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推理と計画。

テンバール城の一室でサウヴェルは陛下への取り次ぎを近衛に頼んだ。

前もって約束はしているものの、やはり待っている時間というのは落ち着かない。

しかし近衛は直ぐに陛下がお会いになると返事をくれた。

それに少なからず驚くが、兄と姪が狙われているのだとサウヴェルは直ぐ様気を引き締める。

数年前、王家の手紙が原因で娘が呼び出され、誘拐事件に巻き込まれたのを思い出したサウヴェルは、陛下からの手紙は厄介ごとしか運んでこないと溜息を吐きそうになるのを何とか堪えた。


「陛下、サウヴェル殿がお見えになりました」


「通せ」


扉の向こうから陛下の声がした。扉の両脇で待機していた近衛達が両開きの扉を開く。そのまま中に入って一礼すると、陛下は室内にいる近衛達も話し合いに立ち会わせるとサウヴェルに言った。


「はい」


この話は隣の国も関わっている。

緊迫した空気の中で陛下はロヴェル達を呼んでくれとサウヴェルに言った。


「兄上、エレン。来て下さい」


サウヴェルの言葉でロヴェルとエレンが手を繋いだまま転移してくる。

ふわりと降り立った二人は、陛下に一礼した。


「お久しぶりです、陛下」


「ごきげんよう」


ロヴェルとエレンの挨拶に陛下は頷いて微笑んだ。


「エレン、久しぶりだ。……変わらないな」


少し寂しそうに言う陛下の態度にエレンは何も言わなかった。

エレンとラヴィスエルが会うのは学院での騒動以来だ。

この年齢の子供なら、一年見なかっただけで相当成長しているはずだがエレンにはそれが殆ど見受けられなかった。

よくよく思い返せば、小さな頃から知っていた筈のロヴェルにも成長が見られない。

18になる己の息子の外見と殆ど年齢差を感じなくなっている事に、人との隔たりを改めて感じていた。

だがラヴィスエルはそれらを顔には出さず、本題に入った。


「ロヴェルは良いとしてエレン、アギエルを覚えているか? 私の妹だ」


「存じております」


「手紙にも書いたが、その娘であるアミエルが隣の国に留学していた。……しかし帰ってこない」


陛下は眉間に皺を寄せながら語る。ただその表情は、姪の安否を心配しているというより、不可解だと言わんばかりの表情だった。


「アミエルの留学は向こう側の相手も同時に交換という形で受け入れていた。国境で互いの国と交流する。……しかし、留学を終えて帰ってくる筈のアミエルは現れなかった」


「…………」


「直ぐ様、魔法でヘルグナーと連絡を取った。向こうとは折り合いが元々悪かったからな。戦争をしたかったのかと思っていたのだが……」


返ってきた返事は予想と違うものだった。急いでヘルグナー側も調査を開始した。途中で何かに巻き込まれたのならば、その痕跡が残っているだろう。

しかしアミエルだけではなく、付き添っていた従者一行全てが行方不明になっていた。

更に反対方向の方角にあるアミエルの母親まで同時に行方不明になっていたこと。

ラヴィスエルはアミエル一行の行方を追うべく、ヘルグナーと共同で調査に当たらせたが何も出てこない。

全てが同時に忽然と姿を消してしまった。


「手詰まりになったので精霊の力を貸して欲しいという事ですか?」


「そうだ。相変わらず話が早くて助かる」


苦笑する陛下の態度を他所にエレンは考え込んだ。

相手の国の従者もろとも痕跡を残さず居なくなるなど、確かに不可解である。

考えられるのは隣の国が何かを隠しているというのが有力だ。

だからこそ陛下は「隣の国が関わっている」と見たのだろう。


「う~ん……」


初めてアミエルを間近で見たのは二年前のあの日、町にラフィリアの母親の実家に行ったときだ。

あの時、アミエルは確かに言っていた。「見納めに来た」と。

元々こうなる予定を組んでいたからこそ出た言葉だとしたら。

この国には帰ってこないという意識の現れだとしたら。


「……前々から計画していた可能性がありますね」


「なんだと?」


「二年前、アミエル様は見納めだとヴァンクライフト領に一度現れています。いずれ留学から帰ってくるのに見納めという言葉を使うでしょうか?」


「……確かに」


「まて、エレン。それはいつの話だ?」


サウヴェルが驚いて確認する。そういえば二年前、アミエルが現れた事は言わないで欲しいとラフィリアにお願いされていた。

しまったとは思ったが、それらは顔に出さずエレンは説明した。


「二年前にラフィリア達と町へ遊びに行ったときに会ったの。私はその時、誰なのか分からなかったから……」


そこまでエレンが言うと、サウヴェルは溜息を吐いた。

その時の様子が手に取るように分かったらしい。


「あー……エレンは驚いただろう。だから覚えていたんだな?」


「はい」


己の娘がアギエルの娘と犬猿の仲なのは誰もが知っている。特に学院のやりとりはそれはもう噂になっていたからだった。

エレンはアミエルの正体を知らなかったのだから、ただのラフィリアの仲の悪い知り合いだとばかり思って気にも止めなかったのだろう。

だがラフィリアは嫌いな相手と遭遇したなどと口にするのも嫌がる性格だから、口を閉ざしていたに違いないとサウヴェルは溜息を吐いた。

陛下は、それは確かなのかとエレンに問うた。


「間違いありません。更にもう会うことはないとラフィリアに言っていました」


「…………」


エレンは溜息を吐く。そう考えて一連の流れを整理してしまえば早い。エレンは結果だけを伝えた。


「アミエル様は恐らく、向こうと手を組むつもりで留学されたのでしょう」


