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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第二十一話


それは平和な村だった。


十を数える頃には村人全ての名前を覚えてしまう程、小さな空間。


一人が生まれれば皆で喜び、一人が死ねば皆で悲しんだ。


この村で生まれた者は、外の世界を知ることもなく、栄光も破滅もない穏やかな一生を終える。


自分もそうなると、その時までは思っていた。


『………』


十七歳の誕生日を迎えた日、母に山菜取りに行くように頼まれた。


薄々は気付いていた。


自分がいない内に、村人達が祝いの準備をすることに。


それが嬉しくて、気付かないふりをして一人で山へ向かった。


『………』


何故、あの日でなければならなかったのだろうか。


帰ってきた時に自分が見た物は、祝いの準備をした家族の姿ではなく、


変わり果てた故郷だった。








「…どうしました?」


隣を歩いていたアルファルが気遣うように言った。


アルは頭を振って、何でもないと答える。


瞼を閉じ、脳裏に焼き付いた光景を忘れようと努力した。


かつてアルが全てを失い、エルフへの復讐を決意した光景だ。


(…今更、何でこんなことを思い出す)


家族と故郷を奪ったエルフは当然、憎い。


だが、大戦時代にアルは思い知ったのだ。


復讐をすると言うことは、自分もまた加害者になると言うことを。


エルフの故郷を滅ぼし、大量に殺戮した自分はもう被害者ではない。


何も考えず、怒りのままに暴走した復讐者だ。


今更エルフを憎む権利などなく、むしろ報復されて然るべき立場だ。


「…大丈夫だ。先を急ごう」


気を取り直すようにアルは足を速めた。


それをどこか不審そうに見ながらアルファルは後に続く。


今朝グルーミィを立ってから、二人は真っ直ぐ目的地へ向かっている。


町を出て南へ進むほど、段々と道が険しくなっていった。


人が歩き、踏まれた地面が平らになることで道が出来ていく。


荒れ果てた大地は、それだけ歩いた人間が殆どいないことを表していた。


高低差の激しい砂漠のような道を歩き、二人は前を向く。


大地の向こうに森が見えた。


「見えてきたな。アレが…」


「ッ!」


アルが言おうとした時、アルファルが突然走り出した。


驚いたアルが静止の声を上げる前に、アルファルは声の届かない距離まで走って行ってしまう。


その視線はただ、遠くに見える森へ向けられていた。


「おい、ちょっと! 急に…!」


慌ててアルが追いかけるが、どこにそんな体力があったのかアルファルは少しも止まることなく大地を駆け続ける。


しばらく追いかけ続け、ようやく体力が尽きたアルファルが止まった時には森はすぐ近くに見えていた。


「ど、どうしたんだよ!」


「はぁはぁ…! ゲホッエホッ…!」


無理に走っていたからか、荒い息を吐きながらアルファルはその場に膝をついた。


言わんこっちゃない、とアルは咳き込むアルファルの背を優しく撫でる。


「……が」


呼吸を落ちつけながらアルファルは呟いた。


あまりに声が小さくアルには聞き取れなかったが、その声は震えていた。


「森、が…」


アルファルに言われ、アルは近くに見えていた森へ目を向ける。


アールヴの森。


帝国南部の大部分を占める広大な森。


そこに、かつての姿はなかった。


千年を超える大樹は殆どが枯れ果て、緑で満たされていた大地は戦火で焼き払われていた。


葉が残っていない枯れ木が延々と続き、鳥の声すら聞こえない。


森を包む薄暗く冷たい空気は死を連想させた。


自然の声など聞こえないアルだが、この森に既に命が無いことだけは理解できた。


「何も、聞こえない。鳥獣の声も、大地の声も、緑も風も、何も…!」


嘆くように叫びながらアルファルは震えていた。


普段の大人びた表情もなく、子供のように弱々しくアルファルは涙を流す。


それは、親を失った童女のように悲痛な表情だった。


エルフにとって森は、住処であり、自らを産んだ母でもある。


アルはそれを知っていた筈なのに、ここまでショックを受けるとは思わなかった。


「ッ…」


「…何も言わないで下さい。今は、何も」


思わず謝罪の言葉を吐こうとしたアルに、アルファルは顔を逸らしながら言った。


アルに向けられたアルファルの背中は、とても小さかった。


(…この子だけは、守らなければならない)


アルは口に出さず、心に誓う。


この優しい少女に、自分と同じ思いを味合わせた加害者として、この子だけは何があっても守らなければならない。


例え、この命に代えてでも。








『国家反逆罪。エルフの違法取引。市民誘拐。騎士殺害等々…ファフニールの罪状を全部合わせたら監獄に千年投獄しても足りない程だよ』


「まさに、伝説的凶悪犯ですよね。騎士団に入って最初に習いました」


目的地への道を歩きながらエイトリは杖に語り掛けた。


前を歩くレヴァンにも聞こえている筈だが、一度も振り返らず先を急いでいる。


『何より不味いのは、彼女がエルフの涙の製法を盗み出したことだよ。特効薬と言えば聞こえは良いがアレは劇薬だ。製法を誤れば猛毒にもなるんだ』


明るい調子を抑え、深刻そうにアンドヴァリは言った。


それだけ事態を重く見ているのだろう。


「騎士団内でも機密事項である製法を、何故彼女は知ることが出来たのですか?」


『ああ、エイトリちゃんは知らなかったか。彼女は元々騎士団の人間なんだよ。しかも、秘薬の製法を管理していた技術開発部の人間だ』


「そ、そうだったのですか!?」


エイトリは驚いて思わず立ち止った。


ファフニールが国家反逆者、と呼ばれている理由は帝国騎士団を裏切ったと言う意味もあるのだ。


『五年前に秘薬の製法が確立すると同時に騎士団を裏切った。技術開発部にいた頃から機会を伺っていた………いや、或いはそれが目的で戦後、騎士団に入ったのかもしれないな』


「え、ちょっと待って下さい。その人って、一体何歳なんですか?」


恐る恐るエイトリは尋ねた。


大戦はもう十二年も前だ。


その頃から活動していたと言うなら、現在はそれなりの年齢になっている筈だが。


『見た目は十四、五歳程の少女だよ。見た目はね』


何か含みのある言い方だった。


それを尋ねようとした時、前を歩いていたレヴァンが振り返った。


「…必要以上に敵に関心を持つな。剣が鈍るぞ」


「レヴァン隊長…」


「ファフニールは法を破る悪である。それだけ分かれば、それでいい」


抜き身の剣のように迷いのない眼だった。


敵を殺すのではなく、悪を滅ぼすのだ。


正義は我に在り、悪は滅ぶべくして滅ぶ。


それは道理であり、そこに感情はない。


『敵を知ることは重要だよ。レヴァンちゃん』


迷いのないレヴァンに、アンドヴァリは異を唱えた。


『何故なら人間は正義を求める生き物であり、本能的に悪を嫌う物なんだ』


姿は見えずとも、その言葉は真剣だ。


人間の本質的な善性を信じている言葉だった。


『悪人には必ず堕落した理由がある。悪を否定するのではなく、悪を理解することは自らの善性を高めることに繋がると思うけどね』


「…考えておきます。言葉の通じる相手であった場合は」


『そうだね。理解はしても、同情をする必要はないからね』


レヴァンの言葉を肯定し、アンドヴァリはあっさりと言った。


『それじゃあ、また定期連絡をよろしくね。エイトリちゃん』


「は、はい。お疲れ様でした!」


『うん。やっぱり、若い子は元気で良いねぇ』


年寄り臭く笑い、アンドヴァリの声は消えた。

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