最終話
長い戦いが終わりを告げた。
エルフと人間の深い因縁が終わった。
エルフも人間も、誰一人として悪人はいなかった。
誰もが自分の中に信じる物を持っていた。
ただそれぞれが望む物、守りたい物が違ったが故の悲劇だった。
運命に翻弄されたハーフエルフ。
彼によって大勢の者が殺された。
人々は彼を大罪人と呼ぶだろう。
その評価は正しい。
だが、
「あの日、あの時、私の命を救ってくれたこと………私は決して忘れません」
彼の言葉は嘘だったのかもしれない。
それでも、その中には真実もあったのだと信じたい。
「…以上の者は町の修復へ向かわせろ。残りは被災者の治療だ」
レヴァンは資料に目を通しながら部下に指示を出す。
騎士団長に就任して最初の仕事は、被災でボロボロになった町の復旧だった。
ニドヘグに破壊された町の修復と、雹によって魔力中毒を引き起こした者の治療。
建物の被害はノーブルだけだが、雹による被害は帝国全土に広がっている。
各地に騎士を派遣しているが、混乱が収まるのにどれだけの時間が掛かるか。
「…アンドヴァリのようにはいかないな」
たった一人で帝国全土を管理していた先代を思い、レヴァンは自嘲する。
レヴァンも決して無能ではないが、アンドヴァリのような並外れた知性は持っていない。
全人類を支配し、管理することはレヴァンには出来ない。
「………」
だが、それで良いとレヴァンの親友は言った。
お前は一人で出来ることを精一杯して、手が足りない時は呼んでくれ、と言い残して去っていった。
全てを一人で抱え込む必要はない。
そんなことは人間には出来ない。
しかし、一人でなければ平和を維持することは出来る。
人類を管理するのではなく、一人一人に力を借りることで実現できる。
過保護な独裁者など不要。
「レヴァン騎士団長。頼まれていた資料を持ってきました!」
この国は、皆で守っていくのだ。
「はいはーい。順番に並んでー! 列に並ばない人は治療してあげないよー!」
ノーブルに設けられたテントにしてヒルドは声を張り上げた。
先日の雹で魔力中毒となった者に触れ、一人一人治療を施していく。
身に余る膨大な魔力の影響で全身に火傷のような物が出来ている為、余剰魔力を吸い出す。
身体が破裂してしまった者は既に手遅れだが、それ以外の者は簡単に治すことが出来た。
「相変わらず、ヒルドさんの治療は早いな。俺達が一人を相手にしている間に五人は終えているぞ」
「血液を媒介にして魔力を吸い出すって方法もヒルドさんが見つけ出したらしいな」
魔力中毒者から注射器で血と魔力を抜き取っていた騎士達が尊敬の眼差しをヒルドに向けた。
その視線には気付かず、ヒルドは次々と魔力中毒者の手を取っていく。
「あぁ…騎士団に拾われてから全然戦えてないなー。あの日々が恋しいー」
物憂げな表情を浮かべながらも治療の手は止まらない。
むしろ、先程よりも早くなっている程だ。
「…今度、レヴァンの奴に抗議しよう。うん。そうしよう」
「退け! 愚民共!」
「…?」
ぶつぶつと独り言を言っていたヒルドの前に、荒々しく見知らぬ男が現れる。
「私を誰だと思っている! 私を先に治療しないか!」
前の人間を強引に押し退け、現れたのは貴族風の男。
偉そうな雰囲気からして、その通りかもしれない。
「…あのー。順番は守って下さいねー?」
「ふん! 良いからお前はさっさと私を治療すればいいのだ! 小娘!」
不遜な物言いに、ヒルドに尊敬の眼差しを向けていた騎士達が慌てだす。
男を止めようと騎士達が動くが、その前にヒルドは笑顔で男の腕を掴んだ。
「む…痛たたたたたたた!? 痛い痛い! 棘が! 棘が刺さっているぞ!?」
「やっぱりたまには暴れないとストレスが溜まるのよねー。丁度いいから、おじさん付き合ってよ!」
「や、やめろ! 私はこれでも病人で…痛たたたた!? 痛いと言っているだろう!?」
いつの間にか棘塗れになったヒルドに掴まれ、男は悲鳴を上げる。
腕に食い込む棘が相当痛いのか、涙すら流して振り払おうとするがヒルドはびくともしない。
「…あちゃー」
それを見た騎士達が頭を抱える。
こうならないようにとレヴァンから厳命されていたのだが、止められなかった。
まあ、今回は相手もかなり悪いので放置していいか、と職務に戻る。
