第三十七話
「………」
エイトリは悩まし気な表情でレヴァンの後を追っていた。
拘束したヒルドの護送が完了し、アンドヴァリ直々にアルヴィースを追うように命じられてからレヴァンは休む時間さえ惜しみ、前を進み続けた。
未だアルヴィンを敵と思えないエイトリと違い、その顔に迷いは無いように見える。
例え親友であっても、間違いを犯したのなら剣を握る。
全ての騎士が志す英雄の姿だった。
そんなレヴァンを見て、エイトリは未熟な自分を恥じるばかりだ。
「…?」
ふと視線を後ろに向けると、少し離れた所でヴェルンドが立ち止まっていた。
背丈を誤魔化すように厚底のブーツや縦長帽子を被っているが、エイトリ以上に小柄で幼い印象を受ける騎士らしからぬ男は、何やら手の上に鳥を乗せている。
その鳥に付けられている手紙を取り、読んでいるようだった。
鳥の足に手紙を付けて連絡を取る手法。
現在でも用いられる連絡手段だが、騎士団にはアンドヴァリが考案した独自の連絡手段がある為、騎士の間では用いられなくなった物だった。
「…誰かからの手紙?」
「え? ああ、はい。そうですよ」
見られていることに気付き、ヴェルンドは慌ててそれを握り潰した。
プライベートな相手からの手紙だったのだろうか? とエイトリは首を傾げる。
追求を避ける様にヴェルンドは止めていた足を動かす。
「…ところで、気になっていたんだけど」
横に並んだヴェルンドの顔を見つめながらエイトリは言う。
ヴェルンドの褐色肌は、日に焼けたエイトリの浅黒い肌とよく似ていた。
「ヴェルンド君って、もしかして西部の出身?」
「西部? と言うと、帝国西部の砂漠地帯『ドラウト』のことですかァ?」
「そう。私もそうだから、もしかしたらって思って…」
帝国西部には広大な砂漠地帯が広がっている。
過酷な環境であり、数十年前までそこに人類は住んでいないとされていた程だった。
その砂漠に住む人々と交流が始まった今でも、こちらに移り住む者は少なく、ヴェルンドもその眼にしたのは初めてだった。
確かに日に焼けた褐色肌はドラウト出身者の特徴の一つだ。
「生憎ですが、自分はこれでも生まれも育ちも帝国北部『ノーブル』の出身ですよ」
「ノーブル? ひょっとして、ヴェルンド君って貴族だったりする?」
辺境の地に住む自分とは比べ物にならない『都会』の名前にエイトリは羨むような視線を向けた。
ノーブルとは騎士団の本部が存在する町の名前だ。
その場所に住む人間は騎士を除けば、上流階級の人間が多く、そこに住むことは憧れとされている。
「そんなに凄い物じゃないですよ」
曖昧な表情を浮かべながら、ヴェルンドは手に乗った鳥を撫でようとして嘴で突かれていた。
「アイタァ!? 全く、これだから『生物』は嫌いですねェ。ぬいぐるみが一番です」
首に巻いた蛇のぬいぐるみを撫で、苛立つようにヴェルンドは言った。
「ところで、自分も気になっていたのですがァ」
「何、ヴェルンド君?」
「それですよ、それ。どうして自分を君付けで呼ぶんですかァ」
愛想の良いエイトリの笑みから顔を逸らし、ヴェルンドは言う。
その言葉にエイトリはキョトンとした顔を浮かべた。
「だってヴェルンド君、十九歳でしょう?」
「そうですね」
「でもって、もう誕生日は迎えている」
「そうですね」
「ってことは十九歳だけど、まだ誕生日迎えていない私の方が年上じゃん」
「………そうですか?」
何やら釈然としないが、エイトリの中ではそれが答えのようだ。
年上には階級が下でも敬語を使う一方で、年下には初対面でも親し気に接すると決めているらしい。
(俺、一応隊長なんだけどなァ…)
先程の騎士と言い、舐められることが多い自分の容姿にヴェルンドはため息をつく。
ここで先程のように階級を主張するのは、権力を振り翳す貴族みたいで何か嫌だ。
何より大人げない。
「はぁ…無駄話を続けるより、レヴァン隊長に早く追いつきましょうよ」
「え? うわっ! もうあんな所に…!」
前を見たエイトリは驚いたように声を上げた。
会話に集中して目を離していた間に、レヴァンがずっと先の方まで進んでしまっていた。
すぐに追いつこうとエイトリは慌てて走り出す。
「…凄いなぁ、隊長は」
これから騎士アルヴィースと敵対する。
それを考えると不安でいっぱいになり、気を紛らわさないと動けなくなりそうな自分とは違い過ぎる。
一方的な憧れしか抱いていないエイトリ以上に、レヴァンは相手のことを知っている筈なのに。
大義と平和の為に、迷いなく剣を振るうことが出来る。
彼のようになりたいとエイトリは改めて思った。
「…『アレ』に憧れるのはやめなさい」
エイトリの横を走りながら、ヴェルンドはため息交じりに言った。
帽子を手で抑え、顔には苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてる。
「善意からの忠告ですが、アレに憧れれば不幸になる。あなたも、彼も」
「…何を言っているの? ヴェルンド君」
「忠告だと言っているでしょう。あんな物に憧れるべきではない。あんな破綻した正義の味方などに」
カッとエイトリの体温が上がった。
憧れの人物を否定され、怒らない人間はいないだろう。
普段のエイトリは笑っていることが多いが、感情が豊かな分、湧いた怒りも強い。
その感情のままに、並走するヴェルンドに近付く。
「何です………オォウ!?」
「私のことは良いけど、レヴァン隊長のことは馬鹿にしないで!」
目尻に涙を浮かべ、エイトリは叫んだ。
腹に拳を受けて、その場に倒れ込むヴェルンドを置いて走り出す。
非力なヴェルンドにとって、過酷な環境で鍛えられたエイトリの拳は中々強い一撃だった。
「うぅぅ…たまに良いことなんて、するものじゃないですねェ」
走り去るエイトリを見ながら、ヴェルンドは苦し気に呟く。
憧れが目を曇らせているのか、エイトリはレヴァンを見ていない。
何も語らない彼が何を考えているのか、何を悩んでいるのか。
それに何一つ気付かず、ただひたすらに憧れの眼を向ける。
その行為が、どれだけレヴァンを苦しめているのか。
あの危ういを関係を作ったのは、一体誰か。
「…全く、残酷な奴だよ。騎士団長様ってやつは」




