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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第三十九話


石の槍を構え、巨人が動き出す。


巨体に相応しく、その動きは鈍重だが込められた魔力が違う。


迂闊に近づけば、手にした柱のような槍で押し潰されるだろう。


「くははは! 盛り上がってきたではないか!」


それを理解した上で、フェンリルは正面から巨人に迫った。


命など惜しくないかのように愚直に敵へ向かう。


「壱陣『レージング』…解放!」


瞬間、手錠から放たれる赤い光が強くなった。


肌の変色が進行し、拳のみならず肩まで真っ赤に変色していく。


(…強化の重ね掛けか?)


先程より強い魔力を感じながら、アルは思考する。


アルのエンチャントに合わせ、フェンリルも追加の強化をしたのか。


(甘い)


冷静な目でアルはフェンリルの魔術を観察する。


一見、条件は対等に見えるが状況はアルが圧倒的に有利だ。


レヴァンやヒルドとの交戦により、アルの魔力は消耗しているが、それでも通常の魔術師よりも遥かに多いままだ。


それに加え、ゴーレムを強化することと人間を強化することでは訳が違う。


ゴーレムなら一から作り上げれば良いが、人間は肉体の限界を超えられない。


人間が強化魔術によって得られる力には上限があるのだ。


「はは! 溜まらないな!」


笑い続けるフェンリルは回避する素振りすら見せない。


その隙だらけの姿に容赦せず、巨人は石の槍を振り下ろした。


周囲の樹木よりも太い槍に押し潰され、フェンリルの姿が消える。


狂戦士ベルセルクではなく、力量差も分からない狂人クレイジーだったか…」


冷めた表情を浮かべてアルは言った。


敵との実力差すら理解できないのなら、それは命知らずですらなく単なる自殺志願者だ。


懺悔の機会も与えずに容赦なく殺したことに小さな罪悪感を抱きながら、アルは表情を殺した。


「――――力量差が分かっていないのはどっちだ?」


「ッ!」


アルは魔術を解除しようとしていた手を止めた。


殺した筈のフェンリルの声が聞こえた。


確かに槍で潰したように見えたが、フェンリルは生きている。


(どこだ…?)


アルは周囲に意識を向けた。


どこにも気配を感じなかった。


今の一撃を躱したと言うのなら、一体どこへ…


「どこを見ている?」


嘲るような笑い声と共に、巨人の握る槍に亀裂が走った。


柱のように巨大な槍がみるみるうちに崩壊していく。


「なっ…」


違う。


フェンリルは槍の一撃を躱した訳ではない。


人間を磨り潰すような一撃を敢えて受け止め、その上で生きているのだ。


「くはははははははははは!」


大地を揺るがすような声が響き、石の槍が完全に破壊された。


そのままフェンリルは得物を失った巨人の腕を掴み、その胴体に拳をぶつける。


獣のように力任せな一撃。


たった一撃の拳で、巨人の身体も砕かれた。


アルが渾身の魔力を込めて作り上げたゴーレムが、ただの一撃で。


「何だ、がっかりさせるな英雄! お前の力はこの程度か!」


積み上げられた瓦礫の山の上に、フェンリルは立っていた。


「………」


(…強化魔術だけで俺のゴーレムを破壊できる筈がない)


目の前の現実とは矛盾するが、それは正しい事実だった。


単なる身体強化でアレ程の力を得るのは不可能だ。


仮にアルを超える魔力があったとしても、身体の方が持たない。


にも関わらず、フェンリルは強化魔術でゴーレムを倒した。


(ただの強化魔術じゃない…? だとすれば)


