内心ではどう思っていることか。


短絡的な行動に出るタイプではなさそうだが、刺激されれば感情を抑えられなくなるかもしれない。


ここはエルフにとって敵地であるのだから。


「…エルフ、か」


十二年も経ってから再びその名を聞くことになるとは思わなかった。


アルは複雑そうな表情を浮かべる。


何にせよ、町を出るのは早い方がいいだろう。


そう考え、アルは宿の方へ足を向ける。


耳を隠してもアルファルの容姿は目立つ。


エルフらしい民族衣装そうだが、その妖精のように整った顔立ちは男の眼を引くだろう。


無用なトラブルが起きないとも限らない。


「た、大変だよ!」


アルが宿に戻ると同時に慌てた様子で女将が叫んだ。


嫌な予感がしながら店の中を見渡すと、出掛ける前よりも荒れていた。


「さっき、朝に来た貴族がやってきて、それであの子を…!」


「…ああ、あのガラールとか言う奴か」


今朝、杖を買いに来た貴族の若造を思い出し、アルは疲れたようにため息をつく。


面倒なことになりそうだ。








「………」


同じ頃、アルファルは屋敷の一室にいた。


先程までいた安宿とは比べ物にならない上等な椅子に座らされ、目の前のテーブルには豪勢な食事が幾つも並んでいる。


今一つ人間の文化が分からないアルファルでも、この屋敷が一般的ではないことは理解できた。


「少々強引な真似をしてしまって済まなかったね」


長いテーブルの向こう側に腰かけながらガラールは言った。


テーブルを挟んで距離が離れていてもその匂いが届く程、付けている香水の匂いが強い。


「しかし、君のように美しい女性がこんな田舎町にいるとは思わなかった。私も、わざわざ足を運んだ甲斐があったと言う物だよ」


「…普段はこの町に住んでいないのですか?」


「ああ、たまに訪れる程度だよ。この別荘も長く使っていなかった」


(…住処を幾つも持つことに何の意味があるのでしょうか。人間の考えることは分かりませんね)


森に住み、外の世界を知ることなく一生を終えるエルフには分からない価値観だった。


訝し気な顔をしながら広い部屋の出口へ視線を向ける。


その扉を塞ぐように、使用人の男は数名立っていた。


乱暴な言葉こそ使っていないが、ガラールは誘拐したアルファルを返す気なんてないのだろう。


「…食事、食べないのかい? あんな安宿よりは良い物を使っていると思うけど」


「すいません。私、宗教的に肉は食べられないのです」


「何?…そうだったのか。なら、代わりに果物でも用意させよう」


パチン、と指を鳴らしてガラールは使用人に合図をする。


見張りに立っていた使用人の内、半分が扉から出ていった。


(…人間が何人いても問題ないけど)


アルファルは冷ややかな目でガラールを見つめた。


(今がチャンスってやつですかね)








