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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第四十九話


「うん、よく書けているよ。思ったよりも上達が早いじゃないか」


騎士団の書庫にて、シグルズは握った紙を眺めながら呟いた。


その真っ白な紙を埋め尽くすようにびっしりと文字が書かれている。


内容は簡単な挨拶や一般会話文など、平凡な物だった。


「はぁ、良かった。また間違ってたらどうしようかと思ったぜ」


安心した様に息を吐き、対面に座っていたアルヴィースは羽ペンから手を離した。


二人が行っていた『勉強』とは文字の読み書きだった。


元々、地方の村で育ったアルヴィースはまともに文字が読めなかった。


今までは特に気にしていなかったが、これから魔術師として注目を浴びる上でそれはマズイとレヴァンに忠告されたのだ。


幸い、アルヴィースは物覚えが悪くなく、学ぶことにも抵抗が無かった為、勉強は順調だった。


既に簡単な子供向けの本くらいは読めるようになった。


「面倒をかけて悪かったな。シグルズ」


「別に構わないよ。弟に物を教えた時のことを思い出して、懐かしかったし」


「…弟がいるのか?」


「うん。四人兄弟で僕が長男なんだ」


懐かしそうに微笑むシグルズを見て、アルヴィースは首を傾げた。


「俺は田舎者だから、そう言うのは疎いんだが…」


予め念を押した後、アルヴィースは訝し気な顔をシグルズへ向ける。


「貴族の長男が騎士団なんかに入って良かったのか?」


そう、アルヴィースはレヴァンに紹介されるにあたって、その素性を聞いていた。


シグルズが元々ノーブル出身の貴族であることを。


約束された栄光を捨て、騎士団に所属していることを。


「良くは無いだろうね。実際、母さん達には猛反対されたし」


他人事のようにシグルズは呟く。


「でも、間違ったことをしたとは思っていないよ。ノブレス・オブリージュと言ってね、貴族には果たすべき義務があるんだ」


民衆より良い生活をする分、非常時には矢面に立つ義務があると言う考え。


今となっては皇帝すらも忘れてしまっている、古い考えだ。


それは民衆の信じる騎士道精神に近く、シグルズはこの道を選んだことを何一つ後悔していなかった。


「…貴族ってのは、皆偉そうな奴ばかりだと思ってたけど、違うんだな」


「殆どはそうだけど、全てじゃないよ。生まれが人生を決めることはない。どんな人間にだって正道を歩む機会はある。ただ悪道を選ぶ方が楽なだけで」


そう言うと、シグルズは物憂げな表情で窓の外を眺めた。


レヴァンの同僚で年齢も近いと言う話だったが、高貴な血筋故かその顔立ちは絵画のように整っていた。


現実的な話はともかく、何も知らない町娘が想像する騎士像に一番近いのはシグルズかもしれない。


「…そう言えば、ヒルドは元気にしているかい?」


「元気過ぎる程だよ。魔術の訓練を始めてからアンタと遊ぶ時間が減ったって騒いでいたくらいだ」


「それは悪いことをしたな。今度、あの子が好きなお菓子でも買ってあげないと」


どこか負い目を感じているようにシグルズは哀愁の漂う笑みを浮かべた。


まだ幼いヒルドに戦いの道を歩ませてしまったことを悔やんでいるようだった。


「…俺は自分を不幸だなんて思ったことはないぞ」


「え?」


「魔術師となったことさ。俺は自分でこの道を選んだ。実験は辛かったが、魔術師となったことを後悔したことは一度もない」


ハッキリとアルヴィースは本心を告げる。


「きっとヒルドもそうさ。騎士団の為、何よりアンタの為に魔術師となった。そのことを後悔している筈が無いだろう?」


初めて会った時、ヒルドはアルヴィースに言っていた。


自分の魔術は人を癒すことが出来る。


コレで傷付いたシグルズを助けることが出来ると。


「…そうだね、その通りだ。君達は自分で道を選んだ。それを可哀想だなんて傲慢だったよ」


「まあ、それでもお菓子は買ってやれよ。最近機嫌悪いからさ」


「ああ。そうしよう」


苦笑するシグルズにアルヴィースは息を吐く。


どうして責任感の強い男と言う奴は、何もかも自分のせいにしようとするのか。


シグルズと同様に無駄に気負うことが多い友人を思い出し、アルヴィースは呆れたような表情をする。


「………」


アルヴィースは自分を不幸だと思ったことはない。


エルフに村を滅ぼされた時はともかく、少なくとも魔術師となったこと自体は幸福だと思っている。


この力があれば、エルフを殺せる。


自身の故郷を滅ぼしたエルフに報いを受けさせることが出来るのだ。


既に実戦は経験し、この魔術がエルフにも通用することは確かめた。


後は、奴らの故郷を滅ぼすだけだ。


エルフの住処『アールヴの森』を。


「アルヴィース、ここにいたか。探したぞ」


一人考え込むアルヴィースの頭に大きな手が乗せられた。


「何か用か? アンドヴァリ」


「『結界』を破る方法が見つかったから、お前達に伝えようと思ってな」


結界? と首を傾げるアルヴィースを余所にシグルズは驚きに目を見開いた。


「結界ってまさか、エルフが森に張った結界のことですか!」


「そうだ。エルフが森への侵入者を千年拒んでいた大結界だ」


アンドヴァリは笑みを浮かべながら言った。


ここまで上機嫌なアンドヴァリを見るのは、初めてだった。


興奮が抑えきれないように、僅かに震えながらアルヴィースを見る。


「魔術によって大結界を破壊し、アールヴの森を侵略する。人類初めての『侵攻』だ!」


それはきっと、エルフの運命が決まった瞬間だった。

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