第十七話
「へえ。今回は中々粒揃いじゃねえか」
周囲の山賊達より身なりの良い男が笑みを浮かべた。
腰には他の山賊同様に杖と剣を差しており、身分の割には清潔で端正な顔立ちをしている。
貴族風の外見も目立つが、何より特徴的なのはその『尖った耳』だった。
「フィアラルの頭、独り占めは駄目ですぜ?」
「分かってる分かってる。そんなケチ臭いことはしねえよ」
フィアラル、と呼ばれた山賊団のボスは捕えた娘の麻袋を取りながら答えた。
「大戦時代から俺に従ってくれる愛すべき部下達だ。当然、褒美は与える」
丁度、ミーメの麻袋を外した時にフィアラルは人差し指を立てた。
「一人だ。この中で一番の美人を一人貰う。それ以外はお前らで好きにしな! げははは!」
整った顔立ちを下品に歪めてフィアラルは笑う。
それを聞いた山賊達から歓声が上がった。
情欲に歪んだ歓喜の声に、ミーメは震える。
「お前、怖いのか?」
「ひっ…」
フィアラルは震えるミーメに顔を近づけた。
怯える姿に興奮したように、フィアラルは嗜虐的な笑みを浮かべる。
弱い娘を虐げることに優越感を感じる様な、歪んだ笑みだった。
「あーあー。カッコイイ顔を不細工に歪めちゃって勿体ないなぁー」
その時、場違いに能天気な声が聞こえた。
既に麻袋を外された女達の内、ボロ布を纏った女がフィアラルを見つめていた。
頭からすっぽりと被った布のせいで麻袋を取られても、顔は一切見えない。
ただ、布に空いた虫食い穴から二つの瞳だけが覗いている。
「ヒルド、さん…」
「と言うか、エルフも人間に欲情したりするのねー。初めて知ったわー」
挑発するようにヒルドは飄々と言う。
まるでフィアラルの注意を自分に引き付けるように。
ミーメを庇うかのように。
「…何だお前?」
水を差されて不機嫌そうに、フィアラルは腰に差してあった剣を取った。
「何でエルフなのに魔術を使わないのー? つーかそもそも、エルフが杖を持っていること自体おかしくないかにゃー?」
「………」
問いには答えず、フィアラルは無言でヒルドに近付く。
ボスの殺気立った顔を見て、他の山賊達も大人しく様子を見守っていた。
「私、知っているのよ? あなたはただの…」
「黙れ」
ズン、と剣が振り下ろされた。
使い慣れた剣はボロ布を引き裂き、非力な女を容易く貫く。
確かな手応えを感じ、フィアラルは満足げな笑みを浮かべた。
「ひ、ヒルドさん!」
その光景にミーメは悲鳴を上げる。
顔も知らない相手だが、初対面の自分を庇ってくれた相手だ。
こんな所で死んでいい訳がない。
「げははは! 生意気なことばかり言うからだ! おい、お前ら! 死体を片付けろ!」
返り血のついた剣を引き抜き、フィアラルは大声を上げて笑った。
自分のペースに戻ったことを確信し、剣を鞘に仕舞う。
「く、あ…ハ…」
「…? 何か言ったか?」
どこからか聞こえた音に、フィアラルは首を傾げた。
瞬間、血を流していたボロ布が跳ねるように起き上がった。
「ああー! 痛い痛いー! 超痛いんですけどー! キハハハハ!」
「なっ…」
絶句する山賊達の前でボロ布はドンドン膨れ上がっていく。
手足の拘束を引き千切り、全身から棘を生やし、輪郭は巨大化していく。
それはまるで、布の中で何か恐ろしい怪物が育っているような光景だった。
「ヒルドさん…?」
遂に、布が悲鳴を上げて引き裂かれる。
「はいはーい! 注目! 私はヒルド! 好戦乙女のヒルドよー!」
浮浪者染みたボロ布から現れたのは、若い女だった。
肌に張り付くようなぴっちりとした白い布を胸元と腰に巻いた踊り子のような服装。
耳にはギザギザしたピアス、首は棘が内側に付いた首輪、と拷問器具をまるでアクセサリーのように身に着けている。
頭には茨の王冠を被り、露出した肌を自ら傷付ける様な刺々しい格好をしていた。
眼は垂れ目気味だが、顔は高揚したように赤らみ、口元は楽し気に吊り上がっている。
「な、何なんだ? 剣で、貫かれた筈だろう!」
「ええ、そうよ。物凄く痛くてー! 物凄く興奮したわー!」
恍惚とした表情を浮かべるヒルドの身体に傷はない。
フィアラルの剣には確かに返り血が残っているのに、ヒルド本人に外傷は残っていない。
その事実に困惑し、恐怖する山賊達を眺めながらヒルドは子供のように無邪気な笑みを浮かべた。
「だから、あなたにもお返ししてあげる」
笑みを浮かべながらヒルドの身体が青白く光り出す。
それはヒルドの全身に余すことなく刻まれた一つの陣。
「死兵術式『エインヘリャル』」
「コレは…!」
魔術の発動を感知して、駆け付けたアル達が見たのは虐殺だった。
