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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第二十話


「宿屋、なかったですね」


グルーミィの町にて、アルファルが疲れたような表情で言った。


疫病の少年を治してから二人で町中探し回ったが、成果は無し。


この廃墟同然の町に、まともな宿屋を期待したことが失敗だったようだ。


「仕方ない。そんじゃ少し疲れるけど、野宿しようか」


疲れる? と首を傾げるアルファルを余所にアルは近くの空地へ歩いていく。


落ちていた廃材を退かし、ある程度のスペースを確保すると地面に手を付いた。


「『ミストカーフ』」


土属性の魔術が発動し、モコモコと柔らかい粘土が生成される。


アルはそれを粘土細工のように捏ねて巨大な建物を形作っていく。


黄土色の立体は完成すると瞬時に岩のように固まり、強固な住処となった。


「簡素な作りだけど寝るだけなら構わないだろう」


口ではそう呟きながらも屋根と壁には模様が刻んであり、窓まで作ってある凝り様だ。


職人である為、凝り性なのかもしれない。


「凄い。テント要らずじゃないですか」


完成したシンプルな造形の家を見上げてアルファルは感嘆の声を上げた。


興味深そうにペタペタと壁に触っている。


「いや、魔力で維持しないといけないから結構疲れるし。一日も経てば土に戻っちゃうよ」


「それでも十分凄いです」


そう言いながら、アルファルは花の模様が描かれた窓を開こうとした。


「ああ、窓は開かないよ。全部石造りだからね、形だけさ」


「そうですか。では、この扉は…?」


「扉はそのままだと重いから、溝を作って横に開く扉にしたんだ。それでコレは…」


一つ一つ普段より饒舌になりながらアルは説明する。


どこか機嫌良さそうに見えるのは、自分の作品を褒められたからか。


芸術家肌でもあるようだ。








「石のベッドって寝難いと思いましたが、そうでもないですね」


「少し強度を弄って柔らかくしてあるからな。粘土と石の中間と言った所か」


アル製『石の家』で床につきながら二人は会話する。


「あまりこの町に長居するのも良くない。夜が明けたらすぐに発つぞ」


「…そうですね」


グルーミィの町の状況を思い出し、アルファルは暗い表情を浮かべた。


無関係な人間にもこんな顔を見せるようになったのは、アルとの一件で人間を対等に見るようになったからだろう。


「アールヴの森はこの町を出て、南へ行けばすぐに着く。明日には辿り着けるだろう」


「…あの人は」


アルファルは横になったまま呟いた。


「あのヒルドと言う方は、森へ行くなと警告していましたが…」


「ヒルド、か。確かに少し気になるな」


英雄から狂戦士へ変貌した旧友を思い出し、アルは苦々しく頷く。


言動や行動は狂気じみているが、昔から良くも悪くも正直な女だった。


森に何かあるのは嘘ではないだろう。


「あの人とは、親しかったのですか?」


「………」


何と言うべきかと迷うアルを見て、アルファルは少しムッとした表情を浮かべた。


「必要以上に私を気遣うことはありませんよ。私達は対等です。あなたの正直な話を聞きたい」


アルは未だにエルフにとっての悲劇である大戦時代のことを話したがらない。


自分の過去を認められない訳ではなく、アルファルを気遣うが故に。


それは嬉しく思うが、アルファルはアルに復讐はしないと誓った。


今更それを覆すつもりはない。


「…ヒルドとレヴァンと俺は共に戦った仲間だ。当時は俺が十七歳。レヴァンが二十歳。ヒルドはまだ十二歳だった。人懐っこい妹と言った印象だったよ」


魔術師となり、復讐と使命に燃えていた二人と違って、ヒルドは幼かった。


それは戦いに明け暮れる日々に安らぎをもたらす存在だった。


「詳しくは知らないが、戦いに巻き込まれて親を失ったらしい。庇護を求めて騎士団に入り、魔術師となったが戦いとは無縁の無邪気な子供だったよ」


アル達のように復讐にも使命にも縛られず、ただ周囲に求められるままに戦った。


彼女にとってエルフとは単なる敵であり、憎悪も侮蔑も向ける相手ではなかった。


「…健気な子だった。恐らく、薄々分かっていたんだろう。戦えなくなったら捨てられると言うことを。だからこそ周囲の期待に応えようとしていた」


誰よりも仲間を愛し、居場所を守りたかったが故に。


家族を失っても憎しみはなかったが、寂しさは感じていたのかもしれない。


共に戦う家族を失いたくなったのだろう。


「ヒルドには才能があった。残酷にも」


「残酷…?」


「本来、水の魔術師である彼女に求められるのは負傷者の治療だけだった。だが、彼女は俺達三人の中で最も魔術の才能があった」


