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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第二十七話


弓兵が矢を放ち、騎馬が大地を駆ける。


前線には槍兵が躍り出て、槍を振るう。


それは戦争だった。


兵隊はそれぞれが自分の役目を果たし、臨機応変に動いている。


その全てが一人の人間の頭脳で行われているなど、信じられない。


「まさに、軍神…!」


戦場を見据え、神のような視点で戦場を支配している。


ヒルドは帝国一の魔力量を誇る魔術師だが、軍を指揮する上ではアルに遥かに劣る。


純粋な一騎打ちならともかく、軍略に於いてアルはアルフヘイム最高の魔術師だ。


「キハハ! 面白くなってきた!」


槍兵の槍を躱し、数名の兵士を串刺しにしながらヒルドは後退した。


敵を恐れて逃げた訳ではない。


その証拠に、ヒルドの顔には子供のような笑みが浮かんでいる。


「血に戻れ!」


パチン、とヒルドが指を鳴らすと硬質化していた血液が本来の姿に戻った。


矢となり、茨となっていた血が液状に戻り、大地に染み渡る。


(…魔術を、解除した?)


それを警戒し、アルは動かしていた兵士を止めた。


全ての武装を失い、無防備のままヒルドは近くに生えていた木から枝を千切った。


大きめの枝をまるで杖のように振るい、ヒルドはそれをアルに向ける。


「そろそろこっちも、本気だしちゃうよ!」


歓喜の表情を浮かべ、ヒルドは枝を手の中でくるりと回した。


アルに向けていた先端を自分に向け、両手で握り締める。


「まさか…」


「キハハハハハハハハハァ!」


ドスッと鈍い音が響いた。


ヒルドが枝を自らの心臓に突き立てた音だった。


正気を疑うような自殺行為。


致命傷を受けながらもヒルドは笑い、枝を引き抜く。


ドクドクと胸に空いた穴から血を流して、仰向けに倒れた。


「ゴホッ、エインヘリャルは、死に近付けば近付く程に効果を増す医療魔術…これだけの、血を流せば、どうなると思う?」


血溜まりのベッドに寝転びながら、ヒルドは笑う。


ヒルドを中心とした噴水のように、血液が溢れ出る。


増幅される血液はヒルドの体積を超え、ヒルド自身さえ飲み込んだ。


前線に配置されていた数名の兵士が足を取られ、引き摺り込まれる。


その水量は最早、濁流に近かった。


見上げる程に水嵩を増した血液はやがて、一つの形を取る。


ヒルドの好む武器の形状。


即ち、茨へと。


「血棘ノ森『スリーピング・ビューティー』」


それは、鋼鉄の如き強度を持った茨の森。


とぐろを巻く蛇のようにヒルドを中心に、巨大な茨が展開されている。


茨は周囲の木々を押し潰し、呪いのように広がっていく。


「キハハ! コレが! コレこそが! 私の最大出力! 数多の命を飲み込む茨の森!」


茨の成長は止まらない。


展開された兵士を貫き、その身を取り込んで更に規模を増していく。


「ここは既に魔界! 千の兵が揃おうとも、敵わない魔物が在ると知れ!」


「槍兵部隊、下がれ! 弓兵部隊、構え!」


前線を下げながらアルは弓兵部隊を前に出す。


百を超える弓兵が統率された動きで同時に弓を構える。


「放て!」


粘土の矢で茨を壊すことは出来ない。


ならば狙うのは茨ではなく、本体。


森を展開しているヒルド自身を狙って、全ての矢を放つ。


「無駄ァ!」


当然、それを予想できないヒルドではない。


中心部にいる自分を守るように、茨を展開していた。


ドーム状にヒルドを覆う茨の屋根は、生半可な攻撃では傷一つつかない。


「今度はこっちの番だよー! 行け!」


成長する茨は荒波の如き速度でアルに迫る。


逃げ遅れた兵士達を飲み込みながらも、勢いは衰える様子はない。


それは正しく、人の域を超えた災厄。


「集え、兵士達!」


身に迫る災厄を前に、アルは守りを固めようと残った兵士を集める。


人形兵故に恐怖することなく陣形を乱すことはなかったが、それだけでは無意味。


「無駄だよー。どれだけ兵士を集めても、この質量は…」


言いかけて、ヒルドは言葉を止める。


茨を前に陣形を組んでいた兵士達の身体が崩れ、溶け始めた。


横に並んだ兵士達同士の身体が混ざり合い、大きなシルエットを作り出す。


「創生『スヴィズニルの塔』」


大地に刺した槍のようにも見えるそれは、巨大な岩の塔だった。


大樹のような長さを持ちながらも、その強度は高く茨の波を受けても微動だにしない。


「俺は土属性の魔術師だ。こと防衛戦に於いて、俺を超える魔術師はいない」


