不穏な影。
テンバール王国では、亡くなった先代の王の葬儀がしめやかに行われていた。
死因は病死と発表されたが、城の中では微かに緊迫した空気が流れていた。
王族が喪に服す期間は三年。この間は他国との交流や祝い事は控えられる。
これには戦争も含まれており、ラヴィスエルはこの期間中に少なくともアミエルを探さなければならないと頭を抱えた。
アギエルとアミエルが行方不明。そして父の死。
隣国ヘルグナーが関わっていると睨んではいるが、決定的な証拠が無い。
隠密をやって探らせてはいるが、時間ばかりが無駄に過ぎていた。
ラヴィスエルは溜息を吐いて酒を呷った。
元々ヘルグナー国とは折り合いが悪い。ヘルグナーは精霊信仰がとても強く、テンバール国の王族が数百年の間、精霊と契約できた者が全くいなかったのも拍車をかけている。
更に契約できなかった理由が判明した今、明確な「敵」としても認識された事くらいは理解している。
だが、テンバール王国には大精霊と契約した最強と謳われている英雄がいた。
更に二年前、同じくその家の護衛が大精霊と契約し、自国だけではなく周辺諸国もろとも大騒ぎになったのだ。
それは抑止力としてテンバール国の力となった。王族は精霊との繋がりが全く無いにも関わらず、テンバール王族は精霊の庇護下にあるといっても過言ではなかった。
これにヘルグナー国が何も思わない筈がない。
ロヴェルからは関わりを拒絶されてはいるが、その力の重要性は誰よりも理解している立場だけに、無碍にはできないと精霊との間に板挟みになって眉間に皺を寄せているようだ。
テンバール国はこのロヴェルの甘さにつけ込んでいるに過ぎない。脆く、一瞬で崩れそうな関係でしかなかったが、ロヴェルの娘である精霊と人間の血を引き継いだエレンが救いになっていた。
エレンは家族を大切にしている。それは父の血縁も含まれていた。
その庇護下の影響が国にも及んでいるなど、本人は思いもしないだろう。
ヘルグナー国が戦争を起こす為にアミエル達を殺していたならば、その亡骸を見せしめにするだろう。
しかし、アギエルとアミエルの姿は無い。考えられるのはアミエルが裏切ったと考えた方が自然であった。
(だが……何の情報も入ってこないとはどういうことだ?)
なりを潜めているのか、それすらも分からない。
アミエルが戻ってこないとヘルグナー国に連絡をすれば、向こうは非常に慌てていた。疑ってかかっていた分、これには少しばかり拍子抜けした。
(アミエルが勝手な行動を取っているだけなのか、それとも……)
色々な可能性を考えるが、先手を打っておく事に越したことはない。
ラヴィスエルはサウヴェルを通してロヴェルを寄越すように手紙をしたためる。その途中で手が止まった。
(エレン……)
あの聡い子ならば何か策を出してくれるのでは? と、ラヴィスエルは思案した。
家族が狙われている可能性があるとすれば?
間違いなく、彼女は確実に動くだろう。
手紙を書いているラヴィスエルの口角は、次第に上がっていった。
***
エレンとロヴェルはヴァンクライフト家の事業の手伝いの為に、定期的に屋敷へと訪れている。
父と手を繋いで屋敷へと訪れる少女の姿は、使用人達の癒しだ。
身分関係なく挨拶してくれる少女に皆がにこやかに挨拶をしていた。すると、廊下の向こうからこちらへと走ってくる人物がいた。
「エレーン、伯父様! いらっしゃーい!」
「ラフィリア!」
エレンも走り寄って二人で抱き合う。ふふふ、と互いに笑い合うが、二人の身長差から同い年には見えず、姉と妹のようだ。
ラフィリアはあれから成長し、14歳とは思えないほどに成長した。
父親のがたいの良さを受け継いでいるらしく、羨ましい事に170cmの身長を誇っていた。
エレンは何とか140cm届くか……位なので、ラフィリアと抱き合うと、いつもラフィリアの胸に顔を埋める結果になってしまっていた。
(羨ましい……!!)