「今度はこちらの番だ!」


フェンリルは瓦礫の山から飛び上がり、アルの前に着地した。


ゴーレムを一撃で葬った拳が、アル自身へ向けられる。


「チッ…!」


魔術の正体が分かる前に攻撃を受けるのはマズイ。


新たにゴーレムを生成する余裕は無かった為、アルは咄嗟に岩の壁を作り出した。


「小賢しいな! 脆弱な壁など作るな!」


砲弾でも受け止めたかのように壁にひびが入る。


ぞくり、とアルの背筋が凍った。


壁を貫き、伸ばされる腕。


赤く染まった悪魔のような腕が、アルの左腕を掴んでいた。


「ぐ…!」


ギギギ…と握られた腕の骨が軋む音が聞こえる。


崩れた壁からゆっくりとフェンリルが姿を現す。


アルの脳裏に破壊されたゴーレムが過ぎる。


あの拳を受ければ、アルの身体も同じようにバラバラになる。


「この…!」


「む…?」


僅かに驚いた顔をして、フェンリルの身体が離れる。


無防備だったフェンリルの腹部にアルが渾身の力で蹴りを放ったのだ。


然程ダメージは入っていないようだったが、衝撃でフェンリルから距離を取ることには成功した。


「素人の蹴りではなかったな。貴様、武術もいける口か?」


「…仮にも英雄だからな。護身術くらいは騎士時代に学んでいる」


解放された左腕を抑えながら、アルは言った。


折れてはいないようだが、骨にひびくらいは入っているかもしれない。


「しかし残念だぞ。英雄との戦いを待ち望んでいたと言うのに」


期待外れとでも言いたげに、フェンリルは息を吐いた。


「呆気ない。世界を救った英雄がこの程度とは」


挑発するようにフェンリルは言った。


英雄であるアルよりも自分の方が実力が上だと。


「俺様は、自身の強さを証明する為にファフニールについた」


飢えた狼のような赤い眼がアルを見る。


昂ぶっていく感情に比例するように、フェンリルの威圧感が増していく。


「もうエルフはいないからな。悪魔と称されるエルフを大量に殺した貴様ら『英雄』を超えるには、直接挑むしかない」


戦いと強さを求める狂戦士。


ヒルドとはまた違った理由で平和な世界に居場所を見出せない存在。


「確信したぞ。俺様は、貴様らよりもエルフを多く殺せる!」


あらゆる物を破壊する力。


英雄の魔術すら打ち破る力を以てして、フェンリルは自身が最強であることを証明する。


勝利と栄光。


それこそがフェンリルが戦いを求める意味。


「それがどうした?」


陶酔するフェンリルに冷や水を浴びせる様に、アルは平坦な声を出す。


「俺よりエルフを多く殺せるから、何だと言うんだ。そうすれば、英雄になれると? 俺達を皆殺しにすれば英雄になれると………本気で思っているのか?」


アルの眼には、不快感が宿っていた。


何も知らない男に英雄を語られたことに。


人を殺した数でしか強さを測れない獣に英雄を騙られたことに。


吐き気を催すような嫌悪感と、怒りを感じていた。


「…敵を殺した数ではない」


誇るべきなのは、敵を殺せたことではなく味方を助けたことなのだ。


「正義とは、英雄とは…戦いが終わった後に得られる物が無ければならない。自分が救えた命を、共に喜べる人物でなければならないんだ」


英雄は不毛な殺戮者ではない。


命を救い、そのことを素直に喜べる人間だ。


アルには、それが出来なかった。


殺してしまった敵にばかり目が向き、助けられた命に目を向けなかった。


人を救えたことを、喜ぶことが出来なかった。


故に、アルは自分を英雄とは認めていない。


だが、だからと言って人を救うことすら考えないフェンリルを英雄と認めるつもりはない。


「英雄とは人を救う者か。興味深い意見だが、人を救うにも『力』がいるとは思わないか?」


フェンリルの手錠の付けられた両腕を地面に付いた。


手錠に刻まれた陣が強い光を放つ。


「弐陣『ドローミ』…解放!」


獣のような四本足となったフェンリルの身体が赤い光に包まれる。


肩までだった赤の浸食が全身へと広がっていく。


「があああ…ぐ、ううう…」


苦しそうに呻き、全身が真っ赤に変色したフェンリルが顔を上げる。


苦痛に歪みながらも、その顔には笑みが浮かんでいた。


「…『力』だ」


小さく、フェンリルは呟く。


