双女神の予言。
精霊城では暴れていたローレ達がいなくなって、ようやく一息ついていた所だった。
未だ安定していない女王に影響を及ぼしてはならないと、大精霊達が気配を絶つ為の結界を施したりと慌ただしくしていた。
猫だったローレはすばしっこく、捕まえようとした精霊達を引っ掻いたり、棚に置かれた壺を割ったりと、それはもう盛大に暴れていた。
魔法で後片付けをしていた精霊達は、ようやく去った嵐にホッとしていたのも束の間、滅多に現れない女神の気配が二つ現れた事によって、また顔色を青くするのだった。
水鏡で様子を見ていたオリジンは、ローレ達が城にいたことに気付いていなかったので驚いていた。
「あら、うちにいたの?」
周囲を見渡すと結界が施してあったのを思い出す。これの影響で気配を探れなかったのだと納得すると、水鏡に視線を戻そうとした。その時、突如扉が開かれる。そこにいた人物のただならぬ様子に、オリジンは目を瞬かせた。
「お、オリジン様! た、大変です……」
「あら? どうしたの。あなたが慌てるなんて珍しい」
宰相を勤め、ヴァンの父親でもあるヴィントが青い顔をして慌てていた。オリジンは何事かと首を傾げる。ヴィントは怒ると豹変するが、慌てるということは余り無いので大変珍しい事であった。
「双女神がお越しになられました!」
「あら、お姉様達が?」
嬉しそうに顔を綻ばせるオリジンとは対照的に、周囲にいた精霊達もヴィントの言葉に顔を青ざめさせる。その理由は、双女神の自由奔放さにあった。
扉の中央で息を切らしていたヴィントが、突如後ろから、ドンッと押されて踏鞴を踏んだ。
「うわっ」
「オリジンちゃーん! 調子はどうかしら? いきなりだけど遊びに来たわ!」
「あらあら、こんな所に籠もってるの? 結界なんて辛気くさくなーい?」
姿形はそっくり。顔立ちも髪型も体型も、着ている服でさえ同じであった。ただ髪と目の色だけが、金と銀に分かれている双子の女神。
全てを見通すヴォールと、断罪のヴァールだ。ヴォールが金髪で、ヴァールが銀髪である。
髪はオリジンと同じく緩やかなカーブを描き、床に着いてしまいそうな程に長い。オリジンと同じく二人の女神は、やはり姉妹と頷ける程に胸が大きかった。
「な、何をなさるのです! オリジン様の体調を確かめてからと申し上げたはず!」
激怒の片鱗を見せたヴィントを二人の女神が横目で見て、にやりと笑う。
これに嫌な予感を全身に感じたヴィントのみならず、周囲の精霊達まで一瞬で消え去った。
「ちっ、逃げられたわ」
「結界がそのままということは近くにいるわね。どうする?」
「炙り出して遊ぶのも良いけど、まあいいわ。遊ぶより先に用事があるのだもの」
「そうね。そうしましょう」
クスクスと笑っている姉達の姿に、オリジンはほどほどにしてね~と笑っていた。
全てを見通す女神達に楯突けば、恥ずかしい過去をばらされる。これには誰も彼もが弱みを握られていた。
ただ一人、オリジンの夫となったロヴェルだけが、二人の女神と会って過去をばらされようとも平然としていた。
むしろそれを逆手にとってオリジンに請うのだ。こんな愚かな俺でも許してくれるかい? と。
これで二人の世界に入られては二人は遊びようがない。
むしろ存在すら忘れられてしまうので、この手は使えないと双女神にとってロヴェルは強敵であった。
エレンが双女神と会ったことが無かったのは、ロヴェルが娘を玩具にされてたまるかとエレンを隠していたからだった。
ロヴェルはオリジンの力を受け、空間を司る半精霊として生まれ変わっている。
ただ人間の時の身体をそのまま受け継いでいるので、そこまで力があるわけではない。だがエレンに関しては全力で隠すので、双女神達はむしろそこまでするのかと笑っていたのだった。
「どうしたの~? ここに来るなんて滅多に無いのに」
「エレンちゃんが大きくなったら、わたくし達と会わせてくれるって約束だったけど、そうも言ってられなくなったのよぅ」
「あら~?」
首を傾げるオリジンの目の前に、ヴァールがひょいっと差し出したのは、白い猫だった。
「あらあら?」
首の後ろの皮を掴まれ、ぷらーんとされるがままになっている白猫は、真っ青な顔をしていた。
「もしかして昼の子?」
「そうよ、オリジンちゃん。その水鏡の向こうのは夜の子。わたくし達と同じく対の精霊よ」
「お、おひさしぶりでございまする……女王様……」
「あ~! 思い出したわ~! あなたエーレね!」
ぽんっと両手を合わせて喜ぶオリジンに、双女神は溜息を吐いた。
エーレは昼を司る、ローレの半身であった。
「オリジンちゃん、以前、昼の子のお願い叶えちゃったでしょう?」
「そうね、叶えたわ。懐かしいわぁ」
「それがこんなことになっているって、分かってる?」
「あらあら~?」
首を傾げるオリジンに、双女神が同時に溜息を吐いた。
「も、申し訳ございませぬ!! わらわがあんなお願いをしてしまったばかりに……」
泣き出したエーレに、オリジンが目を瞬いた。
「このままではちょっと良くない方向に人間達が向かってしまうのよ。だからエレンちゃんにお願いがあるの」
「あら~……エレンを使うのはロヴェルが許すかしら?」
「許さないも何も、このままだと人間と精霊が敵対してしまうわ」
ヴォールが神妙に言った。それに目を瞬かせていたオリジンは、どういうことかしらと眉根を寄せる。
「人間の信仰は確かに本物だけれど、それは薄い布の様なものでしかないのよ。慕っていた相手に裏切られたと思ったら、その布は容易く引き裂かれるわ」
ヴァールが溜息をこぼす。二人の様子から、ただ事では無い事が起こりうるのだと分かった。
「これを変えてくれるのが、エレンちゃんだけなの」
「……娘に害はないのかしら?」
「それは大丈夫ね。曲がり形にも精霊が大好きだもの、あの男」
「どちらの立場に偏っていても駄目なのよ。エレンちゃんだけよ、あの子ならできる」
ヴォールとヴァールがそう言って頷いた。
オリジンの心配と共に、周辺の魔素が不安定に揺らめいた。
「あらあら」
「まあまあ」
ヴォールとヴァールが周辺を見渡して、オリジンのお腹へと視線をやった。
オリジンも腹を撫でて、落ち着かせるように言った。
「あなたも心配なのね。大丈夫よ、わたくしの娘で、あなたの姉さまなのよ」
ただ、とオリジンは続けた。問題があるとすれば、エレンの周囲にいる過保護な者達の存在だろう。
「荒れるわねぇ……」
こればかりは仕方が無いとオリジンは溜息を吐いた。




