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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第三章 ソロー
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第四十六話


「そりゃー! おりゃー!」


騎士団の訓練場にアルヴィースの声が響く。


拙い構えを取りながら、握り締めた訓練用の剣を振るう。


「威勢は良いが、腰が入ってないぞ」


その相手をしているのは、アルヴィースより三つ年上の騎士だった。


さっぱりと短めに切り揃えた赤髪が特徴的な、屈強な肉体の若い騎士。


人類で最初に魔術師となった男、レヴァンだ。


「それに一々下がり過ぎだ。その間合いでは剣を振っても当たらないだろう」


「良いんだよ! 俺の本命は魔術なんだから、このくらいで」


「…ふむ。一理あるな。無理に肉弾戦だけで攻めようとする必要もない、か」


元々騎士として剣術を学んできたレヴァンとは違い、アルヴィースが剣術を学んでいるのは最低限の護身術を身に付ける為だ。


いくら魔術が優れていても、身体能力が低いままでは宝の持ち腐れ。


懐に入り込まれた時、魔術以外でも対処できるように。


「今だ! 隙あり!」


「…そう言う事は口に出して言う物じゃないぞ」


剣を天に掲げる様に振り被るアルヴィースを見て、レヴァンはため息をついた。


呆れながらも自分の剣を構え、対処する。


「…痛ッ!?」


突然目に痛みを感じ、レヴァンは目を閉じてしまった。


頭上に掲げた剣を見上げるレヴァンの眼に向かって、アルヴィースが土を蹴り上げたのだ。


眼を潰されたレヴァンは思わず剣から手を離し、眼を抑える。


「そこだぁ!」


無防備なレヴァンの頭にアルヴィースの剣が炸裂した。








「騙し討ち。それに目潰しか。ああ、騎士道に相応しいかはともかく、その成長は素直に喜ぼう………騎士道に相応しいかはともかく」


すごく何か言いたげな顔でレヴァンはアルヴィースを称賛した。


ジンジンと痛む頭を抑えながら手放しで喜んでいるアルヴィースを睨んでいる。


「まあまあ、そんな顔をするな。身体能力も技術も勝る相手から一本取ったのだから」


「騎士団長、確かにその通りですが…」


庇うようなアンドヴァリの言葉に、レヴァンは渋々頷いた。


敵を手玉に取り、致命的な一撃を与える戦略は戦士として必要な物だ。


アルヴィースに剣術の才能はなかったが、戦術や戦略の才能は目を見張る物があった。


「次は魔術の訓練しようぜ! この間より、デカいゴーレム作ってやるよ!」


機嫌良さそうに笑いながら、アルヴィースは訓練場から中庭へと走っていった。


柔軟な思考を持つアルヴィースは未知の能力である魔術を理解する速度が早かった。


つい先日手に入れたばかりの魔術を殆ど使いこなしており、特に粘土を操って物を作り出すことを得意としていた。


「…魔術、か」


楽し気なアルヴィースとは異なり、レヴァンは苦々しい表情を浮かべた。


剣術の訓練をしている時のアルヴィースのように、露骨に嫌そうな表情だった。


「アルヴィースに劣等感を感じる必要はないぞ、レヴァン」


それを見かねて、アンドヴァリは諭すように言った。


「アルヴィースは確かに魔術の才能を持っているが、お前にも才能はある。でなければ、そもそも魔術を使うことすら出来ないだろう」


レヴァンは魔術を使うことが苦手だった。


初めから全力で魔術を扱えたが、それを制御することが出来なかった。


制御できない強大な炎。


その力を誰よりもレヴァン自身が恐れていた。


「…アイツに嫉妬している訳じゃないんです。ただ、俺は自分が情けなくて」


「………」


「生き残ったのに。俺なんかが生き残ってしまったのに! いつまでもこんな所でもたもたしていることが俺は許せないんです!」


レヴァンは人類で最初の成功例。


言い換えればそれは、レヴァン以前の全ての人間は失敗したと言う事。


実験を受け、自分だけが生き残ってしまったことにレヴァンは罪悪感を感じていたのだ。


「それこそ、お前が感じるべき物ではない筈だ」


「え…?」


「魔術実験を行い、大勢の子供を殺したのは私だ。このアンドヴァリだ。生き残ったお前が罪悪感を感じる必要がどこにある」


迷いのない眼でレヴァンを見ながら、アンドヴァリは呟く。


その罪は自身が背負うべき物であると。


被害者であるレヴァンが気にすることではないと。


「私はお前に感謝しているよ。お前達が現れなかったら、私はただ無意味に子供を虐殺した殺戮者で終わっていた」


少し離れた所で地面を操っているアルヴィースを、アンドヴァリは眩しそうに見ていた。


「お前達は希望だ。病むばかりの帝国を救う人類の希望なんだ」


「………」


