表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
35/104

第三十五話


『そう、ファフニールは死んだか。ヒルドちゃん以外の連中は?』


「ファフニールの部下を一名捕えてあります」


杖越しに聞こえるアンドヴァリの声に、レヴァンは率直に報告する。


任務にあったのはファフニールの抹殺だけだったが、彼女の組織『グニタヘイズ』の構成員を捕らえることが出来たのは好都合だった。


比較的新参者らしいヒルドからはあまり情報は得られないかもしれないが、それとは別にレヴァンがアールヴの森へ向かう途中に確保した構成員がいた。


『今はどうしている?』


「ヴェルンドの呼んできた騎士に尋問させています。尋問が終わり次第、護送させようと考えていますが」


『そうだねぇ。レヴァンちゃんも本部に戻ってくる?』


「…いえ」


アンドヴァリの言葉を聞きながら、レヴァンはヴェルンドのことを思い出した。


とても騎士には見えない、子供が好みそうなファンシーな格好をした不審な騎士。


「あのヴェルンドと言う男ですが…」


『うん? そう言えば、レヴァンちゃんと会うのは初めてだっけ?』


会うのが初めてどころか、レヴァンはその存在を今まで知らなかった。


帝国騎士団の殆どの騎士が所属しているレヴァン隊以外に、技術開発部隊と言う物があることを。


『ほら、前に説明したじゃん。ファフニールも元々は騎士団の人間だったって。そのファフニールも所属していたのが技術開発部隊』


「…杖の作製や、エルフの涙の研究を行っている研究機関のことですか?」


『そうそう。まあ、基本的に裏方だから知らない人も多いんじゃないかな?』


騎士団に騎士の使う杖や、魔術を研究する機関があることは知っていた。


本部にある研究施設に篭り、日夜研究に没頭している科学者の集団がいると。


彼らもまた、人々の平和の為に努力していることは知っていたが、現場で実際に人々を助けている騎士達からすれば彼らを自分達と同じ騎士だとは思えなかった。


『大戦が終わって、もう十二年だ。これからは人を殺す剣ではなく、人を生かす薬を作れる者の方が重宝されるようになるんだよ』


「………」


『魔術はまだまだ人の暮らしを豊かにする可能性を秘めている。それを知る為に、私は八年前に技術開発部隊を設立したのさ』


騎士団長の言葉に同意しながらも、レヴァンは何も言えなかった。


レヴァンには人を殺すことしか出来ない。


平和になった時代に、レヴァンの居場所はあるのだろうか。


人々は、騎士達は、レヴァンを英雄と持て囃すが、完璧な騎士は平和な世界で何をすればいい。


(…無意味な感傷だ)