会えて嬉しいとハグをする度に、いつもエレンはコンプレックスを刺激される結果になっていて複雑な気持ちに陥っている。
だがそれ以上に、大人になっていく周囲と違う存在である事が浮き彫りになっていくにつれ、エレンは置いていかれる感覚に陥って少しだけ寂しくなるのだった。
「エレンは午前中、お父さん達と話し合いなんでしょう? その間に訓練終わらせるから、午後は遊べる?」
「うん、遊べるよ」
「やった! じゃあ、後でね!!」
「うん! 訓練頑張ってね」
屋敷とは別の場所にある騎士の訓練場に向かうラフィリアを父と見送る。
ラフィリアは二年の間に急成長を遂げた。それは身体だけではなく、精神面も含まれていた。
ラフィリアは屋敷のメイド達の正体を知った経緯で、どういう理由か騎士を目指したのだ。
ラフィリアは二年前はどちらかというと母親似だった。
それが訓練を重ねて成長するにつれて、次第にサウヴェルに非常に戦い方が似ていると噂になり、そして顔立ちすらもサウヴェルそっくりになっていった。
ラフィリアが騎士を目指すことに反対していたサウヴェルは、血を争えない能力の高さに驚きを隠せなかった。
馬にも乗れるようになったラフィリアは、最近ではサウヴェルと共に遠乗りにも出かけているらしい。
これにサウヴェルが喜ばないはずがない。嬉しそうな当主の姿を見て、ラフィリアとその母親に良い感情を持っていなかった民の印象も少しずつ改善されていったのだった。
「……ラフィリアは変わりましたね、父様」
「本当にな。お転婆が凶暴になったという所か」
「もー! 女の子になんて事を言うんですか! ラフィリアはカッコいいです!!」
そうなのだ。最近ではラフィリアは女子の間から、戦っている姿がとても凛々しいと噂になっている。
馬に乗って、槍と弓を自在に操る姿はとても様になっていた。
「サウヴェルが嫁の貰い手が減ると嘆いていたぞ」
「嘘ですね。叔父様はむしろ喜ぶはずです」
「…………」
確かにその通りだと何も言い返せなかったのか、ロヴェルはむむむ、と唸っていた。
「私もラフィリアみたいな凛々しい人のお嫁さんになりたいなぁ」
「ぎゃああああああ止めてくれえええええ!!」
ロヴェルの叫びに、何事かと使用人が慌てて走ってくる。
しかし、ロヴェルが最愛の娘を抱っこして、いやだいやだと頭をすり寄せている姿を見て、またかと溜息を吐いていた。
「エレンは嫁にはやらーん!!」
屋敷中に聞こえるロヴェルの叫びに、屋敷にいる者達は苦笑いをしているのだった。
***
サウヴェルの書斎で事業の話し合いを始めようとした所、サウヴェルに話があると止められた。
「陛下から手紙を預かっています」
これにエレンとロヴェルの顔が同時に歪んだ。
余りにそっくりな顔つきをする二人にサウヴェルは苦笑するが、直ぐに真面目な顔つきになった。
「詳細は手紙にもありますが、兄上、アギエルの娘を覚えていますか?」
「知らん」
そっけなく返す兄の言葉にサウヴェルは溜息を吐きながらも続けた。
「……アギエルとその娘が現在行方不明です。恐らく、国を裏切って何かしでかしてくる可能性があると陛下は仰っています」
サウヴェルの言葉に、エレンはハッとした。
アギエルが執着していたのはエレンの父だ。もしかして……と直ぐ様察したエレンは父の顔を見た。
ロヴェルも嫌な予感がしたらしく顔をしかめていたが、サウヴェルは兄上だけではありませんと言葉にした。
「どういう意味だ?」
「ヘルグナーが手を貸している可能性が高いのです。……陛下の見立てでは、兄上とエレンが狙われているだろうと……」
エレンとロヴェルは互いに顔を見合わせた。
手に持った手紙から、嫌な予感が更に増して滲み出ていると二人は溜息を吐いた。