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発端。

彼等の告白に、ユイの思考は真っ白になっていた。

人だと思っていたテツが精霊だという。

更に黒猫だと思っていた彼女が喋っている。ユイは動揺し過ぎてどう言葉にしていいものか分からずに、口だけが意味も無くぱくぱくと動いていた。


「……驚かれるのも無理はありません。俺はローレ様の力で人間に変化してユイ様のお側でずっと過ごしておりました」


「ローレ……」


「そう。わらわの名は過去に王族の名に組み込まれておる。リュールの名にもあるじゃろう?」


「ヘルグナー・ローレ・リュール……」


昔、彼女の名を人前で口にしてはいけないと両親から口を酸っぱくして言われていた。

彼女は家名から名付けられた猫だと思いこんでいた。なぜ人前で言ってはならない名を付けたのかと不可思議には思っていた。

隣にいたテツも口を酸っぱくして言うので、いつの間にか「君」とか「彼女」と呼んでいた。

それがいつの間にか当たり前になっていて、疑問に思うことも無くなっていた。


「精霊……? だって、俺の髪は……」


「髪色などわらわは気になどせん。……あやつがな、わらわの毛色が好きだったのじゃ」


「あやつ?」


ユイが誰のことだと問うと、テツがヘルグナーの初代王ですと教えてくれた。


「どちらかといえば精霊は総じて色が薄い。わらわのは夜を象徴する色。姉様は昼の精霊で真っ白な毛。わらわ達は二つで一つの存在じゃったのに、なぜか皆、姉様ばかりを尊んだ……」


昔を思い出して悲しくなってしまったのか、ローレが俯く。その耳は垂れていた。

そんな時に出会った初代の王。嫌がるローレに構わず、目が合えば可愛い可愛いと追いかけ回された思い出。

顔や手を何度も引っかいた事もある。それなのに、嫌な顔など全くせずにいつも嬉しそうに笑っていた。

次第に絆されたローレは、初代の王と契約し、ずっと側にいた。

初代の王のその見た目だけではなく、笑い方も、その髪の色も、とてもリュールにそっくりだった。



この国はローレに肖って黒が尊いとされていた。

それは初代の王が、黒猫であるローレを愛していたからに他ならない。

ローレは初代の王が身まかる際に約束し、その子孫をずっと見守ってきた。精霊に愛された国は繁栄する。その恩恵を受け続けた王族は、次第に伴侶にはブルネットの髪色を選び、黒髪が尊いとまでされていった。

