第三十六話
十二年前。
全てが変わったあの日、グリーフ村へ戻ったアルが最初に見たのは荒れ果てた畑だった。
巨人が暴れたかのように大地は抉れ、家屋すらも削れていた。
人間には到底引き起こせないような異様な光景。
すぐにアルはその異常に気付き、村を走り回った。
音が聞こえなかった。
幼い頃からの親友の名前を呼んでも、
内心尊敬していた両親の名前を呼んでも、
何も、聞こえなかった。
『そん、な…』
村の惨状を見て、覚悟していなかったと言えば噓になる。
不吉な予感はしていた。
だが、まさか…ここまでだとは思わなかった。
『父さん、母さん…』
発見した両親には、手足が無かった。
まるで獣に喰われたかのように、身体が欠損していた。
『皆…』
全て、死んでいた。
グリーフ村全ての人間が、殺されていた。
その中に、五体満足に残った死体は一つもなかった。
『あ…あぁ…』
一体、どれだけ残酷な考えを持てばこんなことが出来る。
何の変哲もない村一つを皆殺しだ。
手足を捥ぎ、羽虫のように無残に虐殺された。
血も涙もない山賊ですら、ここまで惨いことは出来ない。
『こ、コレは…!』
心が壊れかけていたアルの耳に、知らない声が聞こえた。
村の者ではなかった。
騎士服に身を包んだ数名の男達。
その先頭に立つ隻腕の男が、彼らのリーダーであるように見えた。
何故こんな田舎に騎士がいるのか、と疑問には思ったが最早どうでも良かった。
村の惨状に驚いている隻腕の騎士に接近し、手にした鍬を振り被る。
理由なんてなかった。
村に現れた見知らぬ者を仇だと思いたかったのかもしれないし、騎士の手にかかって皆の所へ行きたかったのかも知れない。
向かってくるアルを見て、隻腕の騎士は逆に冷静さを取り戻したように見えた。
片腕と言うハンデを感じさせない動きで、鍬を持ったアルの腕を掴む。
アルの手から鍬が離れると、男の手はゆっくりと解かれた。
男の腰に下げられている剣を見て、アルは満足した様に目を閉じる。
『…すまない』
いつまで経っても衝撃は来なかった。
思わず目を開けたアルの眼に飛び込んできたのは、悔恨に顔を歪ませる男の顔だった。
『私が、もう少し早ければ、君の家族を救うことが出来た…すまない…本当に、すまない…」
唇を噛み締めながら隻腕の騎士は謝罪する。
その眼から涙が零れ、アルの顔に触れた。
『君が生きていてくれて、良かった…』
皆を助けられなかったことに後悔しながらも、その救えた命を心から喜んでいた。
救われたアル以上に、その男は嬉しそうに微笑んでいた。
『アンタ、は…?』
目の前の男のことが気になり、アルは無意識の内に名前を尋ねていた。
『…アンドヴァリ』
それが、騎士団へ足を踏み入れたきっかけだった。
「えーと、コレとコレと…コレも使えるな」
アルは洞窟の周囲に生えていた野草を無造作に手に取った。
雑草と見分けが付かないようなそれを沸騰させた鍋に手当たり次第に投げ入れ、鼻歌を歌っている。
「…何をやっているんですか?」
アルの奇行に首を傾げたアルファルが尋ねる。
「魔力を消耗したから、休憩中に回復させようと思ってな」
その言葉を聞き、アルファルはアルが以前咥えていたパイプを思い出した。
アルはハーブの香り等で気分をリラックスさせて魔力の回復を早めることが出来るのだ。
言われてみれば、適当に選んだように見えるアルの取った野草は全てハーブの類だった。
鍋から漂う香りもそう悪い物ではないが、色合いが最悪だ。
ハーブから滲み出た緑色の液体が浮かんだ鍋の中身は、魔女の薬のように毒々しい。
「…前に散らかった部屋を見た時も思いましたが、アルって妙な所で大雑把ですよね」
創造物に関しては例え戦闘中であろうと手を抜かない癖に、それ以外の所ではアルは無精だった。
呆れた様に目を細め、鍋に向かって手を翳す。
陣無しで発動できる簡易術式が発動し、鍋の中身を全てひっくり返した。
「あぁ!? あと少しで完成だったのに!」