単なる治癒魔術を使って死ぬまで戦い続ける才能が。


出血を抑える魔術を使って凝固した血液を操る才能が。


彼女の戦場は、後方支援から前線に変化した。


「そうして戦場で血を浴びながら育った英雄が、今のアイツだ」


戦友を家族に、戦場を家に、育った戦乱の子。


好戦乙女ワルキューレの異名に相応しい血濡れの英雄。


「………」


「アイツは強い。魔術の才能や潜在能力なら、俺やレヴァン以上だ。もう戦うことがないことを祈るよ」


ヒルドと戦いたくない、と言う理由は単純な戦闘能力の差だけではないだろう。


幼い頃から共に育ち、道を外れてしまった妹分と殺し合いたくはないのだ。








「貴方がエルフを手に入れたのは知っています。ぜひ、お譲り下さい」


同じ頃、グルーミィの一角で声が響いた。


まだ幼い童女のような高い声の人物は、ゆったりとした白いローブに身を包んでいて体格が分からない。


フードも深めに被って顔を隠し、分かるのは少女が鈍い光を放つ金髪を持つことくらいだ。


極限まで露出を抑えるようにローブから伸びる手足には包帯を巻いていた。


「何を言っているか分からんな。エルフを匿うことは騎士法で重罪ではないかね?」


対するのはグルーミィには異質な丸々と肥え太った男。


権力を表すような豪奢な服を纏っているが、太り過ぎた腹がミチミチと音を発てている。


「騎士法など、気にする必要はありません。何故隠すのですか? ああ、何なら遺体になっていても構いませんよ」


「騎士法を無視しろだと? 騎士団に逆らえと言ってるのか? 不遜な娘め」


男が侮蔑を含んだ視線を少女へ向けた時、少女の身体が僅かに震えた。


「そう言っているんだよ。愚図が」


少女の口調が変化する。


童女のような幼い声はそのままに、冷え切った高慢な口調へと。


フードの中で鈍い金色の瞳が光った。


「騎士団如きに怯えているんじゃねえよ。私に従え。私はお前に望む物を与えよう」


「わ、私が何を望むだと?」


雰囲気の変わった少女に戸惑いながら男は尋ねる。


それに少女は懐から小瓶を取り出した。


真っ赤な液体が入っている透き通った小瓶だ。


「『エルフの涙』だ」


「え、エルフの涙だと!?」


男は動揺したように叫んだ。


エルフの涙、とは疫病の特効薬の名称だ。


五年前に騎士団が発明した秘薬。


エルフから得た技術によって製作されたことを皮肉って『エルフの涙』と呼ばれる。


「馬鹿な! 秘薬の製法は騎士団が独占している筈…!」


「私が誰か、忘れたのですか?」


口調が大人しい状態に戻っても、男は冷や汗が止まらなかった。


本気だ。


目の前の少女は本気で騎士団の全てを敵に回すつもりでいる。


「…そう言えば最近、貴方の妹は疫病を患ったようですね」


世間話をするように少女は言った。


「南部貴族の貴方では、騎士団が管理しているエルフの涙は入手出来ないでしょう。騎士団は清廉潔白を謡うが故に賄賂で買い取ることも出来ない」


「き、貴様、どこまで…」


「騎士団の配給を待つしかないですが、南部に住む貴方の下に秘薬が配給されるまで、貴方の妹が持つかどうか…」


初めからそのつもりだったのだろう。


男が喉から手が出る程に欲しい物を用意し、自分の要求を全て飲ませる。


「…分かった。これからはお前に従おう。エルフの遺体も届ける」


これで男は少女に逆らうことは出来ないだろう。


エルフの涙を不当に手にしたことで、もう騎士団側に寝返る選択肢は失われた。


「ええ。我々は貴方を歓迎しますよ」


フードの下で少女は満面の笑みを浮かべた。


それに答えることなく、男は小瓶を受け取って去っていく。


「やはり、人を動かすなら鞭より飴ですね…」


交渉の成果に満足しながら少女は笑った。


完全に男が見えなくなってから、被っていたフードを取る。


解放された長い金髪が月光を浴びて鈍い光を放つ。


その顔立ちは先程の手腕とは裏腹に驚くほど幼く、十代前半くらいに見えた。


万人が認めるような美少女だが、少し痩せ気味で背丈も低めだ。


「ファフニール。上手く行ったみたいねー」


夜闇から聞こえた声に振り返らないまま、少女『ファフニール』は答える。


「ヒルド。そちらはどうですか?」


「外れだったよー。山賊を率いていたのはエルフじゃなくてただの人間だった」


「そうですか。まあ、良いでしょう」


大して期待していなかったのか、ファフニールは淡泊に言った。


「それでは戻りましょうか。アールヴの森へ」


「はいはーい」


テクテクと小さな歩幅で進むファフニールの後に、ヒルドは笑顔で続いた。

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