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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第二章 ノスタルジア
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第十八話


「創生術式『ミストカーフ』…行け!」


作られたゴーレムが一体、ヒルドへ襲い掛かる。


巨人を模したゴーレムは動きは鈍重だが、質量があり一撃が重い。


「キハハハハ!」


ヒルドは笑いながらゴーレムに接近していった。


その手には何も持たず、魔術すら発動していない。


振り被った拳に自ら飛び込むように、ゴーレムに突進した。


「水は変化の属性。戦死者を戦場へ帰す力。私が司るのは、生命!」


本来騎士団に於いて、水属性は戦闘には不向きとされている。


何故なら攻撃に於いては破壊の火属性が、守りに於いては創造の土属性が勝る。


水属性の魔術師は殆どが治癒系の魔術を得意とし、後方支援に徹する。


その常識を覆す存在が、好戦乙女ワルキューレと称されたヒルドである。


「死兵術式『エインヘリャル』」


その瞬間、ヒルドはゴーレムの拳をまともに受けて宙を舞った。


岩石のような腕で殴られたヒルドの身体は血を流し、右腕の骨も折れていた。


「き、キハハハ! ゴホッゲホッ! ハハ…」


口から血を吐きながらヒルドは魔術を発動する。


おかしな方向に向いていた右腕が元に戻り、出血していた血も止まった。


傷を癒す水の魔術によって、全て元の形に戻る。


「集まれ、我が血肉!」


有無を言わさぬ命令に従い、ヒルドから零れ落ちた血液が生物のように蠢く。


血液は段々と質量を増していき、ヒルドに向かって流れる。


ヒルドの身体に張り付いた血液は硬質化し、ベキベキと音を発てて変化した。


「ジャジャーン! エインヘリャル=ワルキューレ形態!」


それは、棘の鎧だった。


手足を覆う硬質化した血で出来た棘の鎧。


背からは茨のような形状の翼を生やしている。


構成する血液の量は、明らかにヒルドの体積を超えていた。


「『エインヘリャル』…血液を凝固、操作、増幅する水の術式か」


見慣れた魔術の脅威を改めて目にして、アルは呟く。


「…何度も言っているが、お前は魔術の使い方を間違えているぞ」


「良いんですー。この使い方が気に入っているんですー!」


コレは本来負傷した兵士を治療し、戦える状態まで回復させる魔術。


戦えなくなった兵士の『せめて戦場で死にたい』と言う願いを叶える死兵術式。


ワルキューレとは戦死者を導く女神の名前だ。


断じて、自分が戦場で戦う女神ではない。


「行くぞ行くぞ行くぞぉー! キハハハハ!」


「どちらかと言えば、狂戦士ベルセルクだろう…!」


向かってくるヒルドを見て、アルは目の前にゴーレムを二体作り出す。


数を減らした分、粘土を集中させ、質量を重視。


左右を守る巨人型ゴーレムだ。


棘だらけの鎧は視覚的には恐ろしいが、見た目ほど殺傷力は高くない。


全身に存在する棘は一本一本は短い。


一本の長い槍の方が殺傷力が高いくらいだ。


「ハグしてあげるよー! アルヴィース!」


「遠慮しておく!」


パチンとアルが指を鳴らすと二体のゴーレムが動き出した。


外傷を与えても手数を増やすだけだ。


左右から重量で抑え込む。


「効かない効かない! 弾けろ!」


パチン、と泡が割れる様な音と共にヒルドの鎧から棘が射出される。


矢のように放たれた棘は正確にゴーレムの足を撃ち抜き、地面に縫い付けた。


どれだけ巨大でも形状が人型である限り、足を壊されては移動できない。


「くっ…昔より、頭を使うようになったな」


ゴーレムを粘土に戻しながら、アルが驚いたように呟いた。


「へへーん。私だって、少しは成長するんだよー!」


自慢げに笑い、ドロドロに溶けた粘土を踏み越えるヒルド。


好意と害意が混ざった表情で両腕を広げた。


「だが、そう言う油断が多い所は変わらないようだ」


何、とヒルドが首を傾げる前に溶けた粘土が動き出した。


ドロドロに溶けた土塊がヒルドの手足に纏わり付き、動きを封じる。


驚く間もなく、ヒルドの全身は粘土の中にすっぽりと埋まってしまい、完全に身動きできなくなった。


「…忘れたー。アルヴィースの魔術って、ゴーレムじゃなくて粘土を操る能力だったね」


唯一外気に触れている顔に悔し気な表情を浮かべ、ヒルドは言った。


そう、アルの『ミストカーフ』は粘土を創造する魔術。


仮にゴーレムを粉々に破壊されても、粘土が消えた訳ではない。


残った粘土から別の物体を作ることも、粘土自体を操ることも出来るのだ。


「変幻自在の応用性は水属性の持ち味なのにー。その魔術、反則的じゃないー?」