杖や剣を握り締めた山賊達が、全身に風穴を開けて死亡している。
決して急所は狙わず、失血死するまで死なないよう拷問のような殺され方をしていた。
辺りに漂う血の臭いが、アルに戦場を思い出させる。
「ほらほらー! それでエルフのつもりなの! 剣が駄目なら魔術を使いなよ!」
「ぎ、ぎゃああああああああ!」
「まだ腕が一本千切れただけじゃない! もう片方の腕で杖は握れるでしょう! まだまだ戦いは終わってないわよ! さあさあ!」
地獄の中に、血塗れの女と瀕死の男がいた。
山賊の頭らしき男には、既に片腕と両足が無く、泣きながら女を見上げていた。
「も、もう殺してくれ、お願い、だ…」
「いやよー。久々の戦いなんだから、まだまだ楽しませてもらうわ! 腕の怪我を治してあげるー」
「やめろ…やめて、くれ…!」
死にたいと願う男の身体に青い光が降り注ぐ。
水属性の治癒魔術だが、致命傷を負った男に対しては応急処置にしかならない。
出血を止め、ほんの少しの間だけ寿命を延ばすだけだ。
ただ戦いを楽しみ、相手を嬲る為だけに治療を施す。
死すら許さない残虐な拷問だった。
「…チッ!」
大地に手を突き、舌打ちと共にアルは魔術を発動させる。
ゴーレムが治療される男の背後に形成され、すぐにその命を叩き潰した。
「今の、ゴーレム…?」
獲物を横取りされたことよりも、目の前に現れたゴーレムに驚き、ヒルドは視線を向ける。
「え、もしかして、アルヴィース? うわぁー! 凄い、何年振りだろうー!」
「…久しぶりだな。ヒルド」
嬉しそうな笑みを浮かべたヒルドに、アルは苦い表情を浮かべた。
それに気付いていないのか、ヒルドは鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌になった。
「…敵を嬲る癖は治ってないみたいだな」
「いや、エルフがいるって聞いたから来たのに、偽者だったからガッカリしちゃってさー」
死んだ男が握っていた杖を取り、ヒルドは言った。
「水属性の魔術で耳をエルフの耳に変えていたみたいー。噂は当てにならないねー」
「噂と言えば、俺はお前は死んだと聞いていたんだけどな…」
アルの言葉にキョトンとした顔を浮かべた後、ヒルドは納得したような顔になる。
「ああ、私も一応英雄だしー? 好き勝手やられる前に死んだことにしておいた方が騎士団としては都合が良いんじゃないー? 私にはよく分かんないけど、体面的に」
嫌そうな顔を浮かべてヒルドは吐き捨てた。
今の騎士団のやり方を嫌っているのだろう。
外見は成長したが、中身は以前とあまり変わっていないとアルは思った。
「アル。英雄と言うと、この方は…」
様子を見守っていたアルファルが遠慮がちに声をかける。
「そうだ、コイツはヒルド。アルフヘイムの三英雄の一人だ」
「歴史上は故人だけどねー。キハハ! アルヴィースの古い友人だと思えばいいわよー」
ひらひらと手を振りながらヒルドは気さくに笑った。
「…はじめまして。私はアルファルです」
「アルファルちゃんねー。うん、覚えたわー」
大戦の英雄に思う所はあったが、アルファルは表に出さないように努力した。
ヒルドは大してアルファルに興味を示さなかったのか、視線をアルへ戻す。
「ねーねー。アルヴィースに聞きたいんだけどー」
「何だ? レヴァンの居場所なら知らないぞ」
「違う違う。あんな石頭に会いたくなんかないってばー」
大袈裟な仕草で拒絶を表した後、ヒルドはアルに擦り寄る。
猫を思わせような満面の笑みで口を開く。
「…何で、エルフを連れているのー?」
「ッ!」
バッとアルは急いでヒルドから離れた。
ヒルドはニコニコと笑みを浮かべたままだ。
「私だって水の魔術師だから、それくらいの変装見抜けちゃうよー?」
アルファルの耳を指差しながらヒルドは言った。
「あ、誤解しないで欲しいんだけどー。私はエルフとか人間とかどうでもいいんだー。レヴァンじゃあるまいし、エルフは全部敵だー!…なんて言うつもりもないしー」
身構えるアルファルを見て、ヒルドは訂正するように呟く。
「でも、今はちょっと事情があってねー。エルフを探していた所なんだー」
「…どうしてだ?」
「私の仕事の関係でちょっとねー。と言う訳で、私に頂戴?」
ヒルドがそう言った瞬間、アルの右腕に陣が浮かび上がった。
大地が盛り上がり、ゴーレムが創造される。
それを見て、ヒルドは興奮したように息を乱した。
「まあ、そうなるよねー! キハハハハ! いいじゃんいいじゃん!」
ヒルドの全身が青く光り輝く。
「戦おうか、アルヴィース!」
プレゼントを貰った少女のような笑みで、ヒルドは言った。