ガラールの別荘はすぐに見つかった。


ワールウィンドは都会から離れた田舎町、派手な屋敷を建てれば目立つ。


「風が、強くなってきたねぇ」


冷たい夜風に震えながらアルはのんびりと屋敷に近付く。


だらんと垂れた腕にはエメラルドの杖が握られていた。


「そこのお前、止まれ!」


「…あん?」


門番をしていた男に止められ、気怠そうにアルは振り向く。


雇い主同様に身なりの良い格好をした男達がアルを睨みつけていた。


その手には皆、杖を握っている。


「魔術師…しかも、全員かよ。これは思っていたより大物だったかな?」


「…どうやらお前も魔術師のようだが、襲撃か?」


十を超える杖が一斉にアルへ向けられた。


どの杖も見事な装飾がしてあり、美術品としても価値がありそうな物ばかりだった。


それを満足そうに見渡しながらアルは笑みを浮かべる。


「見た目は良いようだが………さて」


虚空に絵を描くようにエメラルドの杖を振るい、地面を打った。


「採点の時間だ」


瞬間、男達の立っていた地面が柔らかくなった。


ドロドロと溶けた大地は沼のように男達の足を引き摺り込む。


「な、何だ! コレは!」


「貴様、一体何の魔術を…!」


沼に足を取られながら男達は悲鳴を上げる。


「土属性は万物の『創造』を司る。無から有を生み出すことこそ、土の魔術」


神は土から人を創ったと言われる。


生物の誕生。大地の創造。


万物の始まりである土の属性。


「魔術師を名乗るなら、これくらいは出来ないとな」


ボコボコと大地が泡立って、人の形をした土塊が浮かび上がる。


アルを守る番人のように左右に一体ずつ粘土のゴーレムが形成された。


「…それにしても」


パニックになった一人の男が杖から小さな炎を放つが、ゴーレムの表面を焦がすことすら出来なかった。


他の人間も同じように杖を振るが、ゴーレムに傷一つ付けることは出来ない。


「その杖、全部粗悪品じゃねえか。魔術を使う度に杖が悲鳴を上げているぞ」


呆れたようにアルが言った時、杖の一本が音を発ててへし折れた。


アルが何かした訳ではない。


杖自体が魔術の使用に耐えきれずに自壊したのだ。


「きちんとした木を使って、きちんとした陣を刻めば、何度使っても壊れることはないんだが…」


これだから見栄だけで生きている貴族様は、とため息をつくアル。


期待が外れたとでも言いたげに肩を落としていた。


そのアルの鼻先に剣が付き付けられる。


「お前、あまり俺達を舐めているんじゃねえぞ!」


「ぶっ殺してやる!」


役に立たない杖を投げ捨てた男達が剣を抜いて叫ぶ。


その眼には虚仮にされたことで、殺意が宿っていた。


「…おいおい、俺にそんな物向けんなよ」


アルの声を聞き、左右に控えていたゴーレムが震える。


武者震いのように震えながら、その材質を粘土から岩石へと変化させる。


「――――楽しくなっちまうだろうが!」


バギギッと音を発てて、突き付けられていた剣がゴーレムの拳に叩き折られた。


「な…」


「スマッシュ!」


楽し気な声と共にゴーレムの拳が横薙ぎに振るわれる。


折れた剣を見て呆然と見ていた男の身体が宙を舞った。


「て、テメエ!」


驚いた別の男が剣を振るうよりも早く、アルは杖を振り下ろす。


先端に付けられたエメラルドが男の顔面に直撃し、その意識を刈り取った。


「ど、どうしてこんなに戦い慣れて…!」


「カハハッ! もっとだ!」


怯える男達の前で大地が隆起する。


次々と地面から新たなゴーレムが生成されていき、軍隊のように立ち並ぶ。


土を集めて操っている訳ではない。


土の魔術は無からの創造。


アルの魔力が続く限り、粘土は無限に生み出され続ける。


「剣を抜いたからには殺される覚悟も出来ているんだろう? なァ!」


「ひ、ひいい!」


土の巨人の軍団を見て、男達は悲鳴を上げて倒れた。


握っていた剣が地面に落ち、音を発てる。


完全に戦意を失っているようだった。


「降参するか?…って、聞くまでもないようだな」


コツン、とエメラルドの杖で地面を叩くアル。


それを合図に、巨人の軍団は次々と形を失う。


最後は盛り上がった土塊だけがその場に残った。


「ああ、庭を散らかしちゃって悪いね。後で直しとくよ」


先程まで浮かべていた狂笑が嘘のようにアルは言った。


完全に演技をしていた、と言う訳でもないだろう。


戦いに高揚を感じていたのは、明らかだった。


今はそれを理性で抑え付けているだけだ。


「何者なんだよ、お前は…」


「杖職人のアルだ。今はな」


そう言うとアルは意識を失っていない男に近付いた。


「それで、君の雇い主が誘拐した女の子はどこかな? 素直に返してくれればこっちも素直に帰るけど」


「誘拐した女だと? ど、どの女のことを言っているんだ?」


「…心当たりがあり過ぎて分からない、か。ガラール、とか言ったっけ? アイツも死んだ方が良いんじゃないかな?」


ゴーレムで殴り飛ばした男含めて今の所、誰も殺していないアルの眼に剣呑な色が宿った。


金を使って使用人を使い、誘拐した女をペット感覚で飼い集める。


昼間に殺した奴隷商と何も変わらない悪党だ。


殺意の宿った眼でアルは屋敷を睨む。


「きゃああああ!」


その時、屋敷の方から少女の悲鳴が聞こえた。

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