「以前は口を出しませんでしたが、友人となった今は口を出させてもらいますよ」
そう言うと、アルファルは鍋に綺麗な水を入れ、一部のハーブのみを中に放り込んだ。
全てを纏めてぶち込むよりも、入れる物を選別した方が色合いも味も良くなるからだ。
「薬学にも植物学にも造詣深いエルフの知識を叩き込んであげます」
妙なスイッチが入ってしまったアルファルがアルの肩を掴む。
普段冷めている割に、珍しく熱意の込もった目をしていた。
意外と、親しくなった相手の世話を焼きたくなるタイプなのかもしれない。
「この辺りは夜になると深い霧が出るんだ」
アルファル特製のハーブティを飲みながらアルは呟く。
「地元の人間ですら迷う程の濃霧だ。土地勘のないレヴァンでは追いかけて来れない」
大地から地形の情報を読み取るアルが霧で迷うことはない。
それに万が一戦闘になっても、レヴァンの魔術と霧の相性が悪いことはヒルドが証明した。
「アイツも暇じゃないし、すぐに諦めるだろう」
「………」
アルの言葉を聞く内に、段々とアルファルの顔が暗くなっていった。
その表情を見て、すぐにアルは相手が何を考えているか理解した。
「自分のせいで…とか考えなくていいからな」
「ッ…」
図星をつかれ、アルファルは顔を上げた。
「君の味方をすると決めた時から、分かっていたことだ。いずれレヴァンと戦うことになると」
ヒルドに続き、レヴァンまでアルの敵となってしまった。
アル自身がそう思っていなかったとしても、それはアルファルが原因だった。
「君を助けたことを、俺は何一つ後悔してない」
断言するように言い切るアルの眼に迷いは無かった。
元々騎士団の過激なやり方を疑問視したことでアルは袂を分かったのだ。
あの日、あの時のアンドヴァリに憧れたアルの『正義』は今の騎士団にはない。
騎士団の正義を信じ続けるレヴァンとは遅かれ早かれこうなる運命だった。
(それに…)
複雑そうな表情を浮かべるアルファルの顔を見ながら、アルは思った。
恐らく、アルはエルフであるなら誰であろうと味方をしただろう。
しかし、助けられたのがアルファルで良かったと思う。
あのグルーミィの町で見ず知らずの子供を治した時、
子供の疫病を治し、心から嬉しそうに笑ったアルファルの顔。
あれこそがアルの求めていた『正義』だった。
人を救い、その救った命を心から喜べること。
人の幸福を共に喜べる者こそが、本当の正義だ。
そう、アルファルに教えられたのだ。
「レヴァン隊長…」
どこか元気のない様子でエイトリはレヴァンを見た。
アールヴの森でアルに出会ってから、ずっとこのような調子だった。
「私達は、正しいことをしているのですよね?」
「…どうした?」
「いえ、エルフは敵です。会ったことはありませんが危険な種族だと聞いていました」
苦悩しながらエイトリは呟く。
普段ハキハキと物を言う彼女には珍しく、言葉がたどたどしかった。
「ですが、あの方は…騎士アルヴィースはエルフを助けました」
その事実は、エイトリに強い衝撃を与えた。
レヴァンと同じくらい憧れていた英雄が、まさかエルフの味方をするとは思わなかった。
だからこそ、間違っているのは自分ではないかと考えてしまったのだ。
「レヴァン隊長、間違っているのは、騎士アルヴィースです…よね?」
縋りつく様な目でエイトリはレヴァンを見る。
ハッキリと肯定してほしい、とその眼に浮かんでいた。
その一言さえ貰えれば、迷いがなくなると。
「…その答えは自分で見つけろ。何が正義で、何が悪か。自分で見つけて、自分の信じた道を歩くんだ」
しかし、レヴァンは敢えて突き放すようにそう言った。
それは自分で見つけ出さなければならない答えであるが故に。
「俺に憧れるのは構わないが、進むべき道まで俺に合わせる必要はない」
「………はい」
レヴァンの真意を理解し、エイトリは深く頷く。
その返事に満足し、レヴァンはエイトリに背を向けた。




