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村に現れた者達。

その日、ファーオ村の様子が朝からおかしかった。

ひそひそと村人達が井戸を囲んで話をしている。いつもならば噂話に花を咲かせているのは殆どが女達だったが、今日は何やら男達も声を潜めて話をしている。

何だかいつもと違う村の雰囲気に、ユイは首を傾げた。


「何かあったんでしょうか?」


横にいたテツも怪訝な顔をしていた。だが、首を突っ込んで話の長い女性陣達に捕まれば、鍛冶屋に顔を出す予定の時間に遅れてしまうだろう。

なるべく捕まらないように、昼のパンを買うためにパン屋へと急ぐ。するとパン屋の前で人だかりができていた。

一体何事かと眉間に皺を寄せていると、女性達の会話が耳に入ってきた。


「……じゃあ、パンもお肉も買えないというの?」


「困ったわ……」


話し合っている内容から察すると、どうも何かあったらしく、店で物が買えないという事態になっているらしい。


山々に囲まれたこの村の規模は小さい。パン屋や肉屋は村に一つずつしかない。その店で皆が一日のパンを買うというのに、朝から売れない状態になっているという事は、かなり一大事だった。

こういう事態になる場合、パン屋の亭主は前もって話してくれるだろう。という事は、かなり急な話だったに違いない。


事情を聞こうにも、皆一様に店からかなり距離を置いて見ている。

近付けない何かがあるのかと人垣から身を乗り出して店を覗こうとすると、何かに気付いたテツが慌ててユイの腕を掴んだ。


(いけません、ユイ様! こちらへ!!)


腕を掴まれて引き寄せられる。テツの背後に隠されてユイは何事かと目を丸くしていた。

よく周囲を見れば、パン屋から誰か出てきたらしい。周囲もひそひそと話しながらも、そちらへと目を向けて眉をしかめている。

店から出てきた彼等が一目見てどういう人達か分かった。貴族だ。

確かに貴族相手ならば文句を言いたくも言えない事情が分かった。更に肉屋も同等に貴族に買い占められているらしい。


(どうなっている?)


(分かりません。ひとまず家に戻りましょう。このままでは鍛冶屋にも奴等がいるかもしれません)


ユイとテツは互いに頷き合うと、すっと身を潜ませて裏路地を通り帰宅する。

窓とカーテンを閉め、出かけている風を装った。


「なぜ奴等がこんな町に……?」


「鍛冶屋に注文の品を受け取りに来たにしては早すぎます。それにパンや肉を買い占めているとは……」


「……なんだ?」


黙り込むテツにユイは訝しげな顔をした。

テツは黙り込んだまま、何かずっと考え込んでいる。

そういえば、最近では王都の方でも何やら雲行きが怪しい事を思い出した。恐らく、その辺りの何かが関係しているのかもしれない。


彼女にも最近会えていない。昔から彼女に会えないと、何だかよくない事が起きるような気がしてならなかった。


「嫌な予感がします」


「奇遇だな。俺もだよ」


ユイが肩をすくてみせ、困ったなと溜息を吐いた。



ここは小さな村ではあったが、国の端にあるにしては人は多く住んでいた。

緑豊かで穏やかなこの村は農業や林業が盛んで、木材を使った工芸品を主に生業としていた。

ユイ達がお世話になっている鍛冶屋の親父は、豊富な木材で火を焚き、鉄を打って武器のみならず、ナイフや矢じり、包丁、物を焼く為の鉄板なども作っていた。武器に関してはその道では有名であり、弟子入りしたいと門を叩く者も多い。

武器を目当てに貴族が押し掛けて来たというのであれば理解できるが、それにしては様子がおかしい。


「まさか……」


「いえ、ちょっと違う気がします。それならば真っ先にこちらへ刺客を寄越してくるでしょう」


「……そうだよな」


昔のことを思い出し、ユイの表情が陰るのが分かった。

テツはその事に気付いてはいたが、あえて気付かない振りをして、隠し棚から様々なナイフを取り出して身に着けていった。


「テツ……」


「偵察してきます。ユイ様は地下へ」


「……分かった」


何かあったときの約束だ。テツに任せきりにさせてしまう自分の不甲斐なさにユイはすまないと囁くことしか出来なかった。

そんな時、扉をカリカリと掻く音がした。この音は彼女だった。


テツが慣れた手つきで少しだけ扉を開くとひらりと黒いものが入ってきた。

彼女を目にして、ユイの顔がみるみる嬉しそうになった。


「今までどこにいたんだい?」


ユイの言葉に返事をするように、なぁ~と鳴く彼女は、珍しく甘えるようにユイの足に擦り寄った。

不断、触らせもしない彼女が珍しく、まるで撫でてもいいのよと言わんばかりに尻尾をユイの足に絡めて催促をしている。これにユイの顔が破顔した。


「ユイ様、彼女と地下にいてくれますか?」


「ああ、分かった。テツ、気をつけてくれよ」


「はい。それでは行って参ります」


音も立てずに出ていくテツを見送って、ユイは扉の鍵を閉めた。

そして隠し扉を開くと、そこには地下へと続く階段が現れる。

彼女がひらりと地下へと降りていった。光がない暗い階段をものともせずに降りていく彼女にユイは慌ててランプを用意する。

戸締まりを確認し、ユイは戸棚から果物を取って階段を下りていった。



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