第三十四話
『エルフをいっぱい殺せて、嬉しいって思うのはおかしいのかなー?』
最初に思ったのは、憐憫だった。
戦場で育ち、敵を殺すことに疑問を抱かなくなった少女。
熟練した戦士が身に付けるような敵と味方の区別を、生まれながらに身に付けてしまった憐れな子供。
『…どうしてレヴァンはいっつもヒルドを怒るの? アルは褒めてくれるのにー!」
殺すことが悪いことだと知らずに育った少女を元に戻そうと、レヴァンは手を尽くした。
だが、たった三人しかいない魔術師に怠慢を許すほど人類に余裕はなく、ヒルドは毎日のように戦場に駆り出されて殺し続けた。
そして、
『あ、はは、ごめんねー。エルフかと思って、うっかり殺しちゃったよー」
遂には敵味方の区別もなく、仲間の騎士を殺した時、レヴァンは知った。
ヒルドが、もう憐れな子供ではないことに。
大地が燃えていた。
木々が燃え、硬質化した血液でさえ油のように激しく燃焼している。
それは神話に語られるような地獄の風景。
この世とは異なる世界を創る侵略に特化した魔術。
「…霧を解いたのは、失策だったな」
焔の巨人を従えたレヴァンは呟く。
視線の先には、地面に蹲るヒルドがいた。
血の鎧は全て焼き尽くされ、焼け爛れた身体を晒している。
「これ、だから、火は嫌いなのよー…血が、止まっちゃうじゃん…」
「姿さえ見えれば、どんな相手だろうと一撃で葬れる。それが俺の『ムスペルヘイム』だ」
「…キハハ」
焼け付いた喉を動かし、ヒルドは笑った。
圧倒的優位に立つレヴァンを嘲笑うように。
「一撃で葬れる? なら、どうして、アルヴィースを殺せなかったのよ?」
「………」
「私は分かっているのよー。殺せなかったんじゃなくて、殺さなかった。敵と、認識できなかったから」
レヴァンの本心を見透かすようにヒルドは告げた。
『ムスペルヘイム』は一撃必殺の魔術だ。
それは強力過ぎる故に、敵対者のみを攻撃するように制限してある。
それ故に、
少しでも『敵意』を失うと、同じだけ威力が失われる欠点を持つ。
「エルフを見逃せないのも同じ理由。エルフに同情して、他のエルフも殺せなくなってしまうことが不安だったからでしょう?」
「…黙れ」
「結局のところ、どれだけ『完璧な騎士』の仮面を被っていようと、あなたは十二年前のまま。自分の得た力に怯えていた頃と変わらな…」
「黙れと言っている!」
「キハハハハハ!」
激高したレヴァンが炎を放つ。
高波のように迫る炎を前に、ヒルドは好戦的な笑みを浮かべた。
身体の傷は会話している間に治療していた。
力量に差があるように見えるが、二人の魔力は同格。
否、魔力量だけならヒルドの方が断然上だ。
どれだけレヴァンがヒルドを破壊しようと、ヒルドは魔力の尽きぬ限り復活する。
持久戦に持ち込めば、先に魔力が尽きるのはレヴァンの方だ。
躱す仕草すら見せずに炎の波に飲み込まれるヒルド。
地獄の責め苦のような高熱と激痛さえ、狂気の笑みを浮かべる。
アルヴィースの時とは違って、ヒルドには一切手加減をしていないようだ。
その敵意と殺意が、いっそ心地良かった。
「キハハハ…あ……れ…?」
ぐらり、とヒルドの身体が揺れた。
まだ魔力は残っている筈だが、身体の調子がおかしい。
レヴァンの姿が歪み、意識が静かに闇へ沈んでいった。
「…ようやく落ちたか。呆れる程にしぶとい奴だ」
倒れたヒルドを確認し、レヴァンは吐き捨てた。
「死んでしまったのですか?」
「いや、炎で取り囲み、酸欠にして意識を奪っただけだ。適当に縛っておけ」
レヴァンは命令を下し、無力化したヒルドから視線を逸らした。
頭の回転は悪くないヒルドだが、少々猪突猛進な所が弱点だ。
慣れ親しんだ間柄故にその弱点をつき、搦め手で倒すことが出来た。
拘束したヒルドは騎士団長にでも届ければ良いだろう。
騎士団本部には、魔術師用の監獄もあると聞いている。
問題は、このままヒルドを護送していてはアルヴィースを追いかけることが出来ないと言うことだ。
「そちらの女性の護送。こちらで承りましょうかァ?」
その時、考え込んでいたレヴァンの耳に聞き慣れない声が聞こえた。
二人の前に現れたのは、小柄な体格を持った褐色肌の男だった。
年齢は二十歳に満たない程度で、男性にしては非常に背が低い。
縁に熊のぬいぐるみが乗った縦長の帽子を被り、足には厚底のブーツを履いて背丈を誤魔化している。
レヴァン達のような騎士服ではなくモコモコした私服を纏い、首には蛇のぬいぐるみをマフラーのように巻いている。
顔立ち自体は童顔でファンシーな格好をしているが、目の下に濃い隈があり老人よりも疲れ切った表情を浮かべている。
「…何者だ?」
珍妙な格好をした場違いな相手にレヴァンは警戒した目を向ける。
敵意の込められた視線を向け、ファンシーな男は怯えた様に身を退いた。
「ちょ、ちょっと。そんな目を向けないで下さいよ。仲間じゃないですかァ」
「仲間だと?」
「はい。えーと、コホン」
気を取り直すように咳をして、ファンシーな男は仰々しい仕草をした。
「自分は帝国騎士団技術開発部隊長、ヴェルンドです」
少しだけ緊張したような笑みを浮かべ、ヴェルンドは告げた。
「…まだ走れるか? アルファル」
「はぁ…はぁ…何とか」
手を引きながら振り返ったアルに、息を切らしながらアルファルは答えた。
これほど長く走ったのは初めてかもしれない。
弱音を吐くことは出来ない。
引き離したとは言え、あのレヴァンの魔術を思えば見晴らしの良い場所にいる限り安心できなかった。
「もう少しだ。近くに洞窟がある」
「…洞窟?」
「こっちだ」
アルは迷うことなく近くの林に入り、先を進む。
既にアールヴの森からも距離が離れ、アルファルにとっては全く知らない道になったが、アルは古くから知っていたように歩き続けた。
導かれるままに道を進むと、小さな洞窟が二人の前に現れる。
「この辺りは危険な動物もいない。少しの間、ここで休憩しよう」
洞窟の中に入り、アルはアルファルを気遣うように呟いた。
「…今、帝国のどの辺りなんですか?」」
洞窟内の小石を退かし、座り込みながらアルファルは尋ねる。
その言葉に、何か考え込むようにアルは少し口ごもる。
「ここは、アールヴの森から真っ直ぐ東へ向かった所。帝国の南東部…」
一つ一つ言葉を選ぶようにアルは言う。
まるで、感情的にならないように気を付けているかのように機械的に。
「俺の故郷『グリーフ村』の付近だ」




