恵みの土地。
精霊の助力を請うため、ロヴェルとエレンは後日サウヴェルに説明を行った。
精霊が菓子に目がないという事実にサウヴェルは少なからず驚くが、ヴァンクライフト家の豊作を祝う催しは、精霊の加護があってこそだと喜んで承諾してくれた。
「屋敷の料理人に作り方の指導をお願いして、町の住人も集めて皆でパイとクッキーを作って貰いたいのです。そして精霊用のお菓子を別で作ってもらっても良いですか?」
「なるほど。以前、美味しそうな匂いがすると大騒ぎになったからな。最初から巻き込んでしまえば良いわけか。分かった」
苦笑しながらサウヴェルは承諾してくれた。
「パイの中身は作物を甘くペースト状にしたものの他に、お肉や野菜を煮詰めた物を詰めても美味しいと思います」
「へえ……それは良いな」
「別枠でお肉なんかもワインと一緒に甘辛く煮ても美味しいと思います。そっちの料理は大人用にどうですか?」
「それは楽しみだ」
菓子なら皆で作って、参加できない者達に配っても良いだろう。
三人で細かい予定を詰めていき、屋敷の者達にもお願いした。
サウヴェルにはリリアナ達への説明もお願いした。入院中の者達は食べられないと落胆させるのも忍びないので、配るための手伝いをお願いしたのだ。
リリアナに話があると呼び止めたサウヴェルは、ほんのり頬を赤らめながらも収穫祭の催しの説明をしていた。
エレンとロヴェルが物陰からこっそりとサウヴェルを見守っていると、気付けばいつの間にかイザベラとローレンが背後に加わっている。
(相変わらずサウヴェルはじれったいわね!)
(同感です……って、母上、いつの間に)
(息子の成長を見守っていたつもりだけど、あれから成長が見られないわ!!)
(おばあちゃま……)
じれったいわ~と手をわきもきさせるイザベラをローレンがまあまあと宥めていた。
こうして見ていると、イザベラとロヴェルの思考が非常にそっくりなのが分かる。
イザベラとロヴェルは全力で恋に体当たりするタイプなのだろう。イザベラの主張に同感だと頷く父の態度を見て、日頃の両親を見ていたエレンは、だろうなと呆れていた。
だとするとサウヴェルは一体誰に似たのだろうかと思ったエレンは、叔父様はおじいちゃまに似たのですか? とイザベラに聞いた。
(そ、そういわれてみれば、そっくりだわ……!!)
なんてこと、と驚いた顔をしているイザベラにロヴェルがにやりと笑う。
父上は奥手だったのか、とにやにやしているロヴェルの顔を見たローレンが、懐かしそうに目を細めていた。
(そうおっしゃられますと、来るもの拒まずの所もそっくりでいらっしゃいますなぁ……)
(……そうね)
ローレンの言葉に何やら思うことがあったらしく、イザベラの勢いがなくなった。
これにエレンが首を傾げたが、直ぐに何か気付いたらしい。
(おばあちゃま)
(あら、なあに? エレンちゃん)
にっこりと笑うイザベラに、にっこりと笑い返したエレンは爆弾を放った。
(おじいちゃまの所におしかけたのですか?)
(……っ!?)
急に顔を赤くするイザベラに、今度はローレンとロヴェルがにやにやと笑っている。
(エレン様、イザベラ様と先代様は伝説になっております)
(で、伝説!?)
