大騒動。
ロヴェルに連れられて城へと転移すると、そこは大騒ぎになっていた。
兵士がばたばたと走り回り、まるで何かを探しているようであった。
「な、なに?」
一体何事かときょろきょろと周囲を見渡すエレンに、大丈夫ですよとカイが安心させる為に笑いかけた。
だが、笑ってはいてもどこか警戒しているのが分かる。不安が消えずにエレンが心配そうにカイを見上げていると、サウヴェルがすっと前へ進み出た。
「見てこよう」
兵士の一人に声をかけると、こちらに気付いた兵士がさっと敬礼をした。
サウヴェルと兵士は何やら話し込んでいる。こちらからは距離があったので、何を話しているのかは聞こえなかった。
「父様、彼女達が見つかったからといって、この騒ぎはおかしくないですか?」
エレンの質問に、ロヴェルはうーんと首を傾げた。
アミエル達の捜索は内密に行われていたはずだ。大精霊から連絡があり、ロヴェルが繋いでこれから王族達との話し合いが行われるはずだったとエレンが確認をすると、何か思い出したのかロヴェルがあっと口を開いた。
「父様?」
「そういえば大精霊が案内役を連れてくると言っていたな」
えっと周囲から驚きの声が上がる。
連絡を繋いでいたロヴェルはこちらにいる。大精霊が得体の知れない人物を急に転移させれば、事情を知らない城の者達は驚くのではないだろうか。
丁度その時、サウヴェルもこちらへ戻ってきた。
「何やら進入者だそうです」
「やっぱり」
「え?」
ロヴェルの返事にサウヴェルが驚いた。
訝しげにしながらも、とりあえず聞き出した内容を伝えた。
「ただ進入者はガディエル殿下が引き入れたようでして……。現在、殿下に事情を聞いているそうです」
「殿下が?」
「あれ? 違った?」
「……兄上は何の話をしているのですか?」
食い違う話に、今度はロヴェルが精霊が案内役を連れてくるという話をしていた。
これにサウヴェルも首を傾げる。
「殿下は精霊に近付けないでしょう。これとは無関係ではありませんか?」
「それもそうだな」
「とりあえず進入者は兵士に任せて、我々は陛下の元へと向かいましょう」
「結界を張れば、まあ大丈夫か」
ロヴェル達はこんな時に殿下は何をしているんだと呆れていた。
しかしエレンは何か引っかかったのか、首を傾げたまま黙り込んでいる。
エレン、おいでとロヴェルに促され、エレンは顔を上げた。
隣に立つと、ひょいっとロヴェルに抱えられた。
「陛下の所まで転移しよう。行くぞ」
瞬きをしている間に一瞬で視界が変わる。
急に現れたロヴェルにいつもなら驚く近衛達は、突然の登場に慣れたのか驚かなかった。
もしかすると事前に来ると伝えてあったのかもしれない。
ロヴェルの腕から下りて、エレンは陛下に挨拶をする。
するとソファーに座って、驚いてこちらを見ているガディエルが目に入り、エレン達は固まった。
「……陛下、その方は誰ですか?」
エレンの一言で、部屋の空気が一瞬にして凍ったのが分かった。
「エレン、その方とは誰のことだ?」
緊迫した空気の中、エレンは訝しげな顔をしてガディエルそっくりな顔をした男に目をやった。
「貴方、誰ですか?」
その言葉に周囲の近衛達から殺気が迸る。一瞬で男の周囲を近衛達が取り囲んで剣を向けた。
これにガディエルそっくりな男が慌てて声を上げた。
「だから! 先ほどから違うと申し上げているではありませんか!!」
「……お前、ガディエルではないと?」
陛下の珍しく驚いた顔が見れた。
まじまじと男を見て、陛下は首を傾げる。
「なんだ、私の隠し子か?」
「陛下、冗談では済まされませんぞ!!」
「冗談も通じないとは……」
肩を竦めてやれやれと溜息を吐く陛下に、周囲の近衛達が慌てていた。
得体の知れない者が国の中枢に入り込んでいたと分かったのだ。もっと緊迫な状況の筈であるのにも関わらず、陛下は何を思ってかいつもと調子が変わらない。
