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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第二十六話


「放て!」


ヒルドの号令と共に赤い雨が天より降り注ぐ。


それは硬質化した血液の矢。


ヒルドの魔術によって操られる血の雨だ。


その数は百を超え、一軍に匹敵する脅威だった。


「ゴーレム!」


それに対抗する者も、ヒルドと同じ英雄。


見上げる程の巨人を瞬時に作り上げ、自らの盾とする。


両手を広げた巨体は全ての矢を弾き、壁となってアルを守った。


「キハハハハ! 第二陣、用意ィー!」


ゴーレムによって弾かれた矢が血液に戻り、ヒルドの下へ帰っていく。


血の弓を持つヒルドを中心に、再び無数の矢が展開された。


「放て! 放てェー!」


ビィンとヒルドが弓を弾くと、全ての矢が放たれた。


数は先程の倍である二百。


ヒルドの魔術には血液を増幅する効果もある。


矢の数が尽きることがない所か、その数は時と共に増していく。


「キハハ! 私の魔力量は帝国一よ! 一晩中だって戦い続けられるわ!」


持続力、生存力と言った点でヒルドに勝る魔術師はいない。


同じ英雄であるアルですら、魔力量で言えばヒルドに遠く及ばない。


魔力量とは、努力でどうにもならない才能。


魔導に愛されたヒルドは、誰よりも優れた才能を持つ。


「だが、その慢心が命取りだ」


アルはゴーレムに身を隠しながら右腕を地面につく。


右腕に刻まれた陣が浮かび上がり、魔術が起動する。


応用性のあるヒルドと違って、アルに出来るのは粘土を生み出すことだけだ。


土属性は無から有を生み出す魔術。


例え、何もない空間からでも粘土を創造することが出来る。


「何…?」


攻撃に夢中になっていたヒルドに影が落ちる。


慌てて上を見上げたヒルドの前に、巨大なゴーレムがいた。


「空に、ゴーレムを…」


ゴーレムを生み出すのは、何も近くである必要はない。


地に足を付いている必要すらない。


敵の頭上にゴーレムを作り出し、重量で押し潰すことも出来るのだ。


「キハハハハ! 足りないよ!」


ヒルドは隕石の如く迫る巨体を見て、楽し気に笑った。


「血よ! 生命の源よ! 茨となって、敵を貫け!」


ヒルドの足下に出来ていた血溜まりから弾けるように、一本の茨が飛び出す。


槍のようにも、柱のようにも見える茨は巨体の胸を貫き、その身体を空中に縫い止めた。


「この程度じゃ、全然足りないよー! 私を抱きたいなら、この茨ごと抱き締める度胸がないとねー」


ズルズルと伸びる血の茨を抱きしめながら、ヒルドは笑った。


鋼鉄のように硬質化した茨に触れることで身体が傷付くことも気にせず、楽しそうに。


或いは、その痛みさえも楽しみながら。


「…ッ」


(しばらく見ない内に魔術が成長しているな。以前よりも、応用性を増している…)


