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情報戦の開始。

紆余曲折はあったものの、大精霊達の協力が得られるとなれば話は早い。ロヴェルは直ぐ様その旨をラヴィスエルに伝えた。


「こちらの準備は整いました」


「そうか。丁度こちらも連絡用の魔法の準備をしている所だ」


隣が戦争を望み、アミエルと繋がっているのならば必ず動くだろう。いや、動かざるを得ないというべきか。

不要だと判断されて殺されそうになれば、大精霊達に止めて貰えるようにはお願いした。

精霊達はアミエルに触れられないので、直接転移で連れ帰る事は出来ない。そこは場を鎮めてから、改めて近衛達を転移で連れ、以前ヴァンクライフト領に来た殿下を転移させたように間接的に連れ帰る手段を取る事にした。


「世話をかける」


部屋には人払いをかけていて二人しかいない場ではあったが、それでも素直に礼を言うラヴィスエルにロヴェルは目を見開いた。

エレンと一戦を交えてから、ロヴェルに対して素直な態度をこうして時折見せているが、ロヴェルは長年の印象が抜けきれず、未だに慣れないと戸惑いを覚えずにはいられなかった。


ラヴィスエルは書斎の机で書類と格闘していた。いつ来ても仕事をしている。いや、今はアミエルのせいでヘルグナー関係の厄介な仕事が増えているのだろう。

目の下にある隈の存在が一際目立っていた。


「正直な所、以前のお前ならアギエル共々その場で始末すると思っていた。道を踏み外したアミエルは助けられるのを望んでいないだろがな」


「……そうですね。迷い無く始末していたでしょう」


「本当にお前は変わった。奥方の存在は既にあった事を思えば、はやり娘の存在なのか」


「それを言えば、陛下だって変わられた」


「…………」


ロヴェルに言われて自覚があったのか、ラヴィスエルの眉間に皺が寄った。

二年前のエレンとのやりとりを思い出したのだろう。


「自覚があるとは驚きです」


「……エレンに勝てるとは思えない」


「ふふ、それはそれは」


「まあ、ヘルグナーも勝てないだろうな」


「当然です」


「私が味わった恐怖を奴等も味わえばいい」


くっくっくと笑うラヴィスエルに、ロヴェルは内心でそこまで娘が恐怖を与えていたとは……と苦笑していた。

一国が滅びかねない寸前まで追いつめられるのは確かに恐怖だろう。守っていた筈の民が一気に敵となるのだ。

ラヴィスエルの場合は城の周囲を病気を持った者達で囲まれてしまった。じわじわと病が感染して兵士達が倒れていく様は、見えない恐怖が押し寄せている様で恐ろしかったに違いない。


