表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
25/104

第二十五話


「結界術式『ウルザブルン』」


森の中、アルファルの足下が青い光を放つ。


光の結界は周囲に迫っていた植物の獣達の爪を弾き、退ける。


それは堅牢なるエルフの防衛魔術。


水によって形成された陣の防壁は、城壁に匹敵する。


化物染みた怪力を持つ獣でも、突破することは不可能だった。


「ハッ、いつまでそうしているつもりですか?」


挑発的な笑みを浮かべ、ファフニールは言った。


獣の背から降りて、結界を張ったアルファルへ近づく。


「籠城は確かに強固ですが、城に足を付けて移動できる訳もない」


結界とは、世界から一定の空間を切り取る魔術だ。


一度結界を張ってしまっては、それを動かすことは出来ない。


つまり、アルファルは結界を張っている限り、反撃どころか移動することすら出来ない。


植物の獣達は結界の周囲を取り囲むように移動する。


どの方位からも逃げられないように、隙間なく配置された。


「結界を張ったのは失策でしたね。これで貴女はもう逃げられない。結界を解いた瞬間に、全ての獣が貴女に襲い掛かる」


煽るように、ファフニールは言う。


焦ったアルファルが結界を解くのを待っているのだろう。


しかし、周囲を獣に取り囲まれてもアルファルの表情に動揺はなかった。


「…黙っているんじゃねえよ! 分からねえのか、もうお前の負けなんだよ!」


苛立ったようにファフニールは口調を乱す。


手に握り締めた異形の杖を荒々しく振るった。


「もう逃げるつもりはありませんよ」


「あぁ?」


「…アルに聞いたのですが、人間とエルフの魔術は随分と違うみたいですね」


短気なファフニールの性格を見抜いた上で、アルファルは呟く。


追い詰められながらも、精神的優位に立って冷たい表情を浮かべる。


「もし、私がこのまま結界を解かずにいれば、あなたはどうなりますか?」


人間の魔術は、杖と魔力によって発動する。


それ故に持続時間は魔術師の力量に左右され、魔力が尽きれば魔術も消える。


一方でエルフの魔術は、陣のみで発動する。


使用に魔力を使用することはない。


「持久戦…!」


ファフニールはそこでアルファルの狙いに気付いた。


魔術に於いて、エルフが人間に勝っている点。


その高い持久力によって、ファフニールの魔力が尽きるのを待つつもりなのだ。


知能を持つ植物の獣を複数操る魔術。


消耗する魔力も相応だと、アルファルは推測していた。


「…はは。エルフのくせに、案外戦術を分かっているじゃないか」


それは確かに有効な戦術だ。


そう認めながらも、ファフニールの余裕は崩せない。


「だがね、私にそれは通じないよ。私の異名は『永遠』…その意味は、尽きぬ魔力」


ファフニールが異形の杖を振ると、森の奥から新しい植物の獣が現れた。


元々いた数も合わせると、既に二十一匹。


ゴーレムの維持には相応の魔力を消耗すると言うのに、ファフニールは常に放し飼いにしていても平然としている。


「コイツらは、生きているんだ。作られた土人形じゃなくて、呼吸して血を巡らせる一つの生命」


生命の創造と言う禁忌を、ファフニールはあっさりと語る。


「生きているってことは、魔力があるってことだ。人間には劣るだろうが、鳥獣にも魔力はある。単に使う脳がないだけでな」


ファフニール一人でこれだけの獣を維持することは不可能だ。


だが、一人でなければ可能だ。


「コイツらは自分の魔力で自分の身体を維持しているんだよ! ただ、使われる為だけにな!」


「そんなことが…」


ファフニールが魔力を使って獣を作り、その獣が魔力を生む。


その循環によって、この大魔術を維持していると言うのだ。


「私が魔力切れすることは、永遠に無い! 残念だったな!」


「…なら、仕方ありませんね」


持久戦で決着はつかない。


そう断言されても、アルファルは表情を崩さなかった。


腰に下げている木の水筒を取り、中身を全て地面に流す。


「私のウルザブルンは結界の中に、安全な『土地』を作る魔術です。土地とはあらゆる危険や苦痛のない安息の地です」


