第十二話
帝国が建国されて約千年。
人類の歴史の中で、人間とエルフは何度も争ってきた。
時に正義の為に。時に権力者の為に。
結果は全て惨敗。
アールヴの森にすら入り込めなかった人類は、段々とエルフを恐れるようになっていった。
それが変わったのは、十二年前。
常に森を守るだけだったエルフが、遂に人類への侵略を行ったのだ。
森から出た一部のエルフによって周囲の村は壊滅。
それは人類に絶滅の危機を感じさせた。
皇帝は、騎士団長『アンドヴァリ』に命じて騎士団を再編。
滅ぼされた村に残った陣の痕跡からエルフの魔術を解析。
人体に直接陣を刻むことで最初の魔術師を開発した。
アルヴィースは、その内の一人だった。
まだ十七歳の時だ。
手掛かりの少ない状態からの魔術開発。
百人以上いた志願者の内、生き残ったのは僅か十名だけだった。
その十名も、エルフ大戦で活躍できたのは半分程度。
残りは皆、望む力を得られずに戦場で散った。
それは正義の名の下に行われた人体実験。
しかし、アルヴィースは自ら望んでその実験を志願した。
人類をエルフの脅威から守る為。
何よりも、
自分の故郷を滅ぼしたエルフへの『復讐』の為。
アルヴィースは憎しみだけを支えに実験を生き残り、魔術師となった。
エルフだけのアドバンテージだった『魔術』を手に入れたことで騎士団は勢いに乗り、エルフを一方的に侵略した。
数少ない魔術師の一人であったアルヴィースは、常に前線で戦い続けた。
それは、呆気ない程に簡単なことだった。
「…憎しみのままに殺して、殺し続けて、やがて思ったんだ」
眼帯を付けた左目を撫でながらアルは言った。
「何を…?」
表情のない顔でアルファルは聞いた。
何を考えているか分からないアルファルに、懺悔するようにアルは重々しく口を開く。
「…俺は、本当に正義なのかって」
エルフが人類に応戦できていたのは最初だけだった。
魔術を使用し、数でも勝る騎士団を相手にエルフは押されていき、敗北した。
だが、森を住処としているエルフに逃げる場所はない。
騎士団は森へ逃げ込んだエルフを追い、見つけ次第殺した。
命乞いしようと、無抵抗だろうと、容赦なく殺し続けた。
「…俺を見て泣き叫ぶ、エルフの子供がいた」
どこか違う場所を見ているような眼でアルは呟く。
「友達を殺されたあの子の眼は、故郷を滅ぼされて復讐を誓った時の俺と、全く同じだったよ」
復讐心に身を任せ、多くの命を奪い過ぎた。
気付いた時には、全てが遅かった。
エルフと言う種族は世界から消え、復讐の芽は摘み取られた。
残されたのは殺戮者と、それを英雄と讃える者達だけだ。
罪の意識に耐えきれず、アルは大戦が終わってすぐに騎士団を抜けた。
その後の十二年間、アルは贖罪を求めて生きてきた。
償うべき相手が、既に死に絶えたと思い込んだまま。
「後悔しているのですか?」
感情が読めない目でアルを見つめながら、アルファルは言った。
何と答えるべきだろうか、とアルは一瞬悩む。
後悔していると言った所で、アルがエルフを殺した事実は変わらない。
かと言って、嘘を言っても意味はない。
「…後悔しているさ」
迷った結果、全てを話すと言ったことを思い出し、正直に答えた。
「何に対して?」
アルファルの視線に冷たい感情が込められる。
「騎士団に入ったこと自体を? あの大戦は全て騎士団が、人類が悪だったと認めるのですか?」
「それ、は…」
背筋が凍り付くような殺意だった。
自分よりずっと小柄な少女が発する殺気に、アルは戦慄する。
「心からそう思うのならエルフの為に、私と共に騎士団を滅ぼして下さい」
「ッ!」
「あの大戦に関わった全ての人間を殺して、エルフに対する弔いにして下さい」
それは、アルファルの心情からすれば当然の言葉だったのかもしれない。