自分と同じ色を喜んでくれる王族が可愛くないはずがない。

ローレはずっと、王族を愛しく見守っていた。




しかし、リュールが産まれたことで状況は一変した。


黒髪の両親から産まれた金髪の男児。妻が不貞を働いたのかと、その場は騒然となったがローレは気付いた。

リュールは余りにも初代の王そのままだった。産まれたばかりの赤子の姿形がという意味ではなく、その魂が初代の王だったのだ。

時代を超えて、再び巡り会えた事にローレは嬉しくて泣いた。

産まれたばかりの赤子に、初代の王と同じ名前を授けたのはローレだ。


精霊の怒りを買うとばかり思われていた赤子は精霊に愛された。赤子から片時も離れないローレに周囲は困惑した。

その意志を伝えたのが、リュールの母親とたまたま契約していた、ローレの眷属である影の精霊・ティオーツだったのだ。


しかし、根付いた黒髪の信仰は直ぐには変えられない。

既に一部の貴族からは、産まれた子が金髪だった故に反感を持っている。リュールはこの国を裏切った一族の色と同じであった。

更にリュールが育っていくにつれ、テンバールの王族とそっくりだという噂が流れた。


祖が同じなのだからリュールが先祖返りだとすれば理解出来る事であったが、テンバールの王族はその時、200年ほど精霊と契約出来た者がいなかった。

リュールはそれと同じく、精霊の庇護が消えてしまう前兆ではないかと噂されていった。



先代の王は、リュールを守るために母親と共に辺境の屋敷へと隠す。

その時もローレはリュールを守るために付きっきりでいた。

王都からローレの姿が無くなれば、リュールの立場が尚の事悪くなると、先代の王は何とか説き伏せてローレに王都になるべくいてくれとお願いする。

その間、ティオーツを人化させてリュールの護衛に当てた。


先代の王は今後の事も踏まえて第一王子であったデュランにだけは事の真相を話した。

共にリュールを守ること。それがローレの意志だという事。



しかし、それこそが悲劇の始まりだったのだ。



***



ローレの説明に、ユイは頭を抱えていた。

これまでの出来事の裏側を聞かされて、冷静でいられるはずがない。

そもそも、この髪色のせいで疎まれていたのだと思っていた。


「初代王と魂が同じだと言われても……」


自分は自分だ、そんな記憶など全く無いのだから、自覚など出来る訳がない。


「同じだからそうであれなどという事では無い。リュールはリュールなのじゃから」


「ローレ……」


「じゃが、リュールがわらわに構う度に、わらわは嬉しかったのじゃ……」


しゅんと落ち込んで耳が垂れているローレに、ユイは困ってしまった。

ユイだって彼女が愛おしい。その気持ちは自分の気持ちなのだから、嘘偽りなど無い。

ただ、初代王と同じ姿形で同じ名前というのは、何だか胸中に蟠っていた。



この国の思想から反した自分の髪色のせいで迫害されてきたのだと思っていた。

この髪色で産まれたかったわけじゃない。それは自分にはどうすることも出来ないし、他の国ではむしろ金髪である方が羨ましがられている。


両親が自分を愛してくれていたのは分かっていた。

兄の所業は赦せるものでは無かったが、かといって反旗を翻した所で、この髪色の自分に付いてきてくれる者などいないのも分かっていた。

あの屋敷で生き残ったのは、まさしく自分と、テツとローレだけだったのだ。


彼女の愛を一身に受けてしまったが故に兄の暴挙が起きたのだと知ったが、彼女を責められるはずがない。


「精霊としての俺は、余り力はありません。ローレ様からお力をお借りしてこの姿になっているだけなのです」


「わらわも大精霊の様な力は姉様がいないと出せない。わらわは二つで一つなのじゃ。じゃから、お主しか助けられなかった……」


「ローレ、テツ……」


二人が必死に助けてくれたのは分かっていた。テツとローレがいなければ、生き残ったとしても肉体的にも精神的にも病んでいただろう。彼等のお陰で、今こうしていられるのだ。

それだけユイの身を案じている二人に、テンバールの王族を助けに行くなど、再度言えるはずがなかった。

自分の味方は、この二人しかいないのだ。


「……君達が近付けないってどういうことなんだ?」


「テンバールの王族は、精霊を虐殺した過去があります。その時に殺された精霊達の魂が、彼等に呪いとしてまとわりついているのです」


「魂達の叫びが、わらわ達を狂わせるのじゃ」


「狂わせる……」


「呪われた者に近付けば、我等は正気ではいられなくなる」


「そんな……。では、どうすれば? このまま戦争が起きるのを黙って見ていろというのか?」


頭を抱えるユイに、ローレが言った。


「それには及ばん。既にこの国の上空には、数百の大精霊達が呪われた者を探しておった。わらわが居場所を伝えよう」


「数百の、大精霊……?」


ローレの言葉に、ユイとテツが呆然としていた。

ローレは溜息混じりに事情を説明した。この国の王は、呪われた者と共謀して精霊達の宝に手を出そうとしたことを。


「精霊の宝!? なんと大それた事を……」


「兄上……」


「逆らってはならん。精霊達の宝とは女神の子。この世界を生んだ全ての母の子に、奴らは手を出そうとしたのじゃ。大精霊達は怒っておる。一瞬でこの国を消し去りたいと衝動を抑えながら呪われた者を探しておったのじゃ……」


恐ろしさを思い出したローレがぶるりとその身を振るわせた。これにユイとテツも青ざめる。

しかし己の身内が大それた事をしたのだと思えば、その身内が謝罪するのは当然ではないだろうか。

上の者が行った事に巻き込まれるのはいつも民なのだ。


一緒に住んでいた騎士や召使い、メイド達。

皆、自分を守って容赦なく殺されてしまった。


「……ローレ、俺も大精霊の元へ連れてってくれないか」


「ユイ様!?」


「なんじゃと?」


「兄上の行いが原因だとすれば、血が繋がっている俺にも責任はあるだろう。それで少なくとも民が助かれば。俺に出来ることがあるなら……今度は逃げずに前を向くよ」


「リュール……」


民のために。

笑顔でそう言ったリュールの顔が、昔の友の顔と重なった。



ああ、やっぱりリュールだとローレは思うのだった。




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