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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第二十九話


無翼竜ワーム


それはその名の通り、翼の無いドラゴンである。


地を歩く足も、空を飛ぶ翼も持たない、生物として欠陥を持った怪物。


空想上にしか存在しない生物が、アールヴの森に君臨した。


「………」


アルファルはただ呆然と、その怪物を見上げていた。


人間が怪物に変身すると言う、現実離れした光景に理解が追いつかない。


逃げることすら忘れ、ただ怪物の一つしかない目を見ていた。


深緑色の単眼が僅かに細められた。


それは、肉食獣が獲物へ向ける視線のようでもあり、


我が子へ向ける視線のようでもあった。


『…小さき神の子よ』


「え…?」


『怯えるな。危害を加えるつもりはない』


ワームが発した言葉に、アルファルは目を見開いた。


恐ろしい外見からは想像も出来ない言葉は、流暢なエルフ語だった。


一瞬、ファフニールが操っていた植物の獣を思い浮かぶ。


しかし、それはおかしい。


このワームはファフニールが変身することで現れた。


蛇とも竜とも付かない身体は、ファフニールの肉体の筈だ。


にも関わらず、その精神は別の何かが支配しているようだった。


「あなたは、一体…?」


『我に名はない。我は大樹。我は災厄。我は悪竜…』


千年を生きる大樹のように長い身体を動かし、ワームは小さなアルファルを見下ろした。


『そして、我は神である』


バチバチとワームの黄金の鱗が火花を放つ。


雷光の如き輝きを放ち、ワームは森の入口へ目を向けた。


『…我は長く眠り過ぎたようだ。かつてこれほど蛆虫が増えたことがあったか』


木の葉のような深緑色の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


まるで、地平線の果てまで見えているような。


今の世界を全て見渡し、その上で抑えきれない憤怒を見せている。


巨大な口が砲門のように開き、黄金の光が収束していく。


『滅びろ』


瞬間、ワームの口から雷霆が放たれた。


神の怒りを思わせる雷の一閃が木々を焼き尽くし、森の入口へ向かう。


森を抜けたその先には、グルーミィの町があった。


『…チッ』


だが、雷霆がグルーミィへ届くことはなかった。


射線上にあった『土色の塔』に命中したからだ。


雷霆は堅牢な塔を跡形もなく粉砕したが、被害はそれだけだった。


「な…」


アルファルは言葉を失った。


万が一、あの場所にアルが塔を作っていなければどうなっただろうか。


塔を崩壊させる程の雷霆はグルーミィに降り注ぎ、その町を地図から消したことだろう。


全て理解した上で、このワームはそれを行ったのだ。


『依り代が脆弱過ぎる。塔を壊した上で蛆虫の町を滅ぼすつもりだったが、想定外だ』


不快そうに言いながらワームは再び口に光を収束させる。


また、雷霆を放つつもりだ。


それを理解し、アルファルは思わずワームの前に飛び出した。


「やめて下さい!」


アルファルはあの町の人間を殆ど知らないが、だからと言って目の前で消えようとしている命を見過ごすことは出来なかった。


あの町を訪れた時に、見ず知らずの子供を見殺しに出来なかったように。


『…何の真似だ?』


ワームは光を消し、冷静な声色で言った。


特に気分を害した訳でもなく、訝し気な声だった。


虐殺を止められたことを心底不思議そうにしている態度が、逆に恐ろしい。


まるで、自分は正しいことをしていると信じ切っているようだ。


『小さき神の子よ。そこを退け。我は汝らの神として、奴らを滅ぼさねばならない』


「私達の、神? それはおかしいです」


ワームの言葉は全て抽象的で分かり辛いが、神を称するのは間違いと理解できた。


何故ならエルフの神とは、荒ぶる戦神ではない。


「エルフの神とは、この森そのもの。私達を産み落とした大樹である筈です!」


戦いの神ではなく、命を育む創造神だ。