種を急成長させる能力も、飢えに悩まされない安息の地の条件だったのだろう。


戦いの為の城ではなく、生きる為の土地を作る魔術。


「水が…?」


水筒から零れた水は地面に浸み込むことなく、地面を滑っていく。


アルファルを取り囲む獣の足の下を、地面を走る水が通り抜けた。


「私の土地ではあらゆる争いはご法度です。当然、魔術の使用も禁じています」


「ッ…まさか!」


水の正体に気付き、獣を退かせようとファフニールが杖を振る。


しかし、それよりもアルファルの方が早かった。


「『武器を捨て、平和を甘受せよ。安住の地はここに』」


歌うようなエルフ語で紡がれる一つの祝福。


瞬間、植物の獣達の足下が青い光を放った。


温かい光は獣から闘争心と武器を奪い、安心感を与える。


魔術によって身体を維持していた獣達は断末魔を上げることなく、溶け崩れていく。


アルファルを取り囲んでいた二十一匹の獣。


それと同数の結界が出現し、全ての獣が赤黒い液体に変わった。


結界とは内と外を分ける物。


言い換えれば、それは強固な守りであると同時に強固な牢にもなる。


「一度にこれだけの結界を…!」


「この森は我々の土地です。慣れ親しんだ木々達が私に力を貸してくれる…」


森は枯れ果てても、全てがなくなった訳ではない。


大昔にエルフが大地に刻んだ陣、見慣れた木に刻まれた陣は全てアルファルの味方だ。


「エルフは争いを好みませんが、争いが苦手な訳ではないんですよ」


「チッ…!」


舌打ちをしてファフニールは異形の杖を振り、新しい獣を集める。


まだまだ森の中に控えているのか、すぐに植物の獣は現れた。


それらを従えながら、ファフニールは警戒した目でアルファルを睨む。


「…たかがエルフと侮っていた。流石は、族長の娘と言った所ですか」


「族長?」


アルファルは結界を維持したまま、首を傾げた。


「族長とはベイラのことですか?」


自分の母のような存在を思い浮かべ、アルファルは訝し気な表情を浮かべる。


どうしてここで、その名前が出てくるのだろうか。


「は、他のエルフは何も教えなかったのか? お前に秘められた『価値』を」


ファフニールは手にした杖を撫でながら見下すような笑みを浮かべる。


異形の杖に付けられた深緑色の宝玉が鈍い光を放った。


「自分の価値が分からないのなら、私に身を委ねろ。今の世界は、お前にとって生き辛い」


それは本心からの言葉だった。


騎士団が支配する帝国に、アルファルの居場所はない。


どれだけ隠れても、いずれは騎士団に見つかって害獣のように処分される。


アルファルの価値を知るファフニールにとって、それは避けたいことだった。


「私がお前を使ってやる。騎士団を滅ぼす『兵器』としてな!」


次々と植物の獣が突撃し、結界に阻まれて溶けていく。


何度やってもアルファルの結界を破ることは出来ない。


それを理解している筈なのに、ファフニールは手を休めなかった。


(何を、狙っている?)


ドロドロと大地を穢す赤黒い液体を見ながらアルファルは心の中で呟く。


一見、無駄に見える行為だが、無意味な行動とは思えない。


ただ地面を汚すだけの行為に何の意味があるのか。


「そら! そらそら!」


異形の杖を振る度に、森の中から新たな獣が現れる。


(…何か、おかしい)


それを見て、アルファルは違和感を感じた。


万物の創造は土属性の魔術だ。


創造した物体の維持には膨大な魔力を消耗するが、ファフニールは生命を創造することで魔力を循環していると告げていた。


確かに、その理屈なら多くの獣を維持することも可能だろう。


ファフニールに、生命を創造することが出来ればの話だが。


(獣は全部森の中から呼んでいた。あの人は一度も『魔術を使用していない』…)


土属性の魔術師だと言うなら、アルのように近くに獣を創造することが出来た筈だ。


わざわざ予め作った獣を呼ぶよりも、新しく作る方が効率が良い。


『――――――』


その時、結界に触れた獣の一匹が何か言葉を発した。


まるで断末魔のような獣の言葉は、すぐ近くまで迫っていたアルファルの耳に届いていた。


それは、人間には理解できない言葉。


『エルフ語』だった。


(これ、は…まさか…!)


