第二十三話
永遠のファフニール。
その名前はアルも聞いたことがあった。
五年前から帝国のあちこちで事件を引き起こしている国家反逆者。
山賊や傭兵を扇動してクーデターを起こさせたり、貧民を操作して貴族や騎士を暗殺させたり、この五年間で起きた大きな事件には必ず関わっていると噂される凶悪犯罪者。
騎士団の転覆を狙っているとされ、主に彼らの力が及ばない帝国南部で活動している。
「…思っていたより、若いんだな」
アルは目の前に立つ少女を見て、率直な言葉を呟く。
五年間も騎士団を翻弄し続けた悪女にしては、その容姿は若すぎた。
白のローブを身に纏った姿は、アルファルよりも年下に見える程に幼かった。
「ふ、これでも二十七歳なのですよ?」
その態度に慣れた様子でファフニールは告げた。
冗談を言っている顔ではなかった。
顔に浮かんだ冷たい笑みは、決して無垢な少女が浮かべる物ではない。
外見年齢と釣り合わない異様な若さ。
チラッとアルは傍に立つアルファルへ視線を向けた。
「…ああ、誤解しないで下さい。これでも私は人間です。ほら、耳だって普通でしょう?」
アルの疑念を察し、ファフニールは金色の髪に隠れていた耳を見せた。
その形は人間と変わらない。
エルフ特有の尖った耳ではない。
「あなたは、本当にエルフではないのですか?」
訝し気な顔を浮かべ、アルファルが言った。
妖精のように端正な顔立ちと、透き通るような白い肌。
見比べてみると、ファフニールはどこかアルファルと似通った容姿をしていた。
「容姿は『影響』を受けているせいで多少エルフに似ていますが、それ以外は人間ですよ。成長こそ止まっていますが、外見だけ。寿命が延びた訳ではありません」
ファフニールは自らの肉体を嫌悪するように吐き捨てた。
外見こそ若々しい容姿を保っているが、単に成長が止まっただけ。
肉体の劣化を防げない以上、寿命は人間と変わらない。
やがて、未成熟な容姿のまま老化が始まるだろう。
「影響とは? 何の影響だ?」
「…時に」
ファフニールはアルの質問を遮るように、告げた。
「『軍神』殿は何故このような場所を訪れたのですか?」
「その軍神って呼ぶのやめて欲しいね。恥ずかしいから…」
かつて戦場で呼ばれた異名に気恥ずかしさを感じながらアルは指でアルファルを示した。
それを見て、ファフニールは森を訪れた理由を察したのか無言で頷く。
「なるほど。英雄殿がどうしてエルフを連れているのかと思えば、そう言う理由ですか」
「偽善者だと罵ってもいいぞ」
「いえいえ、本当の偽善者と言う者は決して自分の行いをそう認めない物です。そう、あの独善的な騎士団のようにね」
憎しみの込められた言葉だった。
騎士団に所属する全ての者を殺し尽しても、まだ晴れないような深い深い憎悪だ。
「大義とやらの為ならどんな非道も正当化する偽善者の集団。それが騎士団だ!」
興奮しているのか、口調を乱しながらファフニールは熱の込もった目でアルを見た。
「エルフに同情的な貴方なら分かるでしょう! 戦争は降伏を認めるが、聖戦は違う! 大義の名の下に一人残らず虐殺する!」
「………」
「私は『革命』を起こす。騎士団の作った偽りの正義を壊す。騎士団に切り捨てられた者達を集めて」
国家反逆者と言われるファフニール。
ファフニールはそれを認め、誇ってすらいた。
いつの時代も革命家と言う者は、犯罪者と扱われた。
失敗した者が犯罪者と蔑まれ、成功した者は英雄と讃えられるのだ。
「貴方が騎士団を抜けたのは、騎士団の正義を見失ったからではないですか?」
「…そうだな」
ファフニールの言葉を、アルは素直に肯定した。
あの大戦を経験して、騎士団の正義を信じ続けることが出来なくなった。
だからこそ騎士団を離れ、本当に正しい道を見つける為に旅をしていた。
「アル…」
どこか不安そうにアルファルがアルを見つめた。
それに笑みを浮かべ、アルはその頭に手を乗せる。
「だが、俺が探している道は、お前と同じではない」
きっぱりとアルは断言した。
この小さな少女を守ることで、アルはようやく正しい道を歩めそうなのだ。
殺すことしか出来ない血塗れの手でも、救える物が見つけられる。
そんな気がするのだ。
「…そうですか。貴方の協力が得られれば計画を早めることが出来たのですが、そう都合良くはいかないようですね」
ファフニールは残念そうに息を吐く。
近寄ってきていた植物の獣へ手を伸ばす。
それを見て、アルは思わず身構える。
「力づくで来るつもりか?」
「まさか。軍神と呼ばれた貴方に喧嘩を売る程、身の程知らずではありませんよ」
そう言うとファフニールは地面を蹴り、植物の獣に飛び乗った。
緑に覆われた不安定な背に跨って、アルに背を向ける。
どうやら、本当に争うつもりはないようだ。
凶悪犯罪者と言われる割に物分かりが良い。
いや、この冷静な頭脳を持っているからこそ騎士団の追跡を五年も退けることが出来たのか。
「もう大丈夫みたいだ。アルファル」
肩の力を抜き、アルは同じく身構えていたアルファルへ行った。
