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弟さんの登場と、じいじの暴走。

ロヴェルは冷えた目でアギエル達を見ていると、外から慌てた男の声が聞こえてきた。


「兄上が戻られたと聞いたが!」


玄関ホールに飛び込んできた男は大柄な体格の男であった。髭を生やしたその姿はロヴェルの父の面影と重なる。


「……サウヴェルか? 父上とそっくりになったな」


振り向いて歓迎するロヴェルを目にしたサウヴェルが言葉を詰まらせる。


「なんと……兄上……そのお姿は……」


「息災で何よりだ。ずっと留守にしていて済まなかったな。苦労をかけた」


「ああ……兄上」


大柄な弟の肩を抱きしめ、その丸めた背中を愛おしく叩く。身長はいつの間にか弟に抜かれていたようだ。10年という月日を感じてしまった。


感動の再会であったのに、この二人を引き裂く場違いな甲高い声がした。


「ああサウヴェル、良い所に!! さっさとわたくしと離婚して頂戴!!」


アギエルの言葉に周囲のメイド達がざわめいた。


「……お前は相変わらず酷いな」


アギエルを目にしたサウヴェルは眉間に皺を寄せて睨む。


「また家の金を勝手に使ったのか。何度言えばお前のその頭は分かるんだ!! その金は民のための金だと!!」


「何を言うの、これぐらい普通じゃないの! わたくしが着飾らないとこの家は舐められておしまいなのよ!? むしろ使ってあげているのよ、感謝して欲しいくらいだわ!!」


使用人の前で当たり前の様に言い合いを始める二人をロヴェルは冷静に観察していた。

二人の言い合いは日常茶飯事なのだろう。使用人は居たたまれないと思っている様ではあったが、どこか慣れている感じがしていた。


子供には何の咎も無いと思っていたが、アギエルの教育が行き届いているのか、弟を蔑んだ目で見ている。それならばアギエルと同罪だとロヴェルは慈悲を捨てることにした。


「サウヴェル、アギエル。家の恥をひけらかすな。後にしろ」


「兄上!」


「まあ! 流石ロヴェル様ね、わたくしの事を理解して下さっているのよ」


「これに何を言っても無駄だ。理解できる脳を持ち合わせていないのだから」


ロヴェルの言葉にサウヴェルはその通りだったと溜息を吐く。

アギエルは自分の事だと思いもしないらしく、勝ち誇った顔をして喜んでいた。その自己中心的な思考でロヴェルがアギエルの肩を持ったと解釈しているのだろう。


「サウヴェル、話がある」


「あ、兄上……」


「ローレン、俺は明日、城へと向かう。先触れを出しておいてくれ。それから司法局にも」


ローレンと呼ばれた執事は腰を折って承りましたと返事をした。


「兄上、司法局とは……」


「お前の離婚手続きだ。アギエルはそれを望んでいる」


息を飲むサウヴェルの横では、嬉しそうに歓声を上げるアギエルがいた。

司法局とは教会とはまた別の組織である。問題が生じた際、魔法で承認した儀式の断絶などを法に基づいて判断を下す場だ。結婚は神への宣言となるため教会が行うが、離婚は司法局となる。

ただ離婚する際、その原因となった者には神への誓いを破った者としての裁きが行われる。


「明日、お前達は司法局へと行くのだ。俺が立ち会おう」


この場を支配するロヴェルの言葉に、誰もが異を唱えることなどしなかった。


「サウヴェル、行くぞ」


弟を伴ってロヴェルは二階へと向かった。



***



男性専用のシガールームに向かったロヴェルは、ソファーにどかりと腰を据えて足を組んだ。肘置きに寄りかかり、頭痛を抑えるかのように額に手を置いて、溜込んでいた鬱憤を吐き出すように深く息を吐く。


