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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第四十八話


「貴様、一体どう言うつもりだ!」


招かれた部屋に入ってすぐに家臣の男が叫んだ。


それを皮切りに全ての者の視線がアンドヴァリに集まる。


視線に込められた感情は様々だが、一つとして好意的な物はなかった。


「無断で魔術師の存在を市民に公開したばかりか、エルフと交戦させるなど何を企んでいる!」


皇帝の許可も得ずに男は怒りのままに喚き散らす。


「企むなど…私は部下の救援に向かっただけですよ」


愛想笑いを浮かべながらアンドヴァリは答えた。


その答えは本心だが、それが全てではない。


騎士を助けることもそうだが、アルヴィース達の調整を行いたかったと言う考えもあった。


そして、何よりも『魔術師がエルフを倒した』と言う事実が欲しかった。


「魔術師を知らない者が見れば、彼らをエルフと誤解するでしょう。だから先に市民へ伝えておく必要があったのですよ」


あの演説で人々は魔術師の存在を知った。


エルフに対抗できる可能性。


騎士団に対する期待と希望。


それをエルフを打倒したと言う事実で満たした。


「ッ! 皇帝陛下! この者は危険です! 強い野心を感じます!」


「そ、そうじゃのう…」


家臣の男に押され気味に頷く皇帝を見て、アンドヴァリの心は段々と冷めていった。


多くの愚者に囲まれ、その一つ一つの意見に揺らぐ愚かなる暗君。


(衆愚共め。足の引っ張り合いだけしていても国は腐るばかりだと何故気付かない?)