「高尚な目的があろうと、守るべき者がいようと、力が無ければ全て無意味だ…!」


「………」


「貴様らが英雄と呼ばれたのは、ただ強大な力を持っていたからに過ぎない!」


その言葉には憎悪があった。


戦いを楽しむ悦楽でも、力に溺れる陶酔でもない。


英雄に対する確かな憎しみがあった。


「…今は俺様の方が強い!」


獣を思わせる動きでフェンリルは大地を蹴った。


跳ねる様に走り出したフェンリルに合わせ、アルは大地から新たなゴーレムを生成する。


「無駄だ! 無駄だ!」


侵攻を遮るように作られた三体のゴーレムは時間稼ぎにすらならなかった。


拳の一振り。


それどころか、ただの一当て触れただけで崩壊した。


「くは! ははははは!」


「…出ろ」


ゴーレムを壊されたことに焦りもせず、フェンリルは新たに粘土を生み出す。


真っ直ぐアルを見据えるフェンリルの死角。


その足下から放たれたのは、無数の槍だった。


どれだけ身体能力を強化しても、手の数は変わらない。


両手両足を使えたとしても、この数は防げない。


捌き損ねた槍が、フェンリルの身体に触れた。


しかし、


「残念だったな」


フェンリルの赤い肌に触れた途端、槍は形を崩してしまった。


他の槍も同様。


ただフェンリルが手で撫でるだけで槍は強度を失い、壊れていく。


「教えてやろう。俺様の魔術『ウールヴヘジン』は強化魔術ではない」


残った槍を踏み締めながらフェンリルはアルへ迫る。


身体にぶつかる槍を気にも留めず、ただ獲物を睨む。


「この魔術は『自分を強くする魔術』ではなく『相手を弱くする魔術』だ」


「………」


「俺様が触れた物体は呪われ、強度が低下する。少し力を加えただけで壊れてしまう程に脆くなる」


それが、フェンリルが今まで引き起こしていた現象の正体。


肉体の強化に限界はあるが、強度の低下なら限界は無い。


あらゆる物体の強度を減少させた上で破壊することで怪力のように見せていたのだ。


「弐陣『ドローミ』を解放した今、誰も俺様を止められない」


その力は防御不能の攻撃に留まらない。


腕だけではなく、全身から能力を発動させれば、敵の放つあらゆる攻撃を触れただけで壊す鎧となる。


「お前がどんな物を作ろうと、俺様が全てぶっ壊す! コレが、コレこそが俺様の『力』だ!」


既にアルはフェンリルの目の前だった。


もう何をしても無駄だ。


武器も、鎧も、壁も、人形も、どんな物であろうと壊して進む。


獰猛な笑みを浮かべ、フェンリルは腕を振り上げる。


一息でアルの所へ跳び、その身体を破壊しようと大地を力一杯踏み締めた。


その足が、大地に飲み込まれた。


「…………………あ?」


バキバキバキ…と大地が悲鳴を上げて、砕けていく。


フェンリルの立っていた地面が崩落し、地の底へ沈んでいった。


ぽっかりと空いた穴は、底が見えない程に深かった。


「何だと…!」


急いでフェンリルは崩れる地面を蹴り、アルの方へと跳んだ。


大きく伸ばした腕が、辛うじて向こう側の崖を掴む。


「…自分の『力』のことを忘れていないか?」


「ッ! しまっ…!」


フェンリルの腕が触れた部分から崖が崩れる。


あらゆる物を『破壊』する力。


それを全身に纏った今のフェンリルは、何者にも触れることすら出来ない。


「お前の魔術が火属性であることには気付いていたから、会話をしている間に罠を張った。獣ぐらいしか掛からないようなお粗末な物だがな」


「いつ、俺様の魔術を…!」


「お前が俺の腕を掴んだ時、手錠に刻まれた陣が見えた」


重力に引かれ、穴へと落ちていくフェンリルを見下ろしながらアルは答える。


「俺を誰だと思っている? 人類で最初に杖を作った杖職人様だぞ」


見えたのは一瞬だったが、それで十分だった。


杖に刻まれた陣を見れば、属性を見抜くことは容易い。


変化の水属性でない以上、身体強化はあり得ない。


「英雄を超えたいなら不勉強だったな、ルーキー」


「き、さまああああああああァァー!」


怨嗟の声と共にフェンリルは闇の中に消えていった。

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