「しかしそっくりだな。エレン、何故分かった?」
「その方、呪われておりません」
「……そうか」
では私の子では無いな、と残念がる陛下に、近衛達は安堵の溜息を吐いていた。
「で、お前は誰だ?」
面白そうに問うロヴェルではあったが、その目は笑っていなかった。
男はそれを見て、ごくりと唾液を飲み込んでからソファーから立って一礼した。その仕草からは貴族の教育を受けた者だと直ぐに分かった。
「私の名前はユイ……いえ、昔はこう呼ばれておりました。"ヘルグナー・ローレ・リュール"」
ヘルグナーという言葉を聞いて、部屋の温度が下がった気がした。
「リュール……。聞いたことがある。色が薄い王子が産まれ、十数年前に事故で亡くなったと。それがどうしてこんな所にいるのかな?」
「私は……」
言い淀むリュールに、陛下はエレンに面白そうに問いかけた。
「エレン、どう見る?」
どうして私に? といわんばかりの顔つきであったエレンに、リュールもそちらを見た。
お互い目が合った。暫く見つめ合うが、エレンが先に口を開いた。
昔、ロヴェルからこの世界の事を習っていた。
この国の状況。周囲の国々。精霊とは。人間とは。それらをパズルの様に組み合わせる。
隣の国は他の国々とは違い、黒い髪を神聖視している。
その黒い謂われは夜を司る精霊からきていた。そしてこの国の成り立ち。元は祖を同じとする王族達。
「あなたが案内役の人なのね」
「え?」
「父様が言っていたわ。大精霊が案内役を連れてくるって」
「は、はい。そうです!」
「……これが案内役?」
陛下の顔は何故だと言わんばかりに眉間に皺が寄っていた。
「あなたは死んだことになっていたのでしょう? 名前を変えてまで隠れていたのに、どうしてこの場にいるのか。自分の生まれた故郷の状況を精霊から聞いて、動かずにはいられなかったのでは?」
「……どうして」
「死んだことになっている王子の存在。表に出てこないその理由。精霊と懇意にしているみたいですし……その髪色で、隣の国で生活するのは……」
「…………」
エレンは最後まで言えなかった。
黒髪を神聖視している王族から、色の抜けた王子が生まれる。誇りが高ければ高いほど、身内の恥だと隠すだろう。
隠匿された王子の存在。亡きものとして扱われている現在。名前を変えて、隠れて生きていた王子。
これが良い状況であるはずがなかった。
目を見開いて驚いているリュールに、陛下はそれが事故の原因かな、と笑って言った。
それを聞いたリュールは唇を噛んだ。昔の事を思い出したのか、拳が握られて震えている。
丁度その時、外から騒がしい声がした。
この声はとエレンが顔を上げると、突如ばたんと扉が開く。
「陛下! どうしてこの様な……え?」
近衛達に連れられて、憤ったガディエルがいた。
しかし、部屋の中にいた人物を目にして固まった。
事情を知らなかったガディエルを連れてきた近衛達も、ガディエルとリュールを交互に見て、目と口をあんぐりと開けていた。
「……私?」
「え……そんな……」
ガディエルとリュールがまじまじと互いを凝視していた。
これを見て、陛下が楽しそうに笑う。
「これはいいな。ガディエル、一緒に並ぶがいい」
「えっ、ちょっと、どういうことですか!? 誰なのです!?」
混乱しているガディエルとリュールが互いに並ぶと、双子の様にそっくりだった。
「そっくりだな……」
「ここまで似ているとは……しかし、こうして並ぶと流石に分かりますな」
ガディエルは知的で気品に溢れている。それとは違って、リュールはどこか野生的だ。
ふむふむと周囲が二人を見比べていると、それに耐えきれなくなったのか、ガディエルがリュールの方を向いて叫んだ。
「貴様、父上の隠し子か!?」
これを聞いた陛下が大笑いをしている。
慌てて違います! と言い返しているリュールを見て、エレン達は取り越し苦労だったと疲れた溜息を吐くのだった。