英雄とは、周囲の希望を形に変える存在だ。


レヴァンは英雄として、騎士団を導く義務がある。


周囲の望まれるままに振る舞うのが、英雄だ。


世界に必要とされなくなった時は、潔く命を絶てばいい。


「れ、レヴァン隊長! 大変です!」


突然聞こえた騎士の声に、レヴァンは意識を覚醒させた。








「痛ててて…あのクソ騎士が。容赦なく殴りやがって…!」


顔に大きな傷のある山賊のような容姿の男が苛立ちながら叫んだ。


度重なる拷問でボロボロとなった身体を動かし、必死に走り続ける。


男はファフニールの思想に賛同した『グニタヘイズ』の一員だった。


偶然出会ったレヴァンに仲間を焼き殺される中、惨めに命乞いをして生き残った小悪党。


「へへ…俺もまだ運に見放されていないようだ。俺の拘束が解けていたことにも気付かない間抜けが」


「確かに、君は運が良いかもしれないですねェ」


森へ逃げ込もうと走り続けていた男は、背後から聞こえた声に背筋を凍らせる。


だが、その声の主を確認するとすぐに安堵の息を吐いた。


「何だ、ヴェルンドか。脅かすんじゃねえよ…!」


「酷い言い草ですねェ。その拘束、誰が解いてあげたと思っているんですかァ?」


知人に接するような態度でヴェルンドは息を吐く。


頭の悪い人間を相手にするように、眉間に皺を寄せていた。


「何? そうだったのか。悪いな、助かったぜ!」


「…はぁ。口の軽いあなたが、すぐに俺のことを喋らなかったことは褒めてあげますが」


首に巻いた蛇のぬいぐるみを弄りながら、ヴェルンドはため息をついた。


重そうな縦長帽子の位置をずらし、呆れたような視線を男に向ける。


「そうだ、大変だぜ! さっき聞いたんだが、ファフニール様が死んじまったみたいだ!」


「知ってますよ。俺、騎士ですもの」


「っと、そうだったな。それじゃ、これからどうすんだ! お前も一緒に戻るか!」


「…はぁー。前々から思っていましたけど、あなたって本当に馬鹿ですねェ」


「あぁ!? それはどう言う…」


ズブ…と男は胸に異物感を感じた。


見下ろすと、男の胸に玩具のように小さなナイフが突き刺さっている。


それを握っているのは、心底面倒臭そうな表情のヴェルンドで…


「あ…え…なん、で…」


「分かりませんかァ? あなたがここにいると、邪魔なんですよ。レヴァン隊長と合流して、気を付けなければいけない時なのに。本当に、邪魔」


刺された胸を抑える男を、ヴェルンドは軽く蹴飛ばす。


それだけで、男は力なく地面に倒れた。


「…理解していただけたようで何よりです」


不思議そうな顔で力尽きた男を、ヴェルンドはゴミを見るような表情で見下ろしていた。


駆け寄ってくる騎士の姿を確認し、表情を元に戻す。


「お、おい! その男…まさか、殺したのか!」


ヴェルンドより少し年上くらいの若い騎士は死体を見て血相を変えた。


「はい。襲い掛かってきたので、致し方なく」


「何てことをしてくれたんだ! この男はグニタヘイズに繋がる重要参考人だったのに!」


「…えぇー。それで自分を責めるのはお門違いと言う物ですよ。そもそもあなたが逃がさなければこんなことにはならなかったのでは?」


逃がしたのはヴェルンドな訳だが、平然とそう言い返した。


ヴェルンドの言葉が聞こえていないのか、若い騎士は顔を真っ赤にして詰め寄る。


「殺さず捕らえることを考えなかったのか! これだから現場慣れしていない連中は…」


「…あのですねェ」


にっこりと愛想の良い笑みを浮かべ、ヴェルンドは若い騎士に逆に顔を近づける。


「自分、これでも技術開発部の隊長をしておりまして。階級的には、レヴァン隊長と同等の地位にあるってことを知ってますかァ?」


言い知れぬ気迫を感じ、若い騎士は一歩後退った。


それを追うようにヴェルンドは一歩前へ出る。


「その俺に馴れ馴れしい口を聞くあなたはどこの誰ですかァ?」


「あ、あの…申し訳…」


「謝って欲しい訳ではないですよ。どこの誰かと聞いているんです」


仮面のような笑みを浮かべたヴェルンドは玩具のようなナイフを握り締めている。


未だ滴る血液が、若い騎士の恐怖を煽った。


「…その辺にしてもらえないだろうか?」


その時、若い騎士の背後からレヴァンが現れた。


レヴァンは強張った顔で部下を庇うように前に出る。


「礼儀を欠いた罰にしては、それはやり過ぎではないか?」


ヴェルンドの持つナイフを指差し、咎めるような眼を向ける


