第三十話
『この我に泥を付けた罪、絶対に赦さん! 赦さんぞォ!』
森中に響き渡る程の怒号を聞きながら、二人は走り続ける。
足を止めないまま、アルはちらりと隣を走るアルファルを見た。
「大体予想はつくけど、何て言ってんだ?」
「えと、もう怒ったぞー!…って言ってます」
アルファルの可愛い翻訳を聞き、アルは渋い顔を作る。
どうやら、あの自称神は不遜な自分に相当激怒しているようだ。
「神を名乗るくらいだからプライド高いと思ったが、その通りだったみたいだな」
その方が好都合だ、とアルは内心呟く。
アルを狙っている内は、この森から出ることはないだろう。
ワームが森を抜けて町を襲うことを危惧していたのだ。
とは言え、あのワームを何とかしなければ危険が去ることはない。
「しかし、アイツの放つ雷は何なんだ。あの膨大な魔力はどこから来る?」
「…多分、アレはエルフの魔術に近いんだと思います。土地や自然の力を借りて放つ魔術だから魔力を消耗すると言うことがない」
ファフニールが変身する瞬間に目撃した陣を思い出しながらアルファルは呟く。
あの時にファフニールの身体に刻まれた陣は、人間ではなくエルフの物だった。
また、ワームがエルフ語を話していることからあの存在がエルフと近しい物だと予想できる。
「だとすれば、魔術を破るには陣を壊すしかないか」
エルフの魔術は無尽蔵に効果を発揮するが、一度刻んだ陣を動かせないと言う欠点を持つ。
「…陣は恐らく、奴の鱗に刻まれた模様だと思う」
「鱗って、あの黄金の?」
「そうだ」
アルファルは見落としていたが、アルはワームの鱗に描かれた模様のような物に気付いていた。
全身に刻まれた陣はアルやヒルドのような魔術師の特徴であるが故に、真っ先に注目していたのだ。
「残る問題は、あの鱗の強度か…」
ゴーレムの拳をまともに受けても、ワームはびくともしていなかった。
黄金の鱗は外見通りの強度を持ち、一枚も砕けていない。
力技で陣を破壊するのは難しいだろう。
「陣を壊す、と言うより魔術さえ壊せれば良いんですよね?」
「うん? そうだが」
ワームの脅威は今のところ、あの雷霆だけだ。
塔を引き裂いた爪は強力だが、それは対処できないこともない。
魔術さえ壊すことが出来れば、粘土で封殺することが出来る。
「彼を私の結界に入れれば、魔術を無効化することが出来ますよ」
「結界? あの巨体が入るのか?」
アルはアルファルの結界を知っている。
それはあくまで自分を守る為の結界であり、その範囲はとても狭かった筈だ。
「ここはアールヴの森です。土地の力を使えば、森を覆う程の陣を作ることも不可能ではない筈」
「奴を結界に誘い込む所か、奴の立っている場所をそっくりそのまま結界に変えることも出来ると?」
「ええ」
力強くアルファルは頷いた。
アルファルは自分の実力を誇張することはない。
この少女は出来ると言うなら、それは本当に出来る自信があると言うことだろう。
「分かった。それじゃあ、俺は奴の気を引き付けよう」
結界を作る上でアルに手伝えることはない。
それにワームは人間であるアルに執着しているようだった。
適材適所と言うやつだろう。
「なら早速…」
そう言いかけた時、雷が轟く音が響いた。
咄嗟に音の方向を振り向くと、森の一角から空に向かって光の柱が伸びていた。
まるで神話のような幻想的な光景に息を飲む。
しかし、空に昇った光がバチバチと収束を始めたのを見て、すぐにその正体に気付いた。
「急いでここから離れろ!」
「ッ!」
アルの声にハッとなり、アルファルはその場から飛び退いた。
それを確認してから、アルも逆方向に飛ぶ。
その瞬間、二人の間で雷鳴が轟いた。
膨大な光と熱を含んだ風に、二人の身体が飛ばされる。
落雷だ。
ワームが空に放った雷霆が向きを変え、アルの位置に落ちてきたのだ。
「コレは、マズイ…!」
瞬時にアルは自分の状況を悟る。
どう言う訳か分からないが、ワームは自分の位置を把握している。
その上でワームは正確に雷霆を放つことが出来る。
そして、アルは逃げることに集中していた為、ワームの位置が分からない。
再び光の柱が立ち上る。
もうこちらを探す気はないのだ。
それはそうだろう。
今のこの状況なら、アルを一方的に攻撃することが出来るのだから。
「…アルファルは、行ったか」
アルが視線を向けると、既にアルファルの姿はなかった。
恐らく、彼女も状況を悟り、共にいるよりも急いで結界を完成させる方を優先したのだろう。
頭の回転が速く、冷静なアルファルらしい判断だ。
「…よし、結界が完成するまで死ななければいいだけだ」
空に収束する光を見上げながらアルは呟くように言う。
誰も殺す必要はない。
ただ生き残るだけ。
ただ守るだけで良い。
「それなら十二年前から慣れているんだよ、こっちは!」
雷霆が空から降り注ぐ。
アルは大地を滑るように駆け、それを躱した。
全身に陣を浮かび上がらせ、全魔力を解放する。
相手が神だろうと関係ない。
例え神を敵に回そうと、自分は自分の正しいと思った道を行く。
はじまりは一本の木だった。
何もない土地に生えた木はすくすくと育ち、やがて天に届く程の大樹となった。
大樹は一つだけの実を付け、それは大樹の成長と共に大きくなっていった。
育ち過ぎた果実は耐え切れなくなり、何もない土地に落ちてしまう。
そこに、最初のエルフが生まれた。
エルフは自分を産み落とした大樹を大切にし、大樹もそれに答える様に新たな実を付けた。
新たな実から生まれたエルフ達は、木を植えて森を作った。
同じ母から生まれたエルフ達は争うこともなく、ただ平和に永遠に近い時を暮らしてきた。
しかし、長命なエルフでもいずれは朽ちる。
最初に生まれたエルフが遂に寿命を迎えてしまった。
眠りについたエルフの身体が朽ち、その肉が腐る。
腐った黒ずんだ肉から、一匹の虫が這い出た。
雪のように白い肌を持つエルフとは対照的な黒ずんだ肌を持った生物。
その名を『人間』と呼んだ。