断じて、このような人類を憎む破壊神ではない。


『…その通りだ。我は大樹。大樹ユグドラシルの番人』


バチバチと光が収束し、雷鳴が轟く。


既にワームの眼はアルファルではなく、憎い人類を見ていた。


『神の子の屍より湧いた蛆虫を滅ぼす者なり』


雷霆が放たれる。


一夜で町を滅ぼす神の怒りが、放たれる。


「創生『四天の塔』」


ワームの口から光が漏れる寸前、その周囲を巨大な塔が塞いだ。


東西南北の四方に天を衝く様な土色の塔が瞬く間に建設される。


それは封印のように、ワームの巨体を覆い隠した。


「アルファル、無事か!」


「アル…」


駆け付けたアルは大声でアルファルに叫んだ。


その視線は未だ余裕なく、ワームの方を向いている。


「コイツは一体、何なんだ?」


「分かりません。突然、ファフニールの姿が変わって…」


「…ファフニールが?」


アルは塔に身動きを封じられたワームを注意深く見つめる。


ファフニールの握っていた異形の杖に刻まれていた陣は、水属性と土属性だった。


水属性は『変化』の属性。


自らの肉体を怪物に変身させることも、理論上は不可能ではないが…


『この我の邪魔をするか! 蛆虫が!』


バキバキと音を発てて塔が崩れていく。


叫ぶ声は人語ではなく、アルにはその意味が分からなかった。


『蛆虫共! 我に滅ぼされることが、貴様らの唯一の幸福であると知れ!』


「…何て言っているんだ?」


「えと、食べちゃうぞー…みたいな?」


「………」


どう考えてもそんなことは言っていない気がする。


ワームの吠える声には、並々ならぬ憎悪が宿っている。


言葉は伝わらずとも、その声と視線に込められた深い殺意は伝わった。


『我は全能なる神だ!』


両腕に付いた強靭な爪で塔を切り裂き、中から這い出てくる。


『地表に蔓延る蛆虫を殺し尽す神である!』


「…自分は、人類を滅ぼす神だと言っています」


(神…?)


アルファルの翻訳を聞き、アルは改めて目の前の存在を観察した。


全身を覆う黄金の鱗と、放たれる雷光は確かに神々しさを感じる。


塔を破壊した雷霆は、雷神と呼ぶに相応しい破壊力を持っていた。


しかし、


「生憎、神なんて信じたことはなくてな」


ワームの口に光が収束していくのを見て、アルは両腕を広げた。


その全身に陣を浮かび上がらせ、魔力を巡らせる。


「悪いが、信じてもいない神のお告げなんて聞くつもりもない」


『この不遜な蛆虫めが!』


怒りに顔を歪め、今にも雷霆を放とうとしているワーム。


アルは合わせる様に、その真横にワームと並び立つ程の巨大ゴーレムを作り出した。


「やれ、ゴーレム!」


雷霆が放たれる瞬間、ゴーレムの拳が炸裂する。


左方向から思い切り殴られ、ワームの顔が強制的に向きを変える。


その結果、狙いが逸れ、アルを狙っていた雷霆はあらぬ方向へ放たれた。


「何て、威力だ…」


雷霆を受けて消し飛んだ木々を見て、アルは思わず呟いた。


破壊を司る火属性ともどこか違う雷の一撃。


咄嗟に放たれる口を動かすことで狙いを逸らしたが、まともに受ければ肉片一つ残らなかっただろう。


『おのれ! 我に歯向かうか!』


「ッ! 今のを何発も撃てるのかよ!」


再び口の中に光を集め出したワームを見て、アルは驚愕する。


アレほどの威力を持つ魔術を使用するには、少なくとも十人以上の魔術師が必要だ。


常人以上の魔力を持つアルでさえ、一発撃てるかどうか。


それを二発撃って、まだ撃てるなど。


「アル! 正面から戦うのは不利です、森の中へ!」


アルファルに手を引かれ、アルは森へ走り出す。


『逃がすか!』


雄叫びを上げるワームが追いかけようとするが、大地を這うように移動する為、その動きは鈍い。


「溶けろ。ゴーレム!」


ワームの行く手を遮るようにゴーレムが動き、溶け始める。


形を失った粘土はワームに纏わり付き、動きを封じた。


「今の内だ…!」


背後で叫ぶワームの怒号を聞きながら、二人は森の奥へと走っていった。

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