「やかましい。医療魔術で無双するお前よりはマシだ」


緊張感のない様子でアルは言った。


「まだまだ遊び足りないのにー。チクショー」


ガックリと粘土から突き出たヒルドの首が項垂れる。


殺し合いをしていたにも関わらず、両者にはもう殺意や敵意がなかった。


「…どう言う事ですか?」


二人の戦いを眺めていたアルファルが尋ねた。


意味が分からずに首を傾げるアルファルに、アルはウンザリした様に説明する。


「はぁ、コイツはただ暴れたかっただけだよ。君をダシに使ってね」


アルは呆れ果てたと言うように深いため息をつく。


ヒルドは好戦的で身内に甘い性格だが、職務熱心と言うタイプではない。


アルファルを狙う理由が仕事と言った時から、アルにはヒルドの狙いが分かっていた。


「別に嘘は言ってないもーん。仕事でエルフ探しているのも本当だしー」


「…その仕事って何だよ」


「アルヴィースには教えなーい。絶対怒るから!」


「おじさん、怒らないから言って見なさい」


「おじさんだって! アルも老けたねぇー! キハハハハ!」


ケラケラと笑うヒルドは誤魔化すようにアルを馬鹿にする。


それ以上話す気はない、と言うように視線をアルからアルファルの方へ向けた。


「あ、そうだ。えーと、エルフちゃん」


「…アルファルです」


「そうそう、アルファルちゃん。アールヴの森へ行くつもりなら、やめておいた方がいいよー」


何でもないような口調でヒルドは警告した。


アルがエルフを連れている理由も、その目的も見透かしたように。


「何故ですか?」


「今、ちょっと私の雇い主が…って、コレは口止めされてたんだったー。何でもなーい」


下手くそな誤魔化し方をしながらヒルドは言う。


「それじゃ、私はもう帰るからー。警告は覚えておいてねー」


ピシピシと軽い音を発てて、固まった粘土に亀裂が走る。


内部から無数の棘が突き出し、耐えきれなくなった粘土が崩壊した。


自由の身となったヒルドは凝り固まった手足を揉みながら歩いていく。


「あ…」


ふと何か思い出したようにヒルドは足を止めた。


視線を向けたのは、惨殺された山賊達の傍。


拘束されたまま震えるミーメだった。


「ヒッ…!」


ヒルドと視線が合ったことでミーメの表情に恐怖が浮かぶ。


無理もないだろう、結果的に助かったとは言えミーメは山賊を虐殺される光景を全て見ていたのだ。


山賊よりも恐ろしい怪物を見るような視線に、ヒルドは少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。


「………」


ヒルドは何も言わず視線を逸らし、その場を去っていった。








「…嵐のような人でしたね」


「アレでも昔は素直で優しい子だったんだよ。昔はねぇ…」


心底疲れ切った表情でアルは息を吐く。


ヒルドとアルが出会った当時、ヒルドはまだ十二歳の少女だった。


明るく無邪気でよく笑う子だったと覚えている。


…今でもよく笑うが、当時はあんな凶悪な顔では笑わなかった。


「大丈夫なのですか…私のことを騎士に告げられるのでは?」


「騎士団は追放されたみたいだし。大丈夫だと思うよ」


何があったのかは知らないが、ヒルドは騎士団を嫌っているような口調だった。


恐らく、アルとは違う理由で騎士団から距離を置いているのだろう。


そのヒルドがわざわざアルファルのことを騎士団に告げ口する筈がない。


どこまでも自分に正直で、嘘をつかないのがヒルドと言う人間なのだ。


「それより問題は…」


チラッとアルは拘束されたままの少女達に眼を向けた。


陰惨な光景を目撃した為か、気絶している少女もいる。


この娘達を放置していく訳にはいくまい。


「あぁ、今から拘束を解くからねぇ。怪我している子がいたら先に言ってね」


「あ、あなた達は…?」


「怪しい者じゃないよ。おじさんはアルヴィース、アルフヘイムの英雄とか呼ばれている」


近くにいた素朴な少女の拘束を解きながらアルは答えた。


こう言う時、自分の名前が有名だと助かる。


アルの名前を聞いた少女がホッとしたように肩の力を抜いた。


「アルヴィースって、あの騎士アルヴィース、ですか…?」


「もう騎士じゃないけどね。よし、解けた。怪我が無いようなら他の子をお願い」


「は、はい…騎士様!」


「騎士じゃないってば」


その後、全員の拘束を解いて怪我がないことを確認してからその場を後にした。


せめて付近の村までに届けよう、と誘拐された少女達を連れて。


判断は全てアルに任せたのか、アルファルは何も言わなかった。


少女達も薄々正体に感づいていたのか、アルファルに深く関わろうとはしなかった。

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