「……アルベルトに大体の事は聞いた」


「ああ……あの女に家を好き勝手にされていて申し訳ありません」


頭を下げる弟に、ロヴェルは座れと命令した。

大柄のその体躯は端から見れば父上とそっくりだ。

あのモンスターテンペストの中、隣で戦い、果てた父の雄姿を思い出す。父は部下を守って亡くなった。アルベルトを守ったのだ。


父とは似ても似つかない性格の持ち主である弟は、本来ならば気弱な性格をしていた。

あの女が巻き起こす騒動に疲れきっている顔をしているのが酷く痛ましい。


「それも明日までだ。明日、あの女達を追い出すぞ」


「……子もですか?」


「あれはお前の子では無いのだろう?」


「……分からないのです」


「どういう意味だ」


「……あの女が嫁いで来た日、自暴自棄になって酒をしこたま飲んでしまって……」


そこまで聞いた瞬間気付いた。


「ああ、謀られたな」


「この様な場に遭遇すると男というのは立場が途端に弱くなると学びました……」


朝起きたら隣にアギエルが潜り込んでいたのだろう。それを想像するとゾッとする。

落ち込んでいるサウヴェルを慰めるようにロヴェルは肩を叩く。


「アギエルはあの子供をサウヴェルの子では無いと主張している」


「……は?」


「大方、俺と結婚すれば俺の子になるという理屈で話しているつもりだろうが。この際、むしろ好都合だ」


「兄上?」


「明日、司法局へ行けば離婚理由を話さなくてはならないだろう。お前は口を開くな。良いな」


「ど、どういう意味ですか。俺が罰せられるのでは?」


「そんなわけないだろう。あの女は自滅する。それに巻き込まれたくなかったら口を絶対に開くな。いいな」


有無を言わせないロヴェルの様子に、サウヴェルは、はいと返事をするしかなかった。



この話題は終わりだとばかりに一気に無口になったロヴェルを見て、サウヴェルはまじまじと兄を見る。

その姿は10年前と変わらない。いや、変わった所は確かにある。髪の色と目の色だ。


「あ……兄上、この10年どこに……」


「ああ、精霊界にいた」


「そのお姿は一体……」


「…………」


黙るロヴェルに聞いてはいけなかったのかとサウヴェルは落ち込んだ。


「ローレンとアルベルトにも同席してもらおう」


そう言って、ロヴェルは備え付けのベルを鳴らす。

直ぐ様やってきたローレンにアルベルトを呼べと命令し、部屋に入ってきた二人にこの場に同席するようにと命令する。

全員が揃ったのを見て、ロヴェルは部屋に防音の結界をかけた。盗聴されてはたまらない。


精霊界の水鏡は真実を映す鏡である。結界を張ろうともこちらの様子を妻と子はずっと見守り続けているだろう。


「俺は10年間、精霊界にいた。目覚め事態は1年位で目が覚めていたんだ。これは謝罪だな……。このまま帰ればアギエルと結婚させられると思った俺は帰ることを拒んだ」


ロヴェルの気持ちが痛いほど分かったのだろう。

幼い頃からアギエルに付きまとわれていたロヴェルの心労が痛いほど分かったらしく、ローレン達は息を飲み、納得して頷いている。


「まさかあの女が弟の元に嫁ぐとは思わなかった……。家の事を任せきりにしただけじゃなく、あの女まで……。済まなかった、サウヴェル。よくぞ家を守ってくれた」


「あ、兄上……!」


頭を下げるロヴェルの姿にサウヴェルは感極まる。ロヴェルはふと優しそうな顔をした。


「俺は向こうで愛しい人を見つけた。結婚も既にしている」


ロヴェルの爆弾発言に、ローレンとサウヴェルは驚きの余り固まってしまった。


「どうか時が来るまでは内密に願いたい。俺の妻は精霊界の女王、オリジンだ」


絶句する三人にロヴェルは続ける。


「俺は向こうの世界で婿養子になった。娘も出来た。妻に似て非常に可愛いぞ」


笑顔で続けるロヴェルに、三人は目を見開いたまま、口を開けて呆ける事しか出来なかった。

それほどまでにロヴェルは変わっていた。いや、これがロヴェルの本来の姿だったのだ。あのアギエルのせいで、隠されてしまったロヴェルの本当の姿がここにあった。


「サウヴェル、お前にも家庭があると聞いている。あの女が消えれば、そちらをここへ呼ぶといい」


「え……」


「市井の出だろうと構わない。むしろ王族の方が害だった」


混乱の余りに言葉が紡げないサウヴェルにロヴェルは笑う。

ロヴェルの言葉は、つまりこの家をサウヴェルに任せると言っているのと同じだったからだ。


「俺では……主に向いていない。この10年で痛いほど分かっている! 兄上は戻ってきて下さらないのですか!?」


「俺はこの家を継ぐことはない。……俺の姿で分かっているのだろう?」


