第二十四話
「…あの怪物が厄介だな」
アルファルとの共闘を始めてから、アルは呟く。
森から現れる植物の獣は次々と数を増やし、今では十を超えていた。
アレだけ強力な怪物を何体も従えるなど、どれだけ魔力があっても足りない。
だが、ファフニールは平然と獣達を従えている。
何かからくりがある筈だが…
「私が、彼女の相手をしても良いでしょうか?」
「どうした?」
「少し気になることがあるのです」
言葉の割に、どこか確信を持ったような表情だった。
離れた所から獣を操っているファフニールを見ている。
「…勝てるのか?」
「彼女が一人になれば、確実に」
断言するようにアルファルは頷く。
「彼女の目的は私です。私が森へ逃げ込めば、追ってくるでしょう」
「ヒルドはここに残して、一人でか」
複数のゴーレムと肉弾戦をしているヒルドを遠目で見ながらアルは呟いた。
別行動を取るのは、正直不安だ。
見えない所でアルファルを戦わせなくない。
だが、それはアルファルを対等に見ていないと言うことだ。
対等の友人なら、実力を疑ったりしない。
「分かった。お前の実力を信じているぞ」
「当然です。エルフの魔術はあんな人間に負けたりしませんから」
誇らしげに言うと、アルファルは走り出した。
何らかの魔術を使用したのか、植物の獣を飛び越えて一匹の動物のように森の中に消えていく。
「チッ…!」
それを見て、ファフニールは慌てて追いかける。
植物の獣達も一人残らず、森へ入っていく。
その場には、ヒルドとアルだけが残った。
「行かせて良かったのか?」
「別に良いよー。私の目的は最初からアルヴィースだしー」
一体のゴーレムを血の棘で貫きながら、ヒルドはどうでも良さそうに言った。
「そっちこそ良かったのー? ファフニールは、アレで結構強いよー?」
ヒルドは逆にアルファルを心配するような表情を浮かべた。
「アレに捕らわれれば、死ぬよりも酷い目に遭うよ?」
「問題ない。信じているからな」
「…アルヴィースも変わったねー」
少しだけ寂しそうな声でヒルドは言った。
近くにいたゴーレムを退けて、アルの方を向く。
「昔は私と同じだったのにー。どっちが多くエルフを殺したか、競い合ったこともあるよね? 私はいつもアルヴィースに勝てなくて…」
思い出話を続けるヒルドに、アルは冷たい視線を向けた。
殺意すら込められた敵意を見て、ヒルドは残念そうに息を吐く。
「はぁ…いっつもそう。周りの人間は次々と変わっていく。変われない私は、それに取り残される」
「それが成長と言う物だ。人は変わらずには生きていけない」
戦争を経験して、アルは変わった。
正義を見失い、罪悪感に苦しむ日々だが、それが悪いことだとは思わない。
何も知らなかった頃に戻りたい、と思ったことは一度もなかった。
「お前はただ、生き方を知らないだけだ。戦場で生きてきたから、それしか知らないだけだ」
ヒルドにはもっと知るべきことがあった筈だった。
子供らしい遊びなど知らないまま、戦いを学び、殺しを知ってしまった。
知らないと言うことは、不幸なことなのだ。
「…もし、お前が戦うこと以外の生き方を探したいと言うなら、俺は喜んで協力するぞ」
アルはヒルドの眼を見つめながら真剣な表情で言った。
平和な世界に感じる孤独感。
戦争を求める狂気。
それが理解できる故に。
「―――――」
ヒルドは何か答えようとして口を開き、何も言わずに口を閉じた。
迷うように視線を彷徨わせ、寂し気な笑みを浮かべる。
「正直、その誘いは嬉しかったよー。でも、私は遠慮しとく」
残念そうな、曖昧な笑みを浮かべてヒルドは言う。
「狂戦士でも、戦士は戦士なのよ。こんな私でも、一度従った相手は裏切らないわー」
「ファフニールは悪人だぞ?」
「そんなことは知っているわ。でも、私にとって正義とは味方で。敵とは悪なのよ」
正義とは変動的な物である。
それ故にヒルドは善悪ではなく、ただ味方だけを信じる。
どんな悪人だろうと味方である限りは正義であると信じ続け、裏切らない。
逆に言えば、
例え親友や家族だろうと、敵に回れば悪であると言うことだ。
「ファフニールは騎士団を追放された私を拾ってくれた。私が必要だと言ってくれた…」
そう言うと、ヒルドは胸元に手を突っ込む。
そこから黒い丸薬を取り出し、不敵な笑みを浮かべながら口に含む。
「私は、誰かに必要とされたいの! こんな私を必要としてくれる誰かの為に戦いたい!」
ヒルドは一人で戦うことが好きな訳ではない。
そうすることで誰かの役に立つことを、誰かに必要とされることを子供のように求めていただけだった。
「ゴフッ…」
ヒルドの口から夥しい量の血液が零れる。
恐らく、先程飲んだ丸薬が毒薬だったのだろう。
身体を蝕む苦痛を感じながらも、ヒルドは奉仕の喜びに笑みを浮かべる。
誰かに必要とされたい、その願い自体は誰だって持つ平凡な望みである筈なのに。
戦うことにしか自分の価値を見出せなかったが為に、歪んでいる。
「キハ、キハハハハ! 速度重視! 耐久軽視! エインヘリャル=ベルセルク形態!」
口から零れた血液が増幅、変質し、ヒルドの周囲を飛び交う。
硬質化した血液は矢となり、血の弓を持ったヒルドを中心に円状に展開される。
その数は百を軽く超え、隙間なく棘のように空中で静止している。
棘の鎧に覆われたワルキューレ形態と違い、どちらかと言えば遠距離戦に特化した軽装備だった。
「行くよ…!」
矢を番えていない弓を向けながら、ヒルドが呟く。
それが開戦の合図だった。




