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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第三十八話


「霧が出てきたな…」


やや後ろを歩くアルファルを一瞥しながら、アルは呟く。


日が落ち、段々と景色も悪くなってきた。


既に休憩地点としていた洞窟を過ぎ、結構な時間が経過している。


東に進む程に霧は濃くなっていき、今ではすぐ後ろにいるアルファルの姿さえ見失いかける程だ。


地形を把握する能力が無ければ、方角の感覚さえ無くなっていたに違いない。


「………」


周囲は濃霧に包まれ、何も見えない。


しかし、アルは自分が帝国のどの位置にいるのか把握できていた。


今日だけでかなりの距離を進んだ筈だ。


この調子なら、レヴァンに追いつかれる前に帝国領から脱出できる。


「…アル。アル!」


「おっと、いきなり大声を出してどうした?」


突然背中を叩かれ、アルは驚いて振り返る。


霧の中にぼんやりと見えるアルファルは、どこか訝し気な顔をしていた。


「…何か、聞こえないですか?」


「何?」


そう言われアルは耳を澄ませた。


深い霧の中、聞こえるのは二人の足音のみで辺りは夜の静けさに包まれている。


「………」


いや、違う。


何か聞こえる。


荒い息遣いと地面を蹴り上げるような音。


そして、夜闇に響き渡る…『遠吠え』


「まさか…この辺りに、野犬はいない筈だぞ」


「…来ます」


霧の向こう側から、それは現れた。


薄暗い霧の中に浮かび上がる巨漢。


大地を撫でる伸び切った長髪は、狼の体毛のように身体を包み込んでいる。


腕には手錠が付けられているが、鉄鎖は千切れており、拘束具としての機能を失っていた。


その身に鎧の類はなく、代わりに狼の毛皮を素肌にそのまま纏っている。


「―――――」


月明かりが、縫い目だらけの肉体と男の顔を照らし出す。


顔の殆どが髪に隠れているが、年齢は三十代半ば頃だろうか。


白い長髪の中から、獰猛な赤い眼が覗いている。


「何だ、コイツは…?」


未開の地の先住民か、それとも脱獄した犯罪者か。


存在するだけで周囲に暴力的な威圧感を与える男に、アルは警戒した目を向けた。


「強い魔力の匂いを感じる………貴様が、英雄アルヴィースか?」


「そうだが…お前は誰だ?」


まるで自分を探していたかのような言葉に、アルは警戒を強める。


「まさかとは思うが、俺を追ってきた騎士だとか言わないよな?」


「騎士? この俺様が騎士に見えるのか?」


男は長すぎる髪を揺らし、失笑した。


「俺様はグニタヘイズの『フェンリル』だ………どうやら、ファフニールが殺されたらしいな」


「…随分と耳が早いな」


隣に立つアルファルの位置を確認し、アルはいつでも魔術を使えるように身構えた。


「ボスの敵討ちに来たって所か?」


「む? 誤解するな、俺様はそんなつまらない理由で戦ったりしない。俺様はお前達を迎えに来たのだ」


武器を持っていないことを主張するように両手を振り上げ、フェンリルは視線を二人へ向けた。


敵討ちに来た訳ではなく、迎えに来た。


その言葉に、少しだけアルは警戒を緩める。


「貴様が英雄アルヴィースなら………貴様がエルフの娘か」


値踏みするような視線をアルファルへ向け、フェンリルはゆっくりと片足を振り上げる。


「え…」


瞬間、フェンリルの身体が霧の中で揺れた。


二人の間を突風が駆け抜け、瞬く間に呆然としていたアルファルへ迫る。


肉食獣の前足のような強靭な足がアルファルを蹴り上げ、その小さな体が羽根のように舞った。


「アルファル! お前…!」


ゴーレムを差し向けながら、アルは地面に倒れたアルファルに駆け寄る。


宙へ投げ出されたアルファルは近くに生えていた樹木に激突し、力なく倒れていた。