能力面を尊敬されながらも、性格面では尊敬されない。
以前より少しだけ親しみやすい立場になったヒルドだった。
「また、この町に来てしまったな」
アルは懐かしい街並みを眺めながら呟く。
そこはワールウィンド。
帝国南西部に位置する小さな町。
アルとアルファルが出会った町だった。
「そんなに時間は経っていない筈なのに、随分昔のことのようですね」
どこか懐かしそうにアルファルは笑みを浮かべた。
かつてこの町で出会ったばかりの頃では考えられない、自然な笑みだ。
これまで色々なことがあった。
様々な人間を見てきた。
一人一人に信じる思いがあり、それに従って生きていた。
それはエルフも人間も変わらない。
「アルはこれからどうするんですか?」
「…どうするかな。これまで通り旅を続けても良いし、たまには騎士の為に杖を作っても良いし」
思い悩みながらアルは呟く。
そんなアルを見つめ、アルファルは静かに口を開いた。
「私は…アールヴの森へ帰ろうと思います」
真剣な表情を浮かべて、アルファルは言った。
「新しく種を植えて、苗を育てて、いつかアールヴの森を復活させたい」
「――――――」
「少しずつでも元に戻したいんです。あの場所は、私達の大切な故郷だから」
森が復活しても、エルフが帰ってくるとは限らない。
それでもアルファルはあの森を元に戻したかった。
悲しいことも沢山あったが、あの森には大切な思い出が沢山ある。
「………」
しかし、それは気の長いことだろう。
完全に焼け落ちてしまった森が元の姿を取り戻すまで、何年何十年の時が必要が分からない。
長い寿命を持つアルファルなら平気かもしれないが、アルの生きている間に森は復活するのだろうか。
「…だから、ここでお別れですね」
自分の気の長い計画に、命の短いアルを付き合わせる訳にはいかない。
元々エルフと人間では寿命に違いがある。
どれだけ理解し合っても、それだけは変わらない。
いつか訪れる別れが今、訪れただけなのだ。
「短い間でしたが、お世話になりました。私がこうして生きていられるのは、あなたのお陰です」
そう言うと、アルファルは満面の笑みを浮かべた。
「―――私、最初に出会えた人間があなたで、本当に良かった」
それは思わず見惚れてしまう程、幸せそうな笑みだった。
あまりに幸福そうな笑顔に、面食らいながらもアルは頬を掻く。
「…そうか。俺も同じ気持ちだよ」
照れ臭そうにアルファルから視線を逸らし、アルは懐から地図を取り出す。
「それじゃ、早速アールヴの森へ向かうか!」
「………はい?」
「いや、それよりも準備が先か? 森で暮らすなら色々買って置かないと…」
「ちょ、ちょっと待って下さい。あの、私の話を聞いていましたか?」
意気揚々と準備を進めるアルを見て、慌てたようにアルファルが言う。
今生の別れを告げたつもりだったが、伝わっていなかったようだ。
「おいおい、俺を除け者にするなよ。どうせ暇なんだ。俺にも手伝わせてくれよ」
「暇って…あなたには関係ない筈ですが…?」
「今更何言っているんだよ。友人が困っているなら手伝うのが人として当然だし、それに…」
そう言ってアルは得意げに人差し指を立てた。
困惑しているアルファルへ楽しそうな笑みを向ける。
「エルフの故郷ってことは、俺達の故郷でもあるだろ? 俺も見てみたいんだよ」
かつて存在した、人間に踏み荒らされる前のアールヴの森を。
妖精と謳われるエルフ達の理想郷を。
「…はぁ。本当にお節介な友人ですね」
「知らなかったのか? 俺は友達は大切にするタイプの人間なんだぜ?」
「………いえ、よく知っていますよ」
呆れたように息を吐きながら、アルファルは笑った。
まだまだこの友人と縁が切れないことを嬉しく思いながら、手を差し出す。
「この手は?」
「握手ですよ。友好の証なのでしょう?」
かつての思い出を振り返り、アルは嬉しそうに手を握った。
その手は、あの時と同じように冷たく、
しかし、とても心が温かくなった。
エルフと人間である限り、いつかは必ず別れは訪れるだろう。
寿命か、それ以外か、必ずアルはアルファルを置いて逝くだろう。
だが、それは『今』ではない。
今はまだ、二人で並んで歩くことが出来るのだ。




