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夜の子。

テンバール城の中枢では、集まった面々が一斉にエレンを見ていた。その中で臆しもせず、堂々とエレンは椅子から降りて淑女の礼をする。


「初めまして、リュール様。わたくし、エレン・ヴァンクライフトと申します」


「私の娘だよ。可愛いだろう?」


エレンの紹介に被せるように、横からちゃっかりと自慢をするロヴェルに少しばかりエレンの眉が寄った。更にロヴェルは「私の娘に近寄るなよ」とリュールに釘を刺すのも忘れない。

エレンが黙っててと言わんばかりに抗議の目線をロヴェルに送るが、当のロヴェルは、何だい? とニコニコと娘を見ているばかりであった。


「え、英雄ロヴェルの娘……?」


驚きで目を見開いていたリュールの腕の中で、ローレがようやくエレンの存在に気付いたらしく、その顔が驚愕に彩られて叫んだ。


「ひ、姫様!?」


「え?」


ローレの顎が外れんばかりに開かれていることにリュールは思わず心配になり、その顎を持ち上げた。


「リュール、そんな事をわらわにしている場合か、この天然がっ!」


「あ、ごめん。顎が外れたのかと思って……」


慌ててローレの顎から手を離す。その隙にローレはリュールの腕の中から逃げ出した。

そんな二人の様子を頭が痛いとばかりにテツが溜息をこぼし、陛下は面白いものが増えたと言わんばかりの目で、にやにやと事の成り行きを見ていた。


「ひ、姫様じゃ……どうすれば……」


リュールの腕の中から逃げ出して床に着地したものの、あたふたとしているローレに大精霊のホーゼが呆れたとこぼした。


「貴様、先ほどまでどこで暴れていたと思っているんだ。運んでやった我を引っ掻くし、城の調度品はめちゃくちゃだ。全く……」


「し、城……?」


ガクガクと震えているローレに、ホーゼがお前が先程までいた場所は精霊城だと教える。

それを聞いて、ローレは目に見えて固まってしまっていた。


「ホーゼ、その辺で」


「はっ、姫様」


「ひ、ひめしゃ……」


カチンコチンに固まってしまったローレは、口が思うように動かないらしい。

だらだらと冷や汗をかいているローレに、エレンは苦笑した。


「姫様っていうのは……」


リュールの疑問に、エレンは母が精霊王なのですと答えると、リュールだけではなく、知らなかった近衛達も皆一様に驚愕した顔をしていた。


「良いか、今聞いた事は他言無用だ」


陛下の言葉に、近衛達は一斉に返事をする。ガディエルは知っていたようで、こちらをじっと見ていた。


「な、なぜ姫様がこんな所へ……ここには呪われた者がおるではありませんか!」


ローレの驚愕した声にエレンがそちらを見ると、目が合ったローレはびくりと背伸びをした。


「その王族を探していたのよ。あなたが見つけてくれたのでしょう?」


「ひ、姫様が呪われた者を……?」


「ホーゼ達から聞いていないの? なぜ探しているのか」


「はっ!?」


ローレはようやく言われた内容から本来の目的を思い出したらしい。

大精霊はヘルグナーの王族が女神の子に手を出そうとしていると憤っていた。まさかという目でエレンを見るローレに、エレンは言った。


「あなた、名は?」


「わ、わらわは夜を司るローレと申しまする!」


とたとたと二足歩行で慌てて近付き、頭を下げて自己紹介するローレにエレンは目を瞬いた。猫ではないその動きに、部屋にいた者達が皆驚いてローレを見つめているのだが本人は気付いていないらしい。