成長していない、ロヴェルの姿。


「俺は半精霊となった。人の世は人で回さなくてはならない」


少しだけ寂しそうに言うロヴェルに、ローレンは既に溢れる涙を静かにハンカチで拭っていた。

アルベルトは拳を握って唇を噛みしめている。だが、サウヴェルは引き下がらなかった。


「でも! でも側には居られる筈です!! 人と精霊は共存している!! お願いです、これ以上家族を……俺は家族と一緒にいたいっ!! これ以上独りにしないでくれ!!」


サウヴェルの必死の言葉にロヴェルは驚いて目を見開く。

父と一緒に兄まで居なくなってしまって、サウヴェルはとても寂しかった。

母はふさぎ込み、落ち込こんでいた矢先にあのアギエルまでやってきて家の中をめちゃくちゃにされた。

勿論味方はいたが、アギエルの存在はそれらすらも拗らせる結果にしかならなかった。


母の所在を聞くと、離れに移り住んでいてこちらとは一切関わりを持ちたくないらしい。

サウヴェルはこの10年。家族と離ればなれになってたった一人で家を支えて戦っていたのだった。


「兄上は手伝ってくれないのですか!? 俺だけでは無理です。領地の者達は兄上が帰ってきたと喜んで騒いでおります!」


「……」


確かにそうであった。家臣達が騒ぎ立てたお陰で、ロヴェルは表舞台に引っ張り出されてしまっていた。

ここで消えれば、また騒ぎとなるだろう。これにロヴェルはどうしたものかな、と悩んでいた。




水鏡の向こうで、私と母は互いに顔を見合わせた。


「とーさま、悩んでますね」


「あらあら。気にする事なんてないのに」


「はっぱを掛けに行きますか? とーさまと約束したあの女は居りませんし」


「あら良いわね。ナイスよ、エレンちゃん!」


母はうれしそうに私を抱っこすると、転移した。




空中から突如現れた女性達に、サウヴェル達は驚いて仰け反った。


「あなた。何を悩んでいるというの。大好きな家族は大事にしなきゃダメじゃない」


「とーさま、気にしなくて良いのに」


私と母が父に詰め寄ると、ロヴェルは困った顔をしつつ、苦笑していた。


「心は決まっているのでしょう?」


「ああ……かなわないな」


父は母と私を一緒に抱きしめて、互いにキスを贈った。


「ああ、分かったよ。サウヴェル」


何かを決意したロヴェルは、優しい声で弟に呼びかけた。


「俺はお前の補佐をしよう。俺が消えることはない。安心してくれ」


モンスターテンペストで守った領地を、民を共に支えようとロヴェルは宣言した。


「兎も角、勝負は明日だ。いいな」


力を込めた目でロヴェルが宣言すると、嬉しさの余り涙ぐむ三人の男達はただただ頷いた。



***



三人の男達の涙がようやく落ち着いた頃に、ロヴェルは妻のオリジンだと紹介した。


「紹介するほどかしら? わたくし、ずっとあなたと一緒にいたじゃない」


「それもそうだな」


「なんと……ロヴェル様がご契約されていたのは、かの精霊王だったのですね……」


「まあ、普通に驚くよな」


「更に御子様が……」


「初めまして。娘のエレンです」


淑女の礼をすると、ローレンの顔がでれっとしたのに気付いた。


「これはこれはなんと可愛らしいのでしょう。母君にそっくりでとても可愛らしく、お父上の御髪の癖がそのままに……ご丁寧にありがとうございます。家令のローレンと申します。わたくしめの事はどうぞ、じいじとお呼び下さいませ」


「じいじ?」


きょとんと首を傾げると、ローレンはホッホッホ、と笑いながら顔がデレている。


「なんという!! わたくしめに可愛い可愛い孫ができたようですぞ!! 素晴らしいですぞロヴェル様、オリジン様!!」


「ローレン、暴走するな」


「いいえいいえ!! これです!! これを長年待っておりました! こればかりは譲れませんぞ!!」


暴走するじいじを、じーと見つめる。

何だか暴走している父を見ている様で、親しみがわいた。


「エレン様、どうぞこのじいじに何でも御申しつけ下さいませ。じいじ、頑張っちゃいますぞ!!」


わくわくと目を輝かせるじいじに、ずっと我慢していた事を話すことにした。


「じいじー」


「はい、何でございましょう?」


「このお部屋、くしゃいです」


鼻を摘まんでしょぼんと話すと、ロヴェル達が思い出したらしく慌てだした。


「部屋を移るぞ!! この部屋はエレンの身体に悪い!!」



この部屋が男性専用の煙草部屋だと知ったのはその時でした。







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