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過去に交わした約束。

ラスエルが興味津々に黒鉛ペンを弄っていた横で、陛下が見逃さないとばかりにエレンに言った。


「ところでエレン。先ほどの企みとは何だ? 良かったら教えてくれないか?」


にっこりと笑ってはいるが、目だけは笑っていなかった。

ガディエルには話が分からず、何のことだと首を傾げていた。

エレンは内心で溜息を吐く。もしかすると予想以上に大事になってしまうかもしれない。とりあえず白々しくも、返事だけはしておいた。


「……何も企んでなどおりません」


「そんなつもりなどないのだろうがな。エレンが動くと国が動く」


くっくっくと笑う陛下の言葉に、ガディエル達はハッとした顔をしてこちらを見た。

ロヴェル達は眉間に皺を寄せている。何やら先ほどの空気から一変して、何だか雲行きが怪しくなってきた。


「これが売れるかと言ったな。ヴァンクライフト家の事業として売るための手段を考えていたのだろう? ならば、その相手は我々というのはどうだ?」


陛下の言葉にエレンは考え込む。そして何やら思いついた顔をした。その反応を見て陛下は笑う。

エレンの思いつきのタイミングを逃さず、ラヴィスエルはヴァンクライフト家の事業に王族も一枚噛ませろと言っているのだ。


「王族の箔が付けば……」


ぼそりと言ったエレンの言葉にガディエルやロヴェルが何のことだと驚く。

しかし陛下だけが意味を理解して笑っていた。エレンの考えの向かう先は、やはり国が動く規模のものだろう。


「でも、まだ叔父様とも話し合ってませんし……」


「ここで話してからでも遅くないだろう? それが上手くいくか、私の意見を聞く価値は無いだろうか?」


「…………」


考え込んでいるエレンに、ロヴェルが大丈夫なのかと心配して声をかけた。

娘が一体何を考えているのか、その規模が全く計れないのだ。

ただ領地を巻き込む規模であることは確かのようであった。


「……この黒鉛ペンを売るための市場を考えていました」


「市場?」


ガディエルの疑問に答えるように、エレンは言った。


「物を作っても、それが使われなければ需要はありません。需要がなければ売れない。だったら、需要すらも作れないかと」


「え、エレン……?」


自分の娘は何を言っているんだとロヴェルは目を瞬く。ガディエル達も目を点にしていた。

しかし陛下はエレンの言葉に嬉しさを隠しきれないらしく、気持ち悪いほどの笑顔を振りまいている。


「そうか。それで? どうするんだ?」


「陛下、蜂蜜と蜜蝋の供給を優先的にヴァンクライフトへ回すことは出来ますか?」


「ほう……?」


「なるべく自領土内でも養蜂はしたいのですが、何かあった時のために外部からも供給が欲しいのです」


「良いだろう。話してみろ」


「我が領土は治療技術が進んでいます」


「それは知っているが……それとこのペンと蜂が何かあるのか?」


ガディエルがエレンの言葉に首を傾げながらも問うと、エレンはありますと答えた。


「それは書く為の道具。木炭の代わりとなるように、画材になるのです」


「ほう……? それと治療が関係するのか?」


「はい。病気を克服しても寝たきりだった身体は以前の様に動きません。だから身体を以前の状態に戻す為の運動をリハビリと言いまして、我が院ではそれを患者さん達に指導しています」


「ほう」


「それを使ってものを描くことで、手の運動、頭の運動、そして心の治療に使おうかと……」


「……心の治療?」


「怪我や病気をした人は、悲しんでいる人が多いんです。家族のために働かなくてはいけないのに働けない。動きたいのに動けない。職人は大事にしていた腕を怪我して絶望する人もいます。そんな人達の心を、薬を使わずに癒す試みをセラピーと言います」


「せらぴー……?」


「患者さんに無理のない範囲でリハビリの一環として絵を描かせたり、何か作らせたりするんです。そのペンはその道具となります。綺麗な絵が描けたら、我がヴァンクライフト家が買い取る。病気の治療をしながらお金が少しでも稼げたら、患者さんは喜んでくれるかなって思って……」