塔の頂上からヒルドを見下ろし、アルは酷薄な笑みを浮かべる。


普段から自己評価の低いアルだが、自身の実力を卑下したことはない。


かつては英雄の一人に数えられた実力者。


特に防衛に関しては、他の英雄を超えている自負を持つ。


「キハハ! 調子が出てきたじゃん! それで、次はどうするの? まさか、コレで終わり?」


「まさか」


アルはゆっくりと片腕を振り上げた。


それに合わせ、塔の表面から無数の槍が生えてくる。


ただの槍ではない。


塔からの自動射出機能もある弓。


攻城大弩バリスタ』だ。


「蹂躙しろ」


「あははは! こりゃ、ちょっとマズイかも!」


楽し気に笑いながらも戦力差を思い知り、咄嗟に全ての茨を防御に回す。


ヒルドの姿が完全に茨の森に消えると同時に、アルの腕が振り下ろされた。


瞬間、塔から無数の槍が地上へ放たれる。


その威力は、一つの城を落とす程。


一発一発が鋼鉄の茨を砕き、大地を抉った。


延々と続く石の雨が茨の森を蹂躙する。


「く、おお! この私が、防戦一方か! たまらないわねー!」


茨に身を隠しながら、ヒルドは叫ぶ。


破壊された茨を瞬時に修復しつつ、上空に見えるアルを睨む。


「でも! 私は防衛戦はあまり好きじゃないの! やられっ放しは趣味じゃないの!」


意趣返しのように、ヒルドは天へ茨を伸ばす。


塔の頂上に立つアルを目指し、数本の茨が放たれる。


自分に迫る茨を見て、アルは槍を放つ目標を変更する。


「弾けろ! 我が血潮!」


パチン、と破裂するような音を発てて茨が弾けた。


現れたのは、視界を全て埋め尽くす棘。


その威力は石の槍に遥かに及ばないが、人を殺すのにこれ以上の力は要らない。


千を超える棘の矢が、全方位からアルへ襲い掛かった。


「油断していたのは、そっちの方だったねー」


咄嗟に反応できなかったアルは全身に矢を受ける。


手足も顔も矢に貫かれ、アルの身体が力なく空中に投げ出された。


「…おしまい?」


塔から落下するアルを見て、ヒルドは悲し気に呟いた。


戦いを挑んだ身でありながら、殺し合いを望んだ身でありながら、その決着に虚しさを感じた。


どうせなら永遠に戦い続けていたかった。


そんなことはあり得ない、と分かっていながらも願ってしまった。


戦いが起これば、必ず誰かが死ぬ。


そんなことは、分かり切っている。


「…え?」


段々と地上に迫っていたアルの身体を見て、ヒルドは思わず呟いた。


全身を矢に貫かれた、戦死者。


その身体が、ドロドロと粘土に変わっていく姿を見て。


「あは…」


その正体に、アルの作戦に気付いた時、ヒルドの胸を槍が貫いた。


背後から心臓を貫く槍に触れ、ヒルドはゆっくりと背後を振り返る。


そこには、槍を構えたアルが立っていた。


「言った筈だ。油断が多いと」


アルの身体には傷一つないが、土で汚れており、その足は僅かに地面に沈んでいた。


「この距離だ。俺と人形の区別がつかなかっただろう」


「そう、か。私が人形に気を、取られている隙に、塔の中を、地面の中を、進んで…」


アルは土属性の魔術師だ。


塔の内部を泳ぎ、柔らかくした大地の中を進んで、ヒルドの背後に現れたのだろう。


塔を作ったのも、上空から攻撃を仕掛けたのも、全てこの為。


全て、ヒルドの注意を上へ向けさせる為。


「キ、ハハ…」


ずるりと槍が抜け、ヒルドの身体が倒れる。


「何で、笑っている?」


「いや、何と言うか、こんなこと言うのも、おかしいんだけどさ…」


ドクドクと血溜まりに顔を沈めながらヒルドは笑みを浮かべる。


どこか安堵したような、子供のように無邪気な笑みだった。


「アルヴィースが、生きてて、安心したよ…」


そのままヒルドは眠るように目を閉じた。


アルは返り血の付いた槍を握り、振り上げる。


ヒルドの心臓は確かに貫いた。


常人なら致命傷だが、ヒルドの魔術なら修復することも可能かもしれない。


確実に命を絶つなら、その脳を砕く必要がある。


「………」


振り上げていた槍を、アルは無言で下ろした。


(…これ以上は無駄だな)


アルは手加減することなく、ヒルドを殺した。


これ以上死体を傷付ける行為は、ヒルドの尊厳を穢すだけだ。


合理性ばかり考え、情を捨てれば以前の繰り返しだ。


「ッ…!」


その時、大地が大きく揺れた。


ビリビリと肌が強大な魔力を感じる。


アルは何もしていない。


当然ながら、ヒルドも何も出来ない。


だとすれば、


「アルファル…?」


森の奥を見て、アルは思わず呟いた。

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