「貴様……!」


王族の裏切りだと断言したエレン対して、側で控えていた近衛が我慢できないと声を上げた。

それにロヴェルとサウヴェルがエレンを庇うように瞬時に近衛と対峙する。

それを陛下は一言止めろと制した。


「し、しかし……!」


「私もエレンの考えに同意する。さすれば辻褄が合うからな。……アミエルは道を踏み外したのだ」


「しかし、その様な証拠は何も出てきておりません!!」


近衛の信じがたいという主張に、エレンが「何も出てこないからこそです」と言った。


「……どういう意味だ」


訝しげな顔をする近衛にエレンは向き直る。そしてはっきりと言った。


「そんな一行、最初からいなかったんですよ」


「なんだと……?」


「他国の王族を護衛する一行です。何かあれば一直線に戦争になるのだから一人二人の護衛の筈が無い。更に王族の女性が長距離を馬も使わず歩けるわけがない。馬車を使わないはずがないんです。馬車を使う道は限られ、そこは絶対に人通りのある道。箝口令を強いたとしても、民の口を閉じることなんて絶対にできません」


「……」


「草を忍ばせて情報を集めようとしたのに何も出てこなかった。端からそんな一行などいなかったと考える方が辻褄が合います。……アギエル様が居なくなっていることも」


「何だと!?」


これには驚きを隠せない近衛達がいた。ラヴィスエルも何かに気付いたのだろう。そういうことかと目を見開いている。


「王族である自分が行方不明になれば、両国の緊張は高まるでしょう。相手国と手を結んで、敢えてそれを起こしているとしたら。そうすれば国は確実に荒れます。それが分かっているなら、大切な人がその国にいるとしたらどうしますか?」


「……逃がす」


納得がいったと近衛達の目が見開かれた。


「そうか……だから父は……」


大きな溜息を吐いて、陛下は椅子にもたれかかった。

これにエレン以外の者が沈痛な面もちになった。エレンはどうしたのかと首を傾げる。

そういえば先代王はご病気で亡くなられたと葬儀が行われていた。しかし、その時期は?

一瞬でまさかという顔になったエレンに、陛下は苦笑した。


「父は病死となっているが、本当は斬殺されていた……。その理由がようやく分かった」


エレンのお陰だと言う陛下にエレンは目を見開いていた。

秘密裏にアギエルの救出作戦が行われていたとしたら。

娘を自ら隔離していた先代王がそれに気付かないはずがない。

前々から計画されていたとなれば、数少ない屋敷の使用人を入れ替えることなど容易だ。更にアギエルは隔離されていたが、そこでも横暴な態度でいたと報告を受けている。入れ替えが激しい使用人を全て手の者に入れ替え、そして救出作戦を決行。

しかし、予想以上に部隊の到着が早かったに違いない。これだけ情報を隠しているのに、先代王の死体だけが残っている事が不可解だったのだ。

発見当時、父の死体はまだ血が乾ききっていなかったと報告を受けていた。

部隊の到着に気付き、死体を隠す暇もないまま逃亡したのだろう。


「そんな……」


「あくまでこれらは推測に過ぎないが、そう考えれば辻褄が全て合う。最初はヘルグナーが戦争したさにアミエルを隠したのかと思ったが、そうなるとアギエルまでは説明がつかない。……やはりアミエルは戦争が目的か」


溜息が止まらない陛下は頭痛を堪えるように頭を抱えていた。

正直問題が多すぎていっぱいいっぱいになっているのが伺えた。

いつものキレがないとエレンは少しばかり心配になってしまった。


「戦争を起こす理由は何だ?」


ロヴェルの言葉に陛下は躊躇もなく言った。


「ヘルグナーの目的は間違いなくエレンだな。そしてアミエルは……恐らくロヴェルが目的だろう」


「え……?」


「エレン、お前がもたらしている恩恵は多大なものなのだ。それが欲しくない国など無い。アミエルは母親を虐げたとヴァンクライフト家と王家を恨んでいるのだろう。もしくは未だにアギエルがロヴェルを欲しがっていると仮定しても動機になる。ヘルグナーはロヴェルが邪魔だ。その対抗策としてアミエルが使えるとしたら互いの利害は一致している」


「……そんな。だからって」


「恐らく、アミエルは自ら人質にでもなるとでも交渉したのだろう。王族が相手の国で人質となれば、いくら英雄でも簡単に手は出せまい。……そう考えたのだろうな。浅はかな」


吐き捨てたラヴィスエルは明確にアミエルを敵として分類したらしい。

それに気付いた擁護していた近衛は、ただ黙って事の次第を見守っている。


「手紙類は全て調べてはいたが、アミエルは監視の目を盗んで秘密裏にアギエルと手紙のやり取りをしていたようだ。……しかし現在の所在すら何も掴めないとは」


明らかに人の手が入って邪魔をされている。

隣国はこのまま関係が悪化することを望んでいるとしたら、よい方向では無いだろう。


「誘き出せばどうでしょう?」


「……何か策があるのか?」


ニヤリと笑う陛下にエレンは溜息をつきそうになる。最初からそれを期待していたに違いない。

しかし戦争が起こって大切な人達が傷つく位なら、この程度どうということではない。

アミエルの目的が本当に父親かどうかは判断できそうにないが、私利私欲の為にこんなことをするのであれば容赦はいらないだろうと腹をくくる。


「相手が口を開きたくなる情報をわざと与えるんです。それで何もかもはっきりするのではないでしょうか」


口から漏れたものを聞き逃しはしないと風の大精霊達を配置する。

エレンは前を見据えて、計画を話していった。





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