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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第百一話


「オオ…オオオオオオオオ…!」


ニドヘグの肉体が崩れていく。


神にも等しい力を持った存在が崩壊する。


「………」


その崩壊に合わせ、振り続けていた雹が止まった。


帝国全土を覆っていた雲も、段々と薄れていく。


創世術式『ニドヘグ』が消えようとしているのだ。


「…赦、さん…赦さんぞ…」


怨嗟の声を上げながらニドヘグが壊れた右腕をアルへ向けた。


メキメキと音を発てて、そこから深緑色の玉石が顔を出す。


「種子か…!」


「この…虫けら風情がァァァァァ…!」


叫び声と共に、種子が射出された。


矢のような速度で放たれた種子は、そのまま目の前に立つアルの胸を射抜く。


「が…あ…!」


種子の突き刺さった場所から全身に陣が刻まれていく。


『油断したな…! これで貴様の肉体は我が依り代だ!』


アルの脳内にニドヘグの嘲笑が響く。


肉体を侵食される悍ましい感覚を味わい、アルは自身の胸を抑えた。


植物が根を張るように取り憑いた種子を握り締める。


「―――そう来ると、思ったぜ…」


『な、に…?』


それを逃がさないように握り締めながら、アルは後ろを振り返った。


「レヴァン! 俺ごとコイツを焼き払え!」


「…! 了解だ!」


一瞬迷った後、納得したようにレヴァンは強く頷いた。


巨人から降りたレヴァンの右腕から炎が生み出される。


『馬鹿な…! やめろ、やめろ…! 貴様、道連れにする気か…!』


「…やけに焦っているじゃないか、ニドヘグ。ファフニールの時やアンドヴァリの時は死ぬことを恐れていなかったのに」


焦るニドヘグを馬鹿にするようにアルは笑みを浮かべた。


レヴァンから炎が放たれるが、アルはそれを恐れている様子はない。


『…我は魔術だ! 術式だ! 死の概念などない! 貴様の行為には何の意味もないと何故分からない!』


このままではどこか不都合があるかのようにニドヘグは叫ぶ。


魔術に死の概念はない。


発動する誰かがいる限り、何度でも復活できる筈である。


そこまで考えて、アルはようやく理解した。


「…ああ、そうか。種子が壊れてしまったら『使用者』はいなくなるな」


『―――ッ!』


ニドヘグは生まれて初めて恐怖した。


魔術に死はないが、使う者がいなくなった魔術はこの世から忘れ去られ、消滅する。


ニドヘグと言う名の術式は二度とこの世界に存在出来なくなる。


『やめろ…! 我には使命がある! 存在の理由がある! こんな所で消える訳には…!』


「失せろ、寄生虫。もう誰もお前を呼ぶ者はいない」


別れの言葉を告げ、アルは腕を広げた。


既に炎は目の前に迫っていた。


『待っ…』


最期の言葉は届かず、アルの身体は炎に包まれた。


アルの全身を黒い炎は焼き尽くし、浮かび上がった陣が消えていく。


完全に焼け焦げた種子が砕け、炭となって消えた。


「…信じてたぜ。レヴァン」


「よく言う。俺がいなかったらどうするつもりだったのだ」


「その時は取り憑かれる前に地中にでも封印したさ」


炎を振り払いながらアルは薄い笑みを浮かべた。


その身体には火傷一つない。


レヴァンの炎は敵対者のみを焼き尽くす。


身体に取り憑いた種子のみを焼き払うのは容易かった。


「つーか、よく間に合ったな。タイミング良すぎるだろう」


「…巨人ムスペルの肩に乗って飛んできた。正直、もう二度としたくないぞ」


ぐったりとした様子でレヴァンは言った。


焔の巨人に乗ればアルの騎馬を超える速度が出せるだろうが、魔力消耗が尋常じゃなかった。


ノーブルからアールヴの森までの大飛行だ。


途中で魔力が尽きると何度思ったことか。


「それは大変だったな………さて」


アルは気を取り直すように視線を前へ向けた。


ドロドロに溶けたニドヘグの肉体からヴェルンドの肉体が吐き出される。


否、種子の構成していた部分が溶け落ちて、元の肉体に戻ったのだ。


「まだ続けるつもりか?」


「…当然、でしょう」


息も絶え絶えになりながらヴェルンドはアルを睨みつけた。


「俺にはもう、コレしか残っていない…」


地面に這い蹲るヴェルンドの影から泥が溢れる。


「こうするしか、無いんですよ!」


ヴェルンドは叫んだ。


親の愛を得られない子供のような、悲嘆の声だった。








『どんな生命にも価値はある。どんな人生にも意味はある。生まれてきてはいけない命など、この世には存在しないんだよ』


十三年前『俺』を地獄から救った騎士は言った。


エルフと人間の血を引く呪われた存在。


そんな自分に生きる価値はあるのか、と言う俺に対する答えだった。


『生きたいように生きると良い。お前の人生なのだからな』


その言葉に、温かい物を感じた。


思えば、それが初めて得た愛情と言う物だったのかもしれない。


俺はアンドヴァリを本当の父親のように感じていた。


『………』


だが、不安があった。


あの日記、母の言葉が忘れられない。


誰からも愛されずに無残な死を迎えた母。


あんな死に方はしたくない。あんな目には遭いたくない。


その恐怖が俺にはあった。


今のアンドヴァリは受け入れてくれるが、いずれ心変わりしたら?


自分が半分エルフであることが周りの人間にバレたら?


その時も自分を受け入れてくれるだろうか?


俺は人間ではない。


故に、俺は自信が持てなかった。


愛される為、俺に出来ることは全てしたつもりだった。


『………』


アンドヴァリが困っているようだったので、陣の解析を手伝った。


母の日記からエルフ語は理解していた俺には、簡単な作業だった。


喜んで貰えたのは、素直に嬉しかった。


『………』


その一年後、珍しくアンドヴァリに『お願い』をされた。


グリーフ村と言う場所へ向かい、魔術を使って暴れて欲しいと。


騒ぎを起こすだけでいいと言われた。


無論、断る理由などなかった。


アンドヴァリのことは好きだが、他の人間はどうでもいい。


俺はアンドヴァリの期待に応えるべく、グリーフ村へ向かった。


『………』


何故、変装を解いて村に入ったのかは自分でもよく分からない。


もしかしたらアンドヴァリのような人間が他にもいると思いたかったかもしれない。


結果は予想通りだった。


突然現れたエルフに人々が恐怖し、絶望し、憤怒した。


化物と罵りながら向かってくる者達を見て、やはり自分のような者を受け入れるのはアンドヴァリだけなのだと強く思った。


『…森に?』


グリーフ村を衝動的に滅ぼしたことで戦闘能力を評価されたのか、アンドヴァリは重要な任務を俺に任せてくれた。


アールヴの森にはエルフの張った大結界がある。


それがある限り、人間はエルフに手出しできない。


だからそれを『内側』から壊して欲しいと言うのだ。


俺はハーフエルフだ。


半分のエルフの血を使えば、あの結界を通り抜けることが出来るかもしれない。


俺にしか出来ない任務だ。


俺は当然のように了承した。


それが間違いだったのかもしれない、と今は思っている。

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