丁度その時、近衛から魔法の準備が整いましたと連絡が入った。


「さあ、行こうか」


ラヴィスエルは椅子から立ち上がる。それにロヴェルも続いた。

これからヘルグナーとの情報での攻防戦が始まる。

一気に高まる緊張感に、ラヴィスエルとロヴェルはにやりと笑っていた。



***



ヘルグナー国の外れにあるファーオ村では、一人の青年が森の入り口で何かを探していた。

金髪碧眼の青年は身長が高く、すらりとしていたが、捲り上げたシャツの袖からは鍛えられた筋肉が覗いている。

腰には鞘に入った剣が下げられており、鞘に貼られた革の風合いから使い込まれているのが分かった。


「お~い、いないのかい?」


草をかき分け、いつもならここら辺にいるのにと青年は溜息を吐く。


「今日はいないのかな……」


手には一枚の革の端をまとめて、簡単に紐を巻いただけの簡易な袋が握られていた。

その中にあるのはパンとチーズだ。青年の昼食だったが、昔から遠巻きにされている友人と少しだけ分けあって食べている習慣があった。

だけど友人は気まぐれで、余り相手にしてくれない。


「ユイ様、こちらですか?」


時間が来てしまったらしく、護衛が探しに来てしまった。

友人はこの護衛が酷く苦手らしく、側にいようものなら全く近づいてくれないので、昼の間だけはお願いしてある程度距離を取ってもらっていた。


「……テツ、今日は彼女に会えなかったよ」


しゅんと落ち込んでいるユイに、テツと呼ばれた護衛は苦笑する。


「まさか俺のせいとか言いませんよね?」


「それだ! テツが俺を捜していたからかもしれない!」


「言いませんよね? って言った側から言うんですか!」


酷くないですか、と笑うテツにユイもごめんごめんと笑った。


「ということは昼食はまだということですか?」


「そうなるなぁ」


「仕方ありませんね。親方様に怒鳴られる前にここで食べちゃって下さい」


「そうするかぁ……」


丁度切り株が並んでいる場所に出ると、切り株を椅子にして二人は向かい合って座った。


ユイは革の袋を広げ、中のパンとチーズを食べ始める。友人の分もあったので、いつもより少し多めだった。

友人に会えなかったユイは、少し落ち込みながらもそもそと食べている姿にテツは苦笑する。


ユイの面倒をみているテツと呼ばれている青年は、今年28歳になる青年だった。

名前はティオーツ。愛称がテツ。短い茶色の髪と瞳で、その優しそうな笑顔から村では人気者だ。

今年18になるユイの容姿も抜きん出ているので裏では人気があるが、このヘルグナー国で色の薄い髪の色は精霊との繋がりが薄く、不吉とされていて遠巻きにされている。


テツは昔からユイの面倒をみていたので、血は繋がっていないが兄の様な存在だった。

ユイの両親が亡くなって天涯孤独になる所を、その時護衛として雇われていたテツが紆余曲折あってユイを引き取った。


昔住んでいた所から拠点を移し、テツの親戚の家があるファーオ村で二人で暮らしている。

テツの親戚は剣を造る鍛冶屋でもあった。そこの親方の弟子として剣を造る傍ら、剣の扱いにも慣れるべきだとテツの指導の元、剣の修行もしている。


彼女、と呼ばれているユイの友人は、両親と住んでいた屋敷の頃から側にいた黒猫だった。

だがつれなくて普段は相手にしてくれない。時折、気まぐれに甘えてくれる彼女の存在がユイにはたまらなく幸せな時だった。


天涯孤独となって孤独を味わっていた時、彼女が側にいてくれた。

そして、下を向いて泣いていたユイの手を取って、テツは引っ張ってくれた。

ユイにとって、テツと彼女だけが家族だった。


テツはユイの貴族としての血と自身の庶民の差が埋められないらしく、未だに他人行儀ではあるが、その信頼は誰よりも厚い。



そして彼女には名前がある。だが、それはテツから呼んではいけない名だと言われた。

だからユイ達は「彼女」とだけ呼んでいる。




「……ユイ様、お耳に入れたいことがあります」


「ん? どうした改まって」


「王都から剣の注文が大量に入ったそうです」


テツの言葉にユイの手が止まった。それは何かを思案しているようであった。


「……俺には関係ないさ」


「ユイ様……忘れていませんか」


「…………」


テツの言葉にユイは昔を思い出しているのか、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。


「うちは鍛冶屋ですよ」


「食事中に仕事が増えるとか言うなよ!!」


「しばらく薪集めですかねぇ」


先ほどの緊迫した様子は無く、二人はのほほんと会話をしていた。


「さあ、そろそろ戻りませんと」


「ああ、うん」


膝の上に広げていた革の布を、パンのくずを落として畳む。

周囲は切り開かれ、森の中にぽっかりと穴があいたかのように空が見えていた。

その空は澄んではいたが、何やらきな臭い匂いが立ちこめているようで、ユイは眉間に皺を寄せる。

それを静かに見守っているテツは、もう何も言うことはしなかった。




彼らの様子を遠巻きに見ていた黒い小さな存在も、ユイに釣られるかのようにふと空を見上げた。そして何かに気付いて目を見開く。


そしてさっと立ち上がると、森の中に姿を消していった。





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