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遠い昔の約束。

ヘルグナー王城の一室では、先ほど終えたテンバール王との魔法による会談の余韻を引きずっていた。

王の書斎では、王であるデュランと側近のオルガス、そして宰相だけが話し合いの為に残っていた。

デュランはそんな話し合いなどどうでも良さそうに、側近にワインを持ってこさせた。

35になる側近は、厳つい顔立ちの寡黙な男だった。陛下に従順で常に黙って付き従っている。

顎に走る傷跡は、王に認められて側近に抜擢された逸話があると噂されているが、本当の事は本人が口にしないので誰にも分からない。


「へ、陛下……どうなさるのです」


脂汗を浮かべて青白い顔をしている宰相は五十路を迎えたばかりだが、苦労が顔に滲み出ているせいか、還暦を迎えていると言われても仕方ないほどに老けて見えた。

椅子に座って足を組んだデュランは悠々としている。

そこにオルガスが黙ってワイングラスをデュランに差し出し、ワインを注いだ。

瓶から注がれるとくとくという音と、芳醇な香りが部屋に満たされるが、宰相はよくこんな状況で酒を飲めるものだと思った。


黙って香りを楽しみ、ワインを口に含んでいるデュランは、先ほどの会談が面白かったと余韻に浸っているのだろう。

側近と宰相は黙って王の口が開かれるのを待った。


「おかしいと思わないか? あの女が裏切ったのに、裏切り返されたんだぞ。本当にあの一族は笑わせてくれる」


くっくっくと笑う王の姿に、宰相は溜息を吐いた。




事の発端は両国の間でくすぶっていた火種にある。

にらみ合いが続いていた現状を打開すべく、テンバール王が両国の留学話を持ち出したのだ。

ヘルグナーからしてみれば、呪われた者を寄越してくるなど冗談ではない。見せしめに殺してしまえと声が上がる中、デュランは精霊の呪いとやらが気になった。


「待て。その女、使えるかもしれん」


にやりと笑う王に周囲の者達は青くなる。

デュランはこうして時折、面白そうな玩具を見つけたと笑顔になることがあった。

こうなってしまえば何を言っても無駄だ。周囲の者達は黙り込んだ。そして中には、女に少しばかり同情する者もいた。


「殺す前に精霊の呪いがどういうものか調べる必要がある」


デュランの言葉にどういうことですかと声が上がった。


「呪いが奴らに何をもたらしているのか、興味はないか?」


「……それはどういう……」


「女を使って呪いの存在を大々的に広めるにも打ってつけだろう」


「なんと……」


大昔のテンバール王族の所業は語り継がれているだけで証拠も文献のみと少ない。

最近になって呪われていると言われるようになったが、所詮は噂だ。

だが、あの国だけが多大なる精霊の恩恵に肖っている事が不愉快でならない。

恵みをもたらす精霊に害したと証拠をその目にすれば、民はテンバールの王族をそれこそ許さないだろう。戦争の大義名分にもなる。


「し、しかし……呪いが我々に降りかからない保証などどこにも……」


「怖がっていてどうする? そんな態度じゃ奴等の首など到底狩れまい」


鼻で笑うデュランに臣下達は恐る恐る頭を下げた。デュランの言葉に同意したのだ。



しかし、実際現れた女はやはりあの裏切り者の一族だった。

女からもたらされた情報と提案に、デュランは面白そうだと笑ったのだった。




「それで、あの女はどうされます?」


「まだ放っておけ。下手に動くな」


「……テンバールが何かしてくるとお考えが?」


「大方、草でも忍ばせているんだろう。こちらが慌てて女の所にでも行くとはったりをかましてきたのかもしれん」


「……」


宰相は同席した会談の様子を思い出していた。

テンバール王は、それこそ申し訳なかったと謝罪してきたのだ。


『アミエルは君達の従者達を巻き込んで観光をしていたようだ。申し訳なかった』


「なんと、無事に見つかったのですか?」


『まだそちらにお邪魔していると連絡を受けた。直ぐに帰らせるので、一刻ほどそちらの国に迎えの騎士が数名だけ入ることを許して欲しい』


「……一刻ですと? いいでしょう」


くすくすと笑うデュランは、一刻だと言われた時間の少なさに笑った。

そんな短時間で連れ帰れるものならやってみろと挑戦的な目を向ける。

それにテンバール王は許可をありがとうと笑っていた。

それに薄気味の悪さを感じなかったとは言わないが、精霊の力さえ借りられないテンバールの王族が、どのような手段を用いるのか興味が湧いた。


「しかし、このままあの女共を我が国に放置されしても……」


宰相は渋面の顔をしていた。呪われている存在が予想外に増えてしまって、煩わしくて仕方がないらしい。