「隙あり! 芽吹け、種子よ!」


ドクン、とアルファルの心臓が高鳴った。


身体が溶けるような高熱を感じ、地面に膝をつく。


「寄生術式『ミスティルテイン』」


瞬間、ファフニールの杖が強い光を放った。


異形の杖に刻まれたのは青い光の陣。


『水属性の陣』だった。


「この魔術は、やはり…!」


「気付くのが少し遅かったな」


苦し気に息を吐くアルファルにファフニールは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「生命の創造? そんな英雄でも出来ねえことが、私に出来る訳ないだろう?」


獣達を見渡しながら、あっさりとファフニールは言った。


ファフニールは英雄でもない、普通の魔術師だ。


魔力量も一般の騎士よりも少し高い程度しかない。


「強い兵器を手にしたい。だけど、それを作る才能はない。ならばどうするか」


そんなファフニールが英雄に勝る点があるとすれば、それは戦略や知略。


情に縛られない悪魔的な発想力だ。


「他人を利用すればいいんだよ。足りなければ、余所から持ってくればいい」


ファフニールは酷薄な笑みを浮かべ、杖で近くの獣を殴りつけた。


植物の獣は僅かに呻いたが、一切逆らうことなく従っている。


「こいつ等はお前と同じエルフだよ。水の魔術で姿を変えているのさ」


「ッ!」


アルファルは獣達へ視線を向けた。


獰猛に息を吐く獣に理性はない。


緑に覆われた身体は、元がどんな生物だったかすら分からない。


コレが、アルファルの求めていた同族だと言うのだ。


「『ミスティルテイン』は生物に寄生し、姿を豹変させる水の魔術。お前の結界内で発動するかどうか分からなかったが、どうやら攻撃と知られなければ有効らしい」


「あな、たは…!」


「ああ、安心しろ。お前はこんな風にはならない。ただ理性と知性を奪って、私の言うことを聞くように調整するだけだ」


悪魔のような女だった。


エルフとは言え、同じ知性を持った種族にどうしてここまで非道なことが出来る。


否、エルフか人間かは関係ないのだ。


ファフニールにとって、他者とは利用する物。


どれだけ他者を犠牲にしてでも、自分の目的さえ果たせればそれでいいのだ。


「あなただけは…」


熱で朦朧とする意識を怒りで止め、アルファルは立ち上がる。


こんなに人が憎いと思ったことは初めてだった。


明確に人に殺意を向けることも初めてだった。


「あなただけは、許せない!」


その憎悪に呼応するように、アルファルの右腕から勢いよく蔓が放たれた。


皮膚から直に生えた蔓は槍のように鋭く、殺意を持ってファフニールに向かう。


「私のミスティルテインを成長させ、操っているのか…? 器用な真似を…」


獣を盾にしてそれを防ぎながら、ファフニールは呟く。


その攻撃方法には驚いたが、所詮はエルフの魔術。


殺傷力は大したことはない。


「う、ああああああああァ!」


硬質化した蔓が獣に突き刺さる。


アルファルの絶叫も虚しく、獣を貫いた蔓がファフニールに届くことはなかった。


「無駄だ。どれだけやっても、ただ自滅するだけ…」


言いかけて、ファフニールは言葉を止めた。


ボコッと地面が盛り上がり、地中から何か突き出てくる。


咄嗟に身を躱したファフニールが見たのは、アルファルの放った蔓だった。


「二本目…! 地中を移動させて、懐に…!」


蔓は空中で方向転換し、ファフニールへ迫る。


蛇のような動きでファフニールの腕と、握られた杖に絡みついた。


「…アルが教えてくれました。人間は杖がなければ魔術が使えないと!」


ギリギリと万力のように蔓は杖を締め上げる。


ファフニールは必死に解こうとするが、びくとも動かない。


「この、ガキ…!」


アルファルは怒りで我を忘れた訳ではなかった。


ファフニールの所業に怒り狂いながらも、杖を奪い取る作戦を立てていたのだ。


冷徹に、ファフニールの命運を絶つ為に。


「がああああああああああああァー!」


バキッと致命的な音を発てて、異形の杖が中心からへし折れた。


途端、全ての獣達が動きを止めて溶け崩れる。


戦いの決着がついた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