「え? いやですねェ。少し脅かしただけじゃないですかァ。本当に刺す訳ないでしょう?」


取り出したハンカチでナイフの血を拭いながら、ヴェルンドは朗らかな笑みを浮かべた。


考えが読めない。


今までレヴァンが出会ったことのないタイプの人間だった。


「…一つ良いか?」


「何でしょう?」


「責めるつもりはないが、ナイフではなく杖を使えば殺さずに拘束することが出来たのではないか?」


その正体を探るようにレヴァンはヴェルンドに尋ねた。


魔術が普及した今、旧時代の武器であるナイフや剣を使う騎士は少ない。


基本的に騎士は己の魔術に信頼を置いており、それ以外の武器を持とうとはしないからだ。


にも関わらず、ヴェルンドは杖を所持していなかった。


「…ああ、すいません。自分は杖を使うことが出来ないんですよ」


「何?」


驚いたようにレヴァンはヴェルンドを見た。


杖が使えない騎士など、見たことが無かった。


レヴァン達のように強力な魔術を使用するならともかく、簡単な魔術なら誰であっても使えると思っていたからだ。


「ご自分の常識を縛られ、視野を狭めるのは指導者としてあまり良いこととは言えませんよ?」


「…あ、ああ」


ヴェルンドの暗い眼を見て、レヴァンは自身が偏見に縛られていたことに気付いた。


レヴァンが知らなかっただけで魔力を持たない人間と言うのも、実在するのかもしれない。


「…理解していただけて嬉しいです。それでは、そちらの騎士君は任せましたよ?」


ひらひらと手を振りながら上機嫌でヴェルンドはアールヴの森の方へ歩いて行った。








『種子は見つかったのか?』


レヴァンが見えなくなった頃、アンドヴァリからの通信が入った。


杖はどこにも所持していないにも関わらず、その声は風に乗り、ヴェルンドの耳に届いていた。


「ヒルドとレヴァン隊長が交戦している間に探しましたが、見つかりませんでしたァ」


何故か自分の胸を手で抑えながら、ヴェルンドは答える。


『何だと? ファフニールの遺体は?』


「回収しましたよ。とは言っても、種子の影響で腐っちゃって骨だけでしたがァ」


『…他にグニタヘイズの者は森にいたか?」


「いえ、ファフニールが暴走する前に全員森から出ました。残ったのはヒルドくらいですが、価値を知っていたとは思えませんねェ」


『だとすれば…』


疲れたように呼吸を荒げ、ヴェルンドはアンドヴァリの声を聞く。


未だ胸に手を当てたままだった。


『アルヴィースが、持ち去った可能性が高いか』


一人納得するようにアンドヴァリは呟いた。


特に返事は求めていないようだったので、ヴェルンドは何も答えない。


『レヴァンに後を追わせるか』


アンドヴァリはレヴァンからの報告で、アルヴィースがエルフを庇護していたことを聞いていた。


彼自身は隠そうとしていたが、その事実に深く動揺し、強く執着していることにも気付いていた。


許可を出せばレヴァンは全力でエルフを粛清し、アルヴィースを捕らえるだろう。


「はい。それではそのように…」


『…ところで』


通信を切ろうとしていたヴェルンドの声を、アンドヴァリが遮る。


『アルヴィースが庇護していたと言うエルフは報告になかったが………お前にしては珍しいミスだな』


問い詰めるような言葉にヴェルンドは動きを止める。


姿が見えてもいないのに、それを恐れる様に瞼を閉じた。


『報告ミスくらいは目を瞑るが、故意に隠していたのなら話は別だぞ?』


「…何を言っているんですか?」


『まさかとは思うが、お前が種子を隠し持っていると言うことは無いだろうな?』


冷や汗をかいたヴェルンドの呼吸が早くなる。


報告に偽りはない。


ヴェルンドは本当に『それ』の居場所を知らない。


アンドヴァリも確信を持って聞いている訳ではないのだ。


コレは単に釘を刺しているだけだ。


自分には決して逆らうな、と。


「俺があなたに逆らえる筈、ないじゃないですかァ」


痛みを堪える様にヴェルンドは自分の胸を強く抑えた。


『なら良い』


そう言うと、一方的にアンドヴァリの通信は切れた。


それに安堵の息をつくと同時に、ヴェルンドの顔が怒りに染まる。


「――――あの野郎」


誰にも聞こえない程の、小さな声。


しかし、それは明確な殺意だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