「確かに用済みだ。殺してしまった方が世のためだが……」


しかし、それをしたが為にアミエル達の所在を知られる可能性を思うと、下手に動けないことに気付いてデュランは眉を寄せた。


気付けば身動きが取れなくなっている気がしたのだ。

変な違和感を感じたが、己の予測がそうさせているのだと一息吐いて思考を落ち着かせる。


「……如何なさいました」


目敏くオルガスが聞いてくる。それにデュランは何でもないとだけ返した。


「しまった。あの女に用済みになったと伝えてやりたいな」


企みがばれて裏切り返されたと知れば、あの女の歪む顔が見れたかもしれないとデュランは少し残念に思った。


「だが今はだめだ。待機しろ」


「……御意」


宰相と側近は同時に頭を下げる。

宰相はそのまま退出していったが、オルガスは視界の端で待機しているのが分かった。

デュランはそのままワインを飲み直し、状況を頭の中で整理し始めた。


(なんだ? この気持ち悪さは……)


デュランは何か、言いしれない何かに囲まれている様な錯覚が起きた気がした。

テンバール王の意味有り気な不可解な言葉。

姪の救出に一刻で間に合うという、確信めいた言葉に引っかかりを覚える。


(……なぜ一刻だと?)


普通ならば入国手続きを済ませて迎えに行くからと、場所によっては馬車で数ヶ月がかかる距離だ。現に調査隊を組んだ時も、三ヶ月は見積もっていた。


デュランは握っていたワイングラスに目を落とす。

残り少ないワインを一気に煽り、テーブルにグラスを音を立てて置いた。


「おかわりは如何なさいますか?」


「貰おう」


オルガスはワインをグラスに注ぐ。

それを横目で見ながら、デュランは眉間に皺を寄せ、考え込んでいたのだった。



***



ヘルグナー上空に幾つもの力を感じ、この地に住まう精霊は何事だと空へと駆けた。


「な、何事ですか!」


上空でただ黙って佇んでいる大精霊達の姿に、異様なものを感じる。

こんな事など今まで無かった。どうしてこの国をものすごい数の大精霊達が取り囲んでいるのだろうか。


震える身体を叱咤して、精霊は返事を待った。


「貴様は誰だ」


大精霊一人に声をかけられて、精霊は喉を湿らせるためにごくりと唾液を飲み込んだ。


「わらわはこの地に住まう精霊です」


「この地か……。ならば貴様は何か知らないか?」


逆に質問をされて精霊は困った。どういう事なのかと訪ねると「探している」とだけ返事が返ってきた。


「何を……お探しなのですか」


「呪われた者を探している。知らないか」


「呪われた者……? まさかそれは昔……」


「そうだ。禁忌を犯した人間の末裔だ。あれがよからぬ事を企て、我らが姫様を狙っている」


「な、なんじゃと!?」


思わず素が出て叫んでしまった。精霊は御前の前で失礼しましたと謝罪する。


「地上で行き来すれば、いずれ気配が掴めると思ったのだが……我らが地上に降りればこの地は瞬く間に荒れるだろう。それはならぬと女王は仰る。なんと歯がゆい」


忌々しいとばかりに地上を見下ろす大精霊に、精霊はわなわなと震えた。


「なぜそのような存在がこの地に!?」


「ふむ……なんと言ったか。りゅう……、? まあ、なんだ。人間を交換したらしい」


「人間を交換!?」


つっこみ所が多すぎると精霊が目を見開くが、大精霊はめんどくさそうに言ったのだ。

その者が裏切りを働いてこの地の王と手を組み、我らの姫様を陥れんとしている、と。


これを聞いた精霊は目を見開いた。


「な……なんたることじゃ……」


わなわなと震えている精霊に、大精霊はそうだと何かを思いついた様な顔をする。


「貴様はこの地に詳しいのか。ならば手を貸せ」


この言葉に精霊はハッとする。

まさかという顔を向けると、大精霊は笑った。


「我々はこんなまどろっこしい事などしたくないのだ。直ぐにでもこの地を消し去ってしまいたい程だからな」


大精霊はにこりと笑ったが、目が笑っていなかった。それに精霊は恐れを抱き、震えが止まらない。


「我らが宝を奪おうとするなど赦せるものか」


空に散った大精霊達の個々が、内に怒りを秘めているのが分かった。

このままではこの地は人間丸ごと消されてしまうだろう。


精霊はめまいがする感覚を覚えた。





思い出すのは遠い昔の記憶。



黒をまとった珍しい自分を、恐れもせずに撫でてくれる優しいあの人の顔。

その人と約束をしたのだ。



ずっとずっと、守っていくと。




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