(母上の話は有名だったが知らなかったのか。今度……)
「や、ややめなさいあなた達……!!」
イザベラは動揺しすぎたのか、声を潜めるのを忘れてしまったらしい。
顔を赤くするイザベラが可愛いとエレンはほっこりするが、何故かローレンとロヴェルが青い顔をしていた。
「ごほん!!」
背後に般若の顔をしたサウヴェルがいて、エレンも気付いて青くなる。
「何をこそこそと……」
「あら、皆様。ごきげんよう」
リリアナが笑顔で挨拶をしてくれたので、皆でハモって笑顔で挨拶をした。
そして次の瞬間、逃げろ!! と180度体の向きを変えたロヴェルが叫ぶ。
「あっ!! こら!!」
「あ、あら……?」
きゃーと叫びながら廊下を楽しそうに走り去っていく面々の後ろ姿を呆然と見ながら、サウヴェルは溜息を吐いていた。
エレンがとたとたと走っていると、イザベラ達が楽しそうにしていた。
「ふふふ! なんて楽しいの!」
「甘酸っぱいですなぁ。じいじもつい昔を思い出しましたぞ~」
「おばあちゃまとじいじのお話が聞きたいです!」
「ほっほっほ! わたくしめのお話で宜しければ」
「わーい!」
「わたくしの事は忘れていいのよ!?」
昔からは考えられない程に屋敷の空気は穏やかになっていた。
皆とお茶をしていると、勉強を終えたラフィリアが、ずるい! と参加する。
気付けば皆集まって、笑い合いながらお茶をするのが日常となっている。
エレンは、これを壊されてたまるものかと密かに思うのだった。
***
領主が提案した収穫祭は、町の住民にとって衝撃的なものだった。
お祭りだと騒ぐ子供達もいるが、純粋に祭の意図を聞くと、精霊に感謝する催しだと説明される。
作ったお菓子を精霊に捧げて感謝の言葉を述べる。それは当然だとばかりに皆が立ち上がった。
さらに、余った材料や食べ物は皆で好きに食べて良いと聞けば、皆参加したいと申し出るだろう。
当日には混乱もあったが、女子供はお菓子の準備をして、男達は竈用の薪を集めたりと忙しい。
皆と協力しながら食べ物やお酒を準備して、沢山のお菓子ができあがった。
町の中心に簡易の祭壇を作り、サウヴェルの声の元、沢山のお菓子を並べていく。
「豊穣をもたらせてくれた精霊達に感謝を。女神に祈りを捧げよう!」
皆、一心に祈る。
この領地は様々な厄に見舞われたが、精霊の加護を持つ英雄が帰ってきてからというもの、幸運が続いている。
中には死病を患って、最後の望みに縋ってこの地に足を踏み入れた者達も多い。
命を救ってくれた薬を作ってくれたのは、精霊のお姫様だと今もずっと信じられていた。
「ゼーゲン・ヴァンクライフト!」
精霊に愛されている土地、恵みの土地、という意味で誰かが叫んだ。
すると、次々にゼーゲン! と声が上がった。
領地の者達は精霊だけじゃなく、領主にも感謝を叫んでいた。
これにサウヴェルが破顔する。
エレンは物陰からそれらをこっそり見ながら、ちょっと細工を施した。
以前、両親の結婚式でやったダイヤモンドシャワーを空中からばらまいた。
空中からきらきらと光を反射する物が降ってきたことに、周囲の者達は目を見開いて驚いている。
それが人に近くなってきた所で、配列変換を変えて空中に溶けるかのように消してみせた。
そして上空を見上げていた者達がふと気付くと、お供え物が一瞬でごっそりと無くなっているのだ。
「え……っ!?」
驚く皆の前で、カイと一緒に現れた獣化したままのヴァンが進み出て、精霊代表として挨拶をした。
「我らはお前達の祈りを受け取った。その気持ち、忘れるでないぞ」
カイの精霊は大精霊だという噂があったが、余り人前には現れなかった。
一般の精霊とは違い、神々しいヴァンの姿に町の住民は畏怖を覚えたが、それを直ぐに察したヴァンは、用は済んだとばかりに転移して消えた。
これを目の当たりにした住民達は、次の瞬間には興奮して騒ぎだす。
それに苦笑しながら、サウヴェルは叫んだ。
「精霊達も喜んでくれたようだ! 今日は祝いの日とする! 皆、楽しく食べてくれ!!」
わあああああ!! と喜びの声で、ヴァンクライフト領は満たされた。
***
領地の皆が作ってくれた沢山のお菓子の山を空中に漂わせながら、エレンは大広間にいた。
お菓子の匂いに釣られた精霊達が溢れんばかりに集まってくる。
「えーっと。人間達からお菓子が届いたのですが、父が言っていた情報収集のお手伝いをしてくれるのは誰ですか?」
報酬を目の前にエレンが首を傾げると、皆一斉に手を上げる。
まるで軍隊の様に、バッと一瞬で手が上がったのでエレンは少しだけ頬が引きつった。
食べ物の魔力は怖い……と、正直思うのだった。
ヴァンクライフト家の精霊に感謝する催しは、毎年開かれる事になった。
そして恵みを感謝する意味で「ゼーゲン」と挨拶化する程までに人々に浸透していく。
「ゼーゲン・ヴァンクライフト」という名前が浸透するまで、そう時間はかからなかった。