自己紹介を終えると、ローレは額の汗を拭うようにふ~っと片手で額を拭っていた。

慌てすぎて自分が何をやっているのか自覚していないのだろう。


ローレの行動に意識が逸れそうになったが、エレンは思考を戻した。

考えればおかしな話でもある。精霊と契約を結べるのは、純粋な者だけなのだ。

王族争いと血なまぐさい事になれば、精霊は厭って離れる。精霊は純粋に楽しさを求めている者が殆どだった。人間に興味を持つ精霊は殆どがそのタイプだ。


楽しいことを求めているのに、多種族同士の抗争などに力を貸せと言われて納得できる者は少ない。

戦争に荷担する精霊達は、相当に人間との結びつきが強い者達だけであった。

精霊魔法使い同士で戦うことになれば同族争いになるのは当たり前だ。だからこそ精霊魔法使いは少なく、貴重だといわれている。


更にローレと呼ばれている珍しい黒い毛を持つ精霊。ヘルグナー王家の名に組み込まれたその名。唯一、精霊の中でも珍しい存在は話に聞いたことがある。

契約した人間の子孫を、亡くなった後もずっと見守り続けている精霊がいるという話を。


「あなたがヘルグナー王族を守っていた精霊なのね」


「は、はい……」


「あなたヘルグナー国にいたのでしょう? 王様が何を考えているのか、知ってる?」


エレンのストレートな問いかけに、ローレは耳が垂れてしまった。


「申し訳ありませぬ……わらわは12年前にリュールが殺されかけて以来、城には近付いておりませぬ……」


「じゃあ、これまでヘルグナー国には精霊がいなかったということ?」


「……」


ローレの沈黙を肯定だと受け取ったエレンは、何故自分が狙われるのかようやく理解した。

ヴァンクライフト領での話を耳にして、その恩恵を受けようとしたのかもしれない。


ローレの言葉からエレンはこれまでの事を頭の中で整理する。アミエルが見つかったとなれば後は連れ帰るだけなのだが、そんなすんなりと事が運ぶとはどうしても思えなかった。黙り込んで考え込むエレンを、サウヴェルは心配そうにしながら何かあるのかと聞いた。


「いえ、ただ……」


「どうしたのだ?」


サウヴェルの促しに、エレンは口を開いた。


「何か……引っかかるような気がして」


「引っかかる?」


髪の色素が薄い王子が産まれた事を厭って隠した事に憤り、王族から離れたとするならば話は通る気がする。だが、それ以上に何か隠れている気がしてならなかった。

エレンはローレが何かを隠していると察し、じーっとローレを見つめている。

それに気付いたローレは、汗をだらだらとこぼしながら固まっていた。


「あの……余りローレを責めないでやってくれませんか。俺から話しますので……」


ローレを庇うように、近付いてその腕にローレを隠すリュールにエレンは視線を上げる。

エレンがガディエルとそっくりの彼を見つめていると、遠くに座っていたガディエルが何を思ったのか立ち上がり、こちらへと向かってきた。

それに気付いたエレンとローレは、逃げるようにリュールから距離を取った。

ガディエルは少しばかり悲しそうな顔をした。それにエレンが心を痛めないはずが無い。


「リュール殿。ロヴェル殿から言われたばかりでしょう。エレンに近付かないで頂きたい」


「は、はい……?」


どことなく、リュールを見ているガディエルの顔が怖いとエレンは思ってしまう。

ソファーに戻るようにガディエルはリュールを促した。だが、エレンの足下にいたローレはガディエルに負けじと対峙する。


「そなた! 呪われた分際でリュールに近付くな!!」


フシャーと毛を逆立てるローレに、ガディエルは悲しそうな顔をした。


「すまないな……」


そう言ってガディエルはリュールから離れた。するとどうだろうか。ガディエルを包んでいた黒い靄が、うっすらと薄まった気がした。


(……え?)


これにエレンとローレが驚愕の目で見た。気のせいかと思いたかったが、ローレは靄が薄まったことで気付いたらしい。


「リュールと同じ顔かえ!?」


今頃気付いたのかと言われそうだが、ロヴェルが結界を狭めたことで、濃度が濃くなった靄は顔の判別が難しい程に陛下達に纏わり付いていたのだ。

今度こそ顎が外れたんじゃ無いかと思う程、ローレはあんぐりと目と口を開け放っていた。

陛下は見えていなかったのが気になったらしく、ロヴェルに問うた。


「陛下達の呪いは私が結界を狭めたので、こう……一カ所にまとまってしまっていると言いますか、濃度が濃くなってまして。精霊には顔の判別すらできません」


「そ、そうなのか……」


それを聞いた陛下が、少しだけ落ち込んでいる様な気がした。

ガディエルもショックを受けているようで、思わずエレンを見て問うた。


「……エレンにも私の顔は見えていないのか?」


ガディエルが悲しそうに言うので、エレンは思わず言った。


「私は見えていますよ? 父様の血のお陰でしょうか」


「そ、そうか!」


遠回しに伝えると、その理由に納得したらしくガディエルの顔が安心したように綻んだ。それを見たロヴェルの顔が冷めている。


「エレンに顔が見えているからどうしたというのです……?」


冷気を纏うロヴェルの声に、ガディエルの肩がびくりと震える。

これを見た陛下が呆れた。


「なんと心の狭い奴よ」


陛下の言葉は、周囲の者達の心の声を代弁したかのようであった。



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