内心、吐き捨てながらアンドヴァリは冷めた目を皇帝へ向ける。


「では、どうすると言うのです! 市民は熱狂しています! 魔術師は人類の希望。それを民衆から取り上げるおつもりか!」


「う、む…」


「無礼者! 皇帝陛下に向かって何を!」


余計なことはさせまいと叫ぶ家臣の男をアンドヴァリは殺気すら込めて睨んだ。


「魔術師はエルフを倒しました。仲間を殺されたエルフも報復に来るでしょう。今までとは比べ物にならないエルフの侵略が行われる!」


「ぐ…!」


今までたった数名のエルフ相手に手も足も出なかったのだ。


仲間を殺されたことで本腰を入れたエルフ相手にまともな人間で太刀打ちできる筈がない。


どれだけアンドヴァリが気に入らなくとも、もう魔術師に頼るしか手は残っていないのだ。


「既に戦いは始まっているのですよ。もう後戻りは出来ない」


「貴様、最初からそれを狙って…!」


大衆を熱狂させたのも、見せつける様に派手に戦って見せたのも、エルフを一人残らず殺害したのも、全てはこの為だ。


及び腰でエルフと戦うことに消極的な者達を動かす為。


もう安全な場所はない。


エルフが本腰を入れて攻撃を仕掛けてくる前に、こちらから打って出るしかない。


「魔術実験を生き抜いた者が全部で十名。その内、三名は完全に魔術を発現しました。彼らを中心とした新たな騎士団の設立を提案いたします」


「新たな、騎士団じゃと…?」


「ええ。これまでのように皇帝陛下の護衛のみではなく、もっと広い範囲を護る騎士団」


引き込まれるように注目する人々を見ながら、アンドヴァリは宣言する。


「『アルフヘイム帝国騎士団』…個人ではなく帝国そのものに忠誠を誓う真の騎士団です」








「うえーん! おじさんがまた怒ったー!」


「だから俺はおじさんではないと………と言うか別に怒ってもいないのだが」


騎士団の訓練場に泣き喚くヒルドの声と、困ったようなレヴァンの声が響く。


年相応に小柄なヒルドを見下ろすレヴァンは傍から見れば威圧的だが、その内心は幼いヒルドへの接し方が分からずに辟易していた。


「俺はただ、君に戦闘訓練は危ないと言っただけだろう」


「何でよー! ヒルドだって皆の役に立ちたいのにー!」


「…頼むから、我儘を言わないでくれ」


困り果てたようにレヴァンは息を吐いた。


ヒルドが手に入れた魔術の属性は『水』だ。


その能力は自身の血を分け与えることで、傷付いた身体を修復させる治癒魔術。


アルの粘土やレヴァンの炎と違って派手さは無いが、戦場に於いて有用な能力である。


しかし、どうやらヒルド自身はそれが不満なようだった。


「だってこの間、アルヴィースはエルフを二人倒したし、レヴァンだって一人は倒したじゃん! ヒルドだけ一人も倒せなかったー!」


「適材適所と言う言葉があってだね…」


「難しい言葉なんて知らないもん!」


子供らしい我儘を叫ぶヒルドを見て、レヴァンは苦笑する。


ヒルドは戦う力が無いことに不満を持っているようだが、レヴァンはそれで良いと思っていた。


相手はエルフとは言え生物を殺すことなど、まだ十二歳の子供が経験して良い物ではない。


強大な力には責任が伴うが、それでもこんな風に無邪気に笑ったり怒ったりする少女の手を血に染めることだけはしたくなかった。


「呑気に子供の遊び相手とは余裕だな。レヴァン」


怒るヒルドを宥めるレヴァンの耳に声が聞こえた。


少し離れた所からレヴァンを眺めていた二人の騎士が、馬鹿にするような目でレヴァンを見ている。


「もう訓練なんてする必要がないんだろう。何たって、魔術師様だからな」


「あんな新入りでも魔術師になれるなら、俺も志願すれば良かったぜ」


「………」


騎士達の眼には嘲りと共に妬みの感情があった。


アンドヴァリが魔術師の存在を公開したことで、三人は有名人となっていた。


エルフに対抗出来る存在と期待を寄せられているが、同時に騎士団内ではその力を羨む者もいた。


レヴァンは騎士団の中ではまだ新米。


見習いに過ぎなかったレヴァンが遥かに強大な力を手に入れたことを妬む者も多かった。


「俺にも力があれば、もっと…」


「―――見苦しいぞ」


何か言おうとしていた騎士達の背後から声がかけられた。


憮然とした表情を浮かべた男の姿を見て、騎士達は慌てて身を正した。


「「き、騎士団長!」」


「醜い嫉妬など見せるな。お前達、それでも騎士か」


騎士団長アンドヴァリは騎士達に呆れたような眼を向けた。


相手がアンドヴァリが嫌いとする『成長しようとしない者』である為か、その視線は恐ろしく冷たい。


「…彼のことがそんなに羨ましいのか? 実験の後遺症に未だ苦しんでいる彼が」


「え…?」


「全身に陣を刻むことは想像を絶する痛みを伴う。魔術は完成したとは言っても、馴染むまでは眠れぬ夜を過ごすことになるだろう」


ただ目先の力のみを求める愚か者に、アンドヴァリは現実を告げた。


実験を受けた約九割の人間が死に至る程の苦痛。


レヴァンがそれに耐え切れたのは、彼らのような浅い考えで実験に臨んでいた訳ではないからだ。


「それでも望むなら、君達にも陣を施そう。命の保証はしないがな」


「い、いえ…! 結構です!」


怯えたように叫ぶ騎士二人に呆れ果て、アンドヴァリは左腕で素早く剣を抜いた。


目にも留まらぬ速度でそれを二人の首元に突き付ける。


「決断しなかった者に彼の献身を侮辱する権利はない。分かったか」


「「は、はい…!」」


スッとアンドヴァリが剣を下ろすと二人は急いで訓練場から逃げていった。


それを嫌悪の表情で見送った後、アンドヴァリはレヴァン達へ視線を移す。


「ありがとうございます。騎士団長」


「礼を言う必要はない。私は真実を述べただけだ」


レヴァンを気遣った訳ではなく、それはアンドヴァリの本心だった。


「そんなことより、アルヴィースがどこにいるか知らないか?」


「アルヴィースなら、シグルズと一緒に書庫に行ったよー」


アンドヴァリの質問に答えたのは、ヒルドだった。


珍しい組み合わせだな、と首を傾げたアンドヴァリを見てヒルドはニコニコと笑みを浮かべる。


「お勉強するんだってー! だからヒルドは邪魔にならないようにレヴァンを見てあげているのー」


恐らく、様子見を頼まれたのはレヴァンの方だろうが、レヴァンは特に何も言わなかった。


口を開けばまだ機嫌を損ねると理解しているのだろう。


「そうか。ありがとう」


「いえいえ、どーいたしましてー」


ヒルドの無邪気な姿に顔を綻ばせ、アンドヴァリは二人に背を向けた。


「では、私は書庫に向かうとしよう………レヴァン」


「何ですか?」


「自分の選んだ道が正しいと信じたなら、迷うことはない。他人の言葉など気にするな」


そう言うと、レヴァンが答える前にアンドヴァリは立ち去った。

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