「焦る必要はない。だが、自覚しろ。人類の未来はお前達に掛かっている」


アンドヴァリの言葉に、レヴァンは無言で頭を下げた。


自覚が足りなかった、と内心呟く。


弱音を吐いている余裕などない。


エルフに対抗できる魔術師は、たった二人しかいないのだから。


「俺も、訓練に行ってきます」


そう言うと、レヴァンも訓練場から出ていった。


アルヴィースには劣るが、レヴァンも十分に魔術の才能を持っている。


生真面目で悩み易い性格さえ何とかなれば、すぐに魔術を使いこなせるようになるだろう。


「………」


魔術師は、凡人を超越した力を持つ。


あの二人が万全に魔術を操れるようになれば、誇張抜きでエルフを相手に出来る。


実力的には申し分ない。


(…だが、二人か)


百人以上の人間を犠牲にして、たったそれだけか。


エルフと人間では魔術に対する親和性が違うのは分かっていたが、これ程とは思わなかった。


身体に陣を刻んだ瞬間に殆どの被験者が拒絶反応で死んだ。


一部生き残った者でさえ、まともに魔術を使うことが出来なかった。


二人の成功例が出た。


これ以上の犠牲は無意味か。


それとも、万全を期す為に実験を続行すべきか。


「騎士団長! 報告があります!」


考え込むアンドヴァリの背後からよく通る声が響いた。


振り返ると、若い金髪の男が立っていた。


騎士服を几帳面に着こなした、男にしては長い金髪の騎士。


童話の王子を思わせる端正な顔立ちを緊張で引き締め、アンドヴァリへ目を向けていた。


どこかで見たことのある顔だ。


「君は確か…シグルズ、だったか?」


「はい! 覚えていただき、光栄であります!」


育ちの良さを感じさせる洗練された仕草でシグルズは頭を下げた。


「それで、私に報告とは?」


「は! 以前よりアールヴの森を監視していた所、数日前にエルフの襲撃を受けました」


「…何だと? 犠牲者は?」


「数名の騎士が重傷を負いましたが、幸い死者は出ませんでした」


「そうか…」


エルフの襲撃によって村を滅ぼされてからアールヴの森付近に騎士を駐屯させていたが、逆にエルフの敵意を煽る結果となってしまうとは…


あまり時間は残されていないようだ。


「シグルズ、まだー?」


その時、緊張した場に相応しくない間延びした声が聞こえた。


思わず固まる二人を余所に、テクテクとこちらに歩いて来るのは小柄な少女。


アルヴィースやレヴァンよりも尚若い、幼いと称しても良い少女だ。


サイズの合っていないぶかぶかの服に身を包み、何が楽しいのか無邪気な笑みを浮かべている。


「キラキラ! ここ、キラキラで綺麗だねー。シグルズ!」


「こら! 外で待っていろと言っただろう、ヒルド!」


妹を叱るような声でシグルズは言い、申し訳なさそうにアンドヴァリに頭を下げた。


「この子は?」


「…ヒルドは、襲撃時にエルフに殺された旅商人の娘です」


シグルズは暗い表情を浮かべて言った。


「騎士に死者は出なかったのですが、偶然近くを通りがかった旅商人夫婦が巻き込まれてしまい…」


「………」


エルフにとって商人も軍人も関係なかったのだろう。


ただ人間であると言うだけで、彼らからすれば敵対者なのだ。


アンドヴァリはヒルドへ視線を向けた。


まるで両親の死を理解していないかのように、無邪気な笑みを浮かべていた。


「ねえねえ、おじさん! このキラキラ、何ー?」


「ちょ!? す、すみません、騎士団長!」


「いや、構わんよ。私も子を持っていてもおかしくない歳になったからな」


気さくな笑みを浮かべ、アンドヴァリはヒルドと視線を合わせる様に腰を下ろした。


「さっきから言っているキラキラとは何だい?」


「キラキラはキラキラだよー? 何か、赤と緑で綺麗なのー!」


首を傾げながらヒルドは笑った。


ヒルド自身、よく分かっていないようだ。


「あ! あそこの庭にいるお兄ちゃん達から沢山出てる! 大きい人は赤! 小さい人は緑!」


(…赤? 緑?)


その言葉を聞き、アンドヴァリは僅かに浮かべていた笑みを消した。


真剣な目で庭で訓練している二人を見る。


アルヴィースの魔術は土属性であり、レヴァンの魔術は火属性。


そして、それぞれの属性を意味する陣が放つ色は緑と赤である。


(…まさか、魔力が見えるのか?)


人間が持つとされるが、誰も知覚することが出来ない力。


それを何もせずに認識できるなど、一体どれほど魔術との親和性が高いのか。


どれほどの才能を秘めているのか。


「…シグルズ、君に提案があるのだが」


アンドヴァリは視線をシグルズへ向けた。


「聞いて貰えるだろうか?」


その視線は既に優しい先達者の眼ではなく、冷酷な革命者の眼だった。

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