第十六話
「今日も大量大量!」
「当然よ! 何せ、俺達『フィアラル山賊団』にはエルフ様がついているからなぁ!」
荷馬車を動かしながら山賊達は笑い声を上げる。
エルフ大戦にも参加した傭兵崩れの山賊団。
統率のない賊でありながら杖で武装している為、一般人では到底敵わない集団。
特に騎士団の手が届いていない帝国南部では、やりたい放題だった。
「………」
ゴトンゴトンと揺れる荷馬車が運んでいるのは商人から略奪した食料だけではない。
別の馬車に乗っていた客の内、歳若い女を縛って運んでいた。
少女達は麻袋を被され、身を縮めて震えている。
「わ、私達、どうなっちゃうの…?」
声を震わせながら一人の少女が呟く。
町娘らしい素朴な服に身を包んだ少女は、自らの運命を呪っていた。
「そりゃー、このまま彼らのアジトまで運ばれちゃうだろうねー」
思わず呟かれた少女の独り言に、隣に座っていた女が答えた。
少女と同じ麻袋を被っているが、服装は少女よりもかなりみすぼらしい。
最早、ボロ布と言ってもおかしくない布切れで全身をすっぽりと隠している。
「山賊にとって唯一の法はボスだから、まずはボスに好みの女を選ばせるー」
同じ運命を辿っているとは思えない明るい声で女は言った。
「見た目が良ければ奴隷として生きれるだろーねー。見た目が悪い女の子は………ご愁傷様でーす」
煽るような女の言葉に、少女達から悲鳴が上がった。
「嫌、もう嫌、助けて…レギン…!」
啜り泣く様な声を上げながら、少女は祈るように誰かの名前を呟いた。
それが聞こえたのか、麻袋を被ったままボロ布の女が近付く。
「レギン? それって誰のこと?」
「え…? こ、故郷にいる恋人の名前です…けど…」
「へえ。恋人いるんだー。いいなー」
どこか他人事のように喋っていた女の声が、急に馴れ馴れしくなった。
嬉しそうに何度も頷き、本気で羨ましそうに呟く。
「うん。あなたの名前は?」
「み、ミーメです」
「ミーメ。あなたは助かるよ。だって故郷に恋人がいるのだから、きっと彼が助けてくれる!」
熱に浮かされたような口調で女は語った。
それを無条件で信じる程、ミーメも楽観的ではない。
能天気なこの女に苛立ちすら感じていた。
「女の子のピンチには必ず助けが来てくれる物なのよー」
「…あなた、何なのですか?」
意味不明なことばかり言う女に怒ったようにミーメは言った。
ミーメの言葉を言葉通りに受け取ったのか、女は首を傾げて呟く。
「私? 私は、ヒルド。恋に恋する普通の女の子よー」
「この辺りの筈ですが…」
生い茂った林の中を歩きながらアルファルが呟いた。
山賊達から聞き出したアジトの場所は、この付近だった。
「…この近くに人の気配はないな」
足をついた大地から音を探りながらアルは答える。
小さな林の中には動物すらいないのか、足音は一つも感知できなかった。
「もう少し歩いてみるか」
アールヴの森への道からは外れるが、大した寄り道にはならないだろう。
「…すいません。私の我儘を聞いてもらって」
「別に良いって。君の旅なのだから、君の望み通りにすればいい」
アルファルの謝罪にアルは心から笑顔を浮かべた。
もしエルフが生きているのならアルファルと再会させてやりたい。
今はアルが共にいるが、エルフの仲間が出来るならそれに越したことはない。
アルはあくまでも、アールヴの森へ連れていく護衛だ。
たった一人になってしまったアルファルの孤独を癒すことは出来ない。
「…それよりもあんまり先に行き過ぎて、また誘拐されないようにね」
少し目を離した隙に山賊団に誘拐されかけたことを思い出し、アルは言った。
「君は何と言うか、誘拐されやすいから」
「…そうですね。どうしてでしょう、耳は隠しているのに」
偽装した耳を触りながらアルファルは首を傾げた。
どうやら、エルフだからよく誘拐されると思っているようだ。
自分の容姿については自覚が無いらしい。
「全く…ちょっと手貸して」
「はい…?」
アルファルは訝し気な顔をしながらも素直に腕を出した。
「ふむ。なるほど…」
アルはその手に触れながら近くに生えていた木の枝を千切る。
背負ったリュックから色々な道具を取り出し、枝を削っていく。
目にも留まらない速度で動く手の中で、枝は段々と小さくなっていった。
「コレに陣を刻んでっと………よし、完成」
「コレは…?」
アルは完成した品をアルファルへ投げる。
それは小さなアルファルの手に合わせた木製の指輪だった。
高価な宝石は何も付いていないが、陣と凝ったデザインが彫ってある。
「陣を刻む『杖』は、魔力を通しやすい木で出来ている物なら何でもいいんだ。指輪型でもな」
「コレ、杖なのですか?」
「ただ居場所を伝えるだけの簡単な杖だ。多分、君にも使えるだろう」
「可愛い…ありがとうございます」
指輪の表面に刻まれているウサギのような模様を眺めながら、アルファルは嬉しそうに礼を言った。
それにアルも満足げな笑みを浮かべる。
杖職人として、作った杖が喜ばれることは嬉しいことだ。
それが、子供の迷子防止用に考えた杖であることは言わない方が良いだろう。
「やっぱり恋人って良い物? 良いなー。私も欲しいなー」
縛られたまま器用に身体を動かしながらヒルドは言った。
動く度にボロ布から僅かに覗く肌は、乞食のような服装の割に健康的な色をしている。
「…どうして、そんなに明るいんですか?」
どう考えても自分がここで死ぬとは思っていないヒルドに向かって、ミーメは言った。
現実逃避しているようには思えず、どこか助かる確信があるような雰囲気だった。
「え? だって、私はこんな所では死なないからー」
確信を持ってヒルドは断言した。
やはり、ミーメは知らない何かをヒルドは知っているようだ。
もしかすると既に騎士団が山賊の存在に気付いており、動いているのかもしれない。
「はぁー。私も恋人欲しいー。もう今年で二十四歳だって言うのに、私ってばまともに恋愛すら出来てないんだからさぁー」
「へ、へえ」
声の感じはもっと若く聞こえたが、ヒルドはミーメよりもずっと年上のようだった。
「やっぱり、女の幸せと言ったら恋愛だと思うのよねー」
もぞもぞと身体を動かしながらヒルドは言う。
ミーメにその姿は見えないが、声が更に近くなった。
「ミーメは、恋人のこと好き?」
「え? 好きです、けど」
「そ。恋人は大切にね。自分を愛し、受け入れてくれる相手なんて滅多に会える物じゃないからさー」
そう言うとヒルドは僅かに声色を変えた。
能天気な程に明るかった声が、少しだけ暗く低く聞こえた。
顔も見えない相手の変化に、ミーメは首を傾げる。
「…あなたは」
「よし、着いたぞ! 女共を下ろせ!」
ミーメが尋ねようとした時、山賊達が大声を上げた。
荷馬車の揺れが止まる。
彼らの目的地に着いてしまったようだ。