同族を、家族を皆殺しにした人間の全てに対する復讐。
かつて、アルが抱いた物と同じ感情だった。
「………」
アルは自分を見るアルファルを正面から見つめた。
強い意志を感じられる透き通った瞳から目を逸らさずに告げる。
「それは、出来ない」
「………」
「俺の命なら好きに使ってくれて構わないが、君の復讐の手伝いは出来ない」
無関係の相手を殺すこともそうだが、何よりアルはアルファルに復讐に生きて欲しくなかった。
復讐だけを支えに生きてしまっては、アルやロプトルのようになってしまう。
その果てに待っているのは、身の破滅だ。
「酷なことかもしれないが、君には君の人生を歩んでほしいと思っている。君が平和に幸せに暮らす為なら俺は何でも協力する」
帝国を敵に回しては、アルファルは確実に死ぬだろう。
復讐の為、種族の無念を晴らす為に、命を落とす。
そんな人生は、幸福とは言えない。
「だから…」
「もう、いいですよ」
アルの言葉を遮るようにアルファルは言った。
「あなたがどう言う人間か、分かりましたから」
そう言うと、アルファルは静かに笑みを浮かべた。
先程まで浮かべていた氷のような表情ではなく、自然で穏やかな笑みを。
初めて見るアルファルの表情に、アルは言葉を失う。
「あなたが本当に過去を後悔し、私の幸せを望んでいることは分かりました」
「…また俺を試していたのか?」
「ええ。あなたの言葉が嘘なら、私の言うことに従う筈ですからね」
アルファルの願いを断ったのは、それがエルフの弔いにはならないと思ったから。
復讐に反対したのは、復讐に生きた過去を後悔しているから。
アルの言葉に嘘偽りはなかった。
「人間のことは好きじゃないですが、騎士団への復讐なんて考えていませんよ」
少し沈んだ表情でアルファルは言った。
「私も、皆を見捨てて一人生き延びたのですから」
幼かったアルファルは人間が森に侵入してすぐに『石の棺』に入れられた。
エルフと人間の戦いに参加することもなく、眠り続けた。
「…アールヴの森へ行きましょう」
アルファルは淡々とした声で言う。
アルにとっても、アルファルにとっても因縁深い場所。
アールヴの森へ帰ると。
「俺も、一緒に…?」
「何でも協力するのではなかったのですか? そもそも、そう言う話だった筈です」
アルファルはやや不機嫌そうな表情を浮かべた。
人間への憎悪が消えた訳ではないだろう。
騎士団への怨恨が消えた訳ではないだろう。
それでも、アルのことは同行者として認めたのだ。
「ん」
アルファルはアルへ向かって右手を伸ばした。
差し出された手を見てアルは首を傾げる。
「何、その手?」
「握手、ですよ。友好の証なのでしょう?」
覚えたての言葉を使う子供のようにアルファルは言った。
それに笑みを浮かべ、アルは手を握る。
「あくまで森へ辿り着くまでですが、私達は対等です。私は精一杯あなたを助け、あなたも全力で私を助けて下さい」
「ああ、分かったよ」
冷たいアルファルの手の感触とは裏腹に、心に温かい物を感じながらアルは頷いた。
アルファルもアルの手の熱に驚きながら深く頷き、ゆっくりと手を放した。
(…それにしても)
機嫌良さそうに笑みを浮かべるアルを眺めながら、アルファルは心で呟く。
(エルフが人間の村を滅ぼしたと言っていましたが、そんな話は聞いたことがありませんでした)
そもそも、人類がエルフと戦うことを決意した事件。
エルフ大戦の発端である、一部のエルフによる村々の侵略。
(十二年前と言えば、私はまだ十六歳。ベイラが話してくれなくても仕方ないですが…)
人類を滅ぼすことがエルフの総意だとは思えなかった。
ロプトルのような過激派のエルフが暴走し、それが人間に危機感を抱かせたのだろうか。
それとも…