エレンがそんな事を考えていたなど思いもしなかったらしい。

ロヴェルだけではなく、陛下達もまた目を丸くしていた。


「……我が領土は小麦の栽培も盛んです。お菓子を作る際に蜂蜜は必要になります。他にも蜜蝋は薬になるし、画材を作るための材料にもなるんです。だから、沢山欲しいです」


「蜜蝋が薬!?」


蜜蝋はいわば蝋燭の元である。あれが薬になるなど思いもしなかったらしい。


「塗り薬も作れます。手荒れや傷に使えるんです」


「薬か。それは是非とも売って欲しいな」


「エレン、まさかそれも……?」


「この塗り薬は単純な作業で作れたりします。治療師はいつも人手不足です。薬を混ぜたりするだけで、さほど身体に負担にならずお金が稼げるなら。それを治療費に当てる事もできる。……治療を受けたいけれどお金が無くて受けれない。そう言いつつも、助かる望みが捨てられなくて領土に来る方も多いのです……」


その者達が起こす犯罪が増えている事に、サウヴェルは頭を抱えていた。その問題が少しでも改善できればと思ったのだ。


「薬や出来上がった絵を陛下のお墨付きを貰って王都に限定して流せば、箔が付く上に王都の物流が動きます。そして稼いだお金で王都で材料を買い、また手伝って貰ってお金を支払う。その繰り返しだけでも、お金が動いてくれるかなって……」


需要と供給の場を作り上げて流通させる方法をエレンはものの数分の内に考えていたらしい。

余りの規模の大きさにガディエル達は目を白黒させていた。

予想以上の答えが返ってきたと陛下は笑っている。


「良いだろう。ロヴェル、弟にエレンの案をそのまま採用するように伝えろ。そしてその取引相手はガディエルだ」


「へ、陛下!?」


驚いたガディエルの声が部屋に響く。陛下は笑いながら、これも勉強になるだろうと息子に任せると言った。


ガディエルは暫く目を瞬いていたが、陛下から何か耳打ちをされて、ハッとエレンを見た。

エレンは首を傾げるばかりだが、ガディエルは直ぐに何か決意したらしい。

にっこりと笑ってエレンに言った。


「エレン、良かったら私と一緒にそれを実現させないか?」


「え?」


「約束しただろう。君の信頼を少しずつでも得ることが出来たら私と話をしてくれると。今、その機会をくれないか」


「あ……」


二年前、二人でこっそり会ったあの時の約束だ。

エレンが驚いていると、隣にいたロヴェルが叫んだ。


「エレン!? い、いいいいつの間にそんな約束をォッ!?」


「え、エレン様!?」


背後にいたカイまで驚いている。こっそり会いに行ったことを皆の前でばらされて、エレンの顔がほんのり赤くなった。


「ど、どうしてここでばらしちゃうの!?」


「あ……しまった。私と君との秘密だったか。確かにふたりっきりで約束してしまったから……」


「あ、兄上……まさかこっそりそんな事を……」


「ほう?」


にやにやと笑っている陛下と呆れているラスエルの態度を目の当たりにして、エレンは顔が真っ赤になってしまった。

この世界では未婚の貴族の男女が二人きりで会うなどあってはならない事だった。


「ち、ちが……」


「違うのか? 約束してくれただろう?」


「し、したけど! あ、そうじゃなくて……!!」


あわあわと慌てているエレンにガディエルが嬉しそうに微笑んでいると、ふとエレンの隣と背後から冷気が漂ってきて、エレンの顔が赤から青へと変化した。


「ほう……? どうやって娘に会ったのかしらないけれど、そんな約束をこそこそとしていたとは驚きだ……」


「エレン様……俺という護衛がいながらお声をかけて下さらなかったのですか……? 何かあったらどうするのです……?」


これはまずい展開だとエレンは慌てる。

どう言い訳しようかとエレンは思考をぐるぐると回していると、回しすぎて目が回ってくるような錯覚さえした。


「エレンがこっそり会いに来てくれたんだ。嬉しかったよ」


ガディエルの爆弾発言が続く。やめてと叫んでその口を塞ぎたいが、呪いのせいで近づけないのでどうすることも出来なかった。


「エレン……どういうことかな?」


ロヴェルの声色がとてつもなく低い。

エレンは溜息を吐いて、過去の自分の軽率な行動を呪ったのだった。



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