何せ、戦争が終わってから十二年が経ったのだ。


その間、ヒルドが戦いから離れていたとは考え辛い。


恐らく、戦争中と同じように戦いの中に身を置いて、その魔術を研ぎ澄ましていたのだろう。


「今の私は、アルヴィースの知っている私よりも遥かに強くなった…」


そう言うと、ヒルドはアルの方を向いた。


「でも、アルヴィースは昔より弱くなったね」


どこか、幻滅したような表情を浮かべて。


興が冷めたように不機嫌そうにアルを睨む。


「ねえ、どうして本気を出さないの?」


「…俺は本気で戦っている」


アルは無表情のまま答えた。


その態度にヒルドはますます機嫌を悪くする。


「それならどうして、右腕の陣しか使っていないの?」


「―――――ッ」


アルは思わず、自分の右腕を隠した。


不思議と言えば、不思議なことだった。


アルとヒルドは共に第一世代の魔術師であると言うのに、陣の範囲には大きな違いがあった。


全身に陣を刻まれているヒルドに対し、アルは右腕にしか陣を刻まれていない。


陣の広さが必ずしも実力に比例するとは限らないが、それでも奇妙である。


「昔のアルヴィースは私と同じように全身の陣で魔術を使っていた。使う魔術も、こんな土人形じゃなかった筈だよー」


「………」


「陣に細工して起動しないようにしたんでしょう? 『弱くなる為に』」


それは、アルが騎士団から抜けてすぐに行ったことだった。


正義を見失い、自らの力を持て余した。


平和に暮らす為に、過度の力は不要。


ただの村人のように、弱くなりたかった。


「ハッ…下らない!」


呆れた様に息を吐き、ヒルドは茨を操る。


茨を鞭のように振るい、アルを守るゴーレムへ乱暴に叩き付ける。


「強くなったことが恐ろしいの? それだけの力を持っていながら、どうして振るうことに抵抗を持つ! 意味のない罪悪感を抱く!」


「お前と一緒にするな! 弱者だろうと容赦なく傷つけるお前と!」


図星を突かれたアルは激怒する。


ただ戦うことに喜びを見出すヒルドに、自分の苦悩が分かる筈もない。


自分の持つ力が、使い方を誤れば地獄を生み出すと知った時の絶望が。


その恐ろしさが分かる筈もない。


「弱ければ、それだけで正義なの?」


「何…?」


茨がゴーレムを叩き壊し、その先からヒルドが迫る。


その顔は、見たことないくらい激怒していた。


「弱くなることが正義? 強ければ悪だって言うの!」


放たれた血の棘がアルの右腕を貫く。


怯んだ隙をついて、ヒルドの蹴りがアルの死角である左側から放たれる。


「どういう意味だ!」


身を屈めてそれを躱し、アルは叫んだ。


「元々エルフを殺す為に力を求めていたってのに、強くなりすぎたら今度はエルフが弱く見えて可哀想になったんでしょう?」


「ッ!」


ヒルドの言葉は真理だった。


強大な力を持つエルフを憎み、復讐の為に力を求めたアル。


復讐を果たし、エルフ以上の化物になったことで罪悪感を抱いた。


強くなったことに負い目を感じ、弱く見えたエルフに同情した。


…身勝手にも。


「私はそう言う人間が一番嫌いなのよ! 手懐けている内は英雄と持て囃し、力を付ければ化物と蔑むような連中がさァ!」


それは、誰に向けた言葉だったのだろうか。


ヒルドはここにいない誰かと、つまらない人間に成り下がったアルに憎悪を向ける。


「力の強弱なんて善悪には無関係! 自分の行動が正しいと信じているなら、加減などするな!」


「!」


ヒルドが激怒しているのは、アルが手を抜いて戦っていたからだ。


旧友よりもエルフの少女を取ることも受け入れよう。


戦いを嫌悪することも構わない。


しかし、手加減されることだけは我慢ならない。


それは、アルが自分の道を進む上で手を抜いていると言うことだ。


アルファルと共に戦うと決意しながら、全力を出していなかった。


それを思い知り、アルは片手で顔を覆う。


「…全く、アルファルに諭され、ヒルドにも諭され、俺はどうしようもないな」


別にヒルドを侮っていた訳ではなかった。


ただ、強すぎる力を振るって誰かを殺すことが怖かったから。


力を抑える癖をつけていただけだった。


「―――万物の創造を司る土の属性よ」


アルの身体に陣が浮かび上がる。


右腕だけではない。


手足、顔に至るまで全身に陣が浮かび上がり、緑の光を放つ。


「武器を作り、兵士を生み、戦場を創造する力。俺が操るのは『軍』」


大地が盛り上がり、粘土の人形が作られていく。


今までの簡素なゴーレムとは異なり、武器を手にした人型の兵士達。


強靭な鎧を纏い、一列に並んだ姿は見渡す限り。


槍兵に弓兵、騎馬まで存在する一つの軍隊。


「創生術式『ミストカーフ』」


それは一人で軍を作り出す力。


かつての大戦の再現。


『軍神』の名に恥じない大魔術だ。


「情けない姿を見せた詫びだ。お前の望み通り、全力で相手をしてやる」


「キ、キハハハハ! あはははははははァ!」


目の前に広がる軍隊を前に、ヒルドは震える程に歓喜した。


これだ。これを待っていたのだ。


かつて肩を並べた戦友と、本気で殺し合うことを。


「始めようか。戦争を!」

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