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閑話・新たな始まりの予感。

リリアナがヴァンクライフト家で療養するようになって半年が過ぎた頃、熱を出すことも少なくなり、次第に生活に支障が出ないほどにまで動けるようになっていた。

少し前に息子から、身体を動かす訓練をするようにと言われていた。


「お姫様が言ってたんだけど、"りはびり"と言うらしいよ。適度な運動は大事なんだって」


身体をゆっくりと動かす動きから、部屋の中で出来る運動というものを教わる。

メイドも興味津々で一緒につき合ってくれるので、話をしながら楽しくできるという利点があった。

これのお陰で身体の動きが次第に昔に戻っていくような気がした。

嬉しくなってその事を伝えると、歩行も始めようと提案された。といっても、最初こそ近場を散歩する様なものだった。それでも最初は息切れを起こす程に身体は言うことを聞いてはくれない。だが続ける内に、段々と歩ける距離が伸びていった。

リリアナはそれが嬉しくて、意気込んでリハビリに励むようになっていった。


「お姫様が言っていたけど、この適度な運動は美容にも良いらしいよ」


ヒュームのこの言葉は、メイド達によって屋敷中に駆け巡った。

リリアナと一緒に散歩をしたいと申し出るメイドが増えたのはご愛敬だ。

次第に噂を耳にしたイザベラも加わり、屋敷をぞろぞろと女性陣が徘徊する姿が目撃される。これには何事かと屋敷の男性陣は目が点になっていた。


ここまで体力が回復すれば大丈夫だろうと、リリアナは息子に相談した。


「……じゃあ、予定通り治療院近くの家に引っ越ししようか」


「私も何かお手伝い出来ることはあるかしら?」


「治療院は常に人手不足だから母さんでも大丈夫だと思うよ」


「本当? 嬉しいわ」


息子と一緒に仕事が出来るとリリアナは喜んだ。

夫が生きていた頃は、夫の患者の世話をしていたのはリリアナだった。

治療院の掃除や食事の用意とやることは沢山ある。

リリアナとヒュームはその事を伝えようと、皆が揃う朝食の場で切り出した。


「……え?」


サウヴェルだけではなく、イザベラやラフィリア、それからメイド達も目を丸くしてこちらを見ていた。

リリアナとヒュームは、何だか予想と違う反応をするヴァンクライフト家の面々に戸惑わずにはいられない。


「あ、あの……」


「……何か不満があるのか?」


サウヴェルの言葉にリリアナ達は目を瞬く。


「い、いえ。そうでは……」


「ではなぜ出ていくなんて言うのだ? 不満があれば言ってくれ。改善させる」


「そうよ。気にしないでここにいてくれて良いのよ?」


サウヴェルとイザベラが出ていくなんて冗談でしょうと笑った。


「あ、あの……ここまで良くしていただいて本当に感謝しておりますわ。わたくしの体調も戻りましたし、息子と相談しましたの。治療院近くの家に移ろうと……」


「で、出ていくというのか……?」


サウヴェルの信じられないという顔に、リリアナとヒュームは何事かと互いに目を合わせた。

だが一番ショックを受けている者が、別にいた事に気付かなかった。


「お、おばさま、出て行っちゃうの……?」


呆然としていたラフィリアがいた。

これにリリアナは苦笑しながら、違うわと言った。


「息子はこのまま治療院で働くでしょう? 家を移って、そこからわたくしも治療院に通ってお手伝いしようと思ったの」


「でも、屋敷から出て行っちゃうんでしょう……?」


「……ラフィリア?」


ラフィリアの様子がおかしいとサウヴェル達も気付いたようで、首を傾げていた。

次第に何やら思い詰めたのか、ラフィリアの目から涙がこぼれる。

ごめんなさいと一言断ってカトラリーを置いた。

そのまま出ていくラフィリアにリリアナは思わず立ち上がる。


「母さん?」


「ごめんなさい。話をさせてちょうだい」


ごめんなさいと断ってリリアナはラフィリアを追いかけた。

小走りでラフィリアの後を追う。身体の調子が戻ったお陰で身体が軽い。

思ったよりも早くラフィリアに追いついたリリアナは、待ってちょうだいとラフィリアを呼び止めた。


「ここではなんだから、あちらへ行きましょう?」


泣いているラフィリアの肩を抱いて、リリアナは庭の庭園を観賞できるベンチにラフィリアを連れて行った。

そこに座ってと促して、ラフィリアの肩を抱いたまま横に並んで座る。

くすんくすんと泣いているラフィリアの肩を抱いたまま、リリアナは優しく聞いた。


「……どうして私達がここから出たら悲しいのか、教えて下さる?」


「…………」


ラフィリアは何とか涙をこらえようと何度も目元を拭っていた。しゃくりあげるのが落ち着いた頃、ラフィリアが言った。


「……私のお母さんも出て行っちゃったの」


「……」


「お母さん、お父さんに酷いことをしていたの。お父さん達がそれに怒って……」


「そうだったの……」


そういえば、ここに来た当初は夫人がいたはずだと思い出す。

気付いた頃には姿が見えず、不審に思ったが誰も口にしなかったし、何となく触れてはいけない気がして聞けなかった。


「お母さん、町に戻ったはずなのに、会いに行ったらいなくなってたの……」


ラフィリアの母親の状況は、まさしくリリアナの状況と似たものだった。

リリアナが出ていく姿を母親と重ねて思い出してしまったのだろう。

ラフィリアはまだ12歳だと聞いている。まだ母親が恋しいだろうに、ラフィリアの母親は行方しれずだという事だった。


「わたくしね、本当だったら治療院の側の家で療養するはずだったの」


「え?」


「皆様が優しくて、ついつい長居してしまって……申し訳なくて、出て行かなくちゃって息子と話をしていたの」


「そ、そんなことないよ! おばさまが来て、屋敷の皆が嬉しそうだもの!!」


「……そうかしら?」


「そうよ! ……おばさま、よくヒュームと抱き合うでしょう?」


「え?」


「行ってらっしゃいとお帰りなさいって挨拶するとき」


「ええ、そうね。