叩き付けられた衝撃で意識を失っているが、幸い目立つ怪我はなかった。


「…何だ。思ったより軽いのだな、エルフと言う生物は」


目の前に現れたゴーレムを容易く躱しながら、フェンリルは悪びれた様子もなく言う。


その言葉を聞き、アルはフェンリルを睨み付けた。


「迎えに来たのではなかったのか…?」


「そう怒るな、加減はしたのだぞ。俺様もエルフを殺さずに連れ帰るように頼まれているからな」


フェンリルの表情が愉悦に歪んだ。


「少し試しただけのつもりだったが、エルフとは言え所詮は女か。話にならん」


「…ゴーレム!」


怒りに顔を歪め、アルはゴーレムを操る。


岩石で構成された巨人型のゴーレムが拳を振り上げ、フェンリルに迫った。


どれだけ力自慢だろうと、杖無しでこの重量は防げない。


殺意の込められた視線に、フェンリルは心地良さそうに笑みを浮かべた。


「狼呪術式『ウールヴヘジン』」


「なっ…!」


魔術が発動し、フェンリルの拳が返り血のような赤に変色する。


ゴーレムの拳に合わせ、フェンリルは拳を振り抜いた。


拳同士が衝突し、拮抗は一瞬。


真っ赤な拳はあまりにも呆気なく、ゴーレムの胴体を貫いた


「くははは! どうした、英雄! 俺様が魔術を使えることがそんなに不思議か?」


驚くアルが滑稽に見えたのか、フェンリルは豪快に笑った。


その手に杖は握っていない。


代わりに両腕に付けられた手錠に赤い模様が浮かび上がっていた。


(…あの手錠、金属製の『杖』か)


陣さえ刻めばどんな物であっても、杖とすることが出来る。


魔力を通し易い木製の物が主流だが、金属を素材とすることも理論上は可能だ。


「…頼まれたのはエルフの娘の回収だが、俺様の目的はお前だよ。英雄」


愉悦に歪んだ顔でフェンリルはアルを見た。


「エルフを滅ぼした英雄の力、この俺様に見せてくれ!」


獣のように熱狂するフェンリル。


その表情にアルは覚えがあった。


力に狂い、戦場を求める狂戦士ベルセルクの顔だ。


「次から次へと…! こっちにはお前と戦う理由なんかねえってのに!」


「くはは! 戦いに理由が必要か?」


急いでレヴァンから逃げなければならないと言うのに、厄介な奴に捕まった。


チラリと地面に倒れるアルファルに視線を向け、それを守るように近くに壁を作り出す。


余計な戦いは避けたいが、アルファルを置いていく訳にはいかない。


「創生術式『ミストカーフ』」


大地から粘土が生成し、先程と同様のゴーレムを作り出す。


恐らく、フェンリルの魔術は『強化』


炎や土を生み出すのではなく、身体能力を強化するタイプの魔術。


岩石で出来たゴーレムを素手で壊す程の怪力を付与する、シンプルで強力な魔術だ。


生半可なゴーレムでは、束になっても敵わないだろう。


魔力付与エンチャント…強度上昇。質量増加」


故に、アルもまた『強化』をかける。


ゴーレムの身体が緑の光に包まれ、陣が浮かび上がった。


材質を変化させて強度を上げ、質量を増やして形を変える。


「創生『ビレイグの巨兵』」


完成したのは、柱のような石の槍を握り締めた隻眼の石像。


残る魔力を注いで作り上げた、この世に存在しない材質の巨人だ。


「くはははは! 何だこの濃密な魔力の匂いは! こんな物をたった一人で作り上げたと言うのか!」


溢れ出す魔力を感じ、フェンリルは歓喜の笑みを浮かべる。


本気を出した英雄の魔力を目の当たりにしながらも、戦意は少しも衰えていなかった。


「…普段なら一度は警告する所だが」


もう一度アルはアルファルが倒れている位置に視線を向け、言葉を続ける。


「もうコイツを守る為なら加減はしないって決めたからな。悪いが、本気で行くぞ」


「はは! 望むところだ!」

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