ファフニールの目的は帝国の平和を乱す物だが、退くと言うなら無理に追いかけることはない。
騎士団と接触して、何らかの手段でレヴァンに連絡を…
「…今、何と言いました?」
その時、ファフニールは背を向けたまま動きを止めた。
植物の獣に跨ったまま、ゆっくりとアルの方へ振り返る。
その視線は、アルではなく隣のアルファルを見つめていた。
「『アルファル』と。そう、言いましたか?」
確認するようにファフニールは続ける。
冷たい視線には、抑えきれない興奮も宿っていた。
「は、ははははははは!」
歓喜の表情を浮かべ、ファフニールは笑った。
「そうか! お前がアルファルか! はははははは!」
ファフニールは熱の込められた視線をアルファルに向ける。
先程まで求めていたアルのことなど見えていないように。
英雄よりも、何よりも価値がある宝を見る様にアルファルに熱い視線を送る。
「あなたは、何を言っているんですか?」
「見つけた! 遂に、見つけたぞ! これで私は…!」
少しずつ近付くファフニールを遮るように、アルは前に出た。
アルファルがアルの背に隠され、そこでようやく気付いたようにファフニールはアルを見た。
「…ヒルド」
興が冷めた様に低い声でファフニールは協力者の名を呼んだ。
森の奥から、ドタドタと音を発ててヒルドが走ってくる。
「遅いよ! もう私のこと忘れちゃったのかと思ったよー!」
不満そうに呟きながら、ヒルドはファフニールを睨む。
「交渉が終わったら出てきても良いって言ったのにー!」
「うるさい。それよりも、仕事ですよ」
並び立つ二人を見て、アルは以前ヒルドが言っていたことを思い出した。
仕事でエルフを探している、と。
誰かに雇われている、と。
「私がそこのエルフを確保する間、軍神殿の相手をしなさい」
「え? 良いの? 本気出しちゃうよー?」
「構いません。そのエルフこそ、私がこの五年間探していた物。騎士団を滅ぼす為の鍵」
ヒルドとファフニールの眼に剣呑な光が宿る。
アルが何度も見たことがある眼。
殺人者の眼だった。
「下がれ、アルファル!」
敵は二人。
片方は自分と同等の実力を持つ英雄であり、もう片方は五年間騎士団と渡り合ってきた悪女だ。
アルは地面に右手をつき、陣を起動させる。
左右に巨人のようなゴーレムが形成されるのと、ヒルドが突撃してきたのは同時だった。
「キハハァー!」
歓喜の叫びを上げながら、生身のヒルドが真っ直ぐ向かってくる。
能力を考えると迂闊に傷付けることは出来ない。
以前と同じように、粘土で拘束して傷付けずに無力化する。
「あのエルフを捕えなさい」
囁くような命令と共に、植物の獣が大地を駆ける。
狙いは明白、アルの背に隠れたアルファルだ。
アルは二体のゴーレムの内、一体を動かしてそれを防ぐ。
「無駄なことを」
植物の獣がゴーレムに抑え付けられるのを見て、ファフニールはローブの中から一本の杖を取り出した。
(…何だ、アレは)
それは、異形の杖だった。
まるで蔓で束ねて作ったような捩れた杖。
常にうねうねと蠢いており、刻まれた陣も絶えず変化している。
長さはファフニールの半分くらいで中心部には深緑色の宝玉が付けられていた。
長年杖を作り続け、他人の作った杖を見てきたアルから見ても、異形。
そもそも杖と呼んで良いのかすら怪しい異物。
「来なさい」
ファフニールが異形の杖を振ると、森の中から足音が聞こえた。
ゴーレムに抑え込まれている獣と同じ怪物が、四匹。
勢いそのままに、アルへ襲い掛かる。
新たにゴーレムを作り出そうとするが、間に合わない。
異形の杖に気を取られ過ぎた。
「結界術式『ウルザブルン』」
植物の獣達が喰らい付く寸前、動きを止めた。
アルの足下に輝く青色の光。
その身を護るような温かい光を恐れる様に、獣達は距離を取る。
「アルファル…?」
「あなたは、馬鹿ですか?」
首を傾げたアルにアルファルは心底呆れたような声を出した。
振り向いたアルの顔を、苛立ったように睨む。
「言った筈ですよ。私達は『対等』だと」
対等とは、相手を尊重することだ。
だが、相手を尊重するあまり自分を犠牲するのは対等とは言えない。
「私達は助け合う関係です。決して、私が一方的に助けられる関係ではない」
アルは罪悪感故に、失念していた。
アルファルを助けることが、正義であると信じて。
罪深いアルに許された贖罪の道であると思い込んだ。
アルファルの気持ちなど、考えもせずに。
「私は守られ続ける程、弱くありません………私は、あなたの罪悪感を晴らす人形ではない」
「…ッ!」
言われてアルは初めて気が付いた。
自分がアルファルを差別していたことに。
エルフであることを理由に、どこか神聖視していたことに。
「我々は対等の友人です。違いますか?」
「…ああ」
「敵は二人です。ここは共闘するのが正しいと考えますが?」
「ああ、そうだな」
アルファルはアルの横に並び立つ。
対等を表すように、二人は肩を並べる。
「ここからはイーブンだ。俺に力を貸してくれ」
敵は強い。
一人ならば絶体絶命だが、二人なら勝てる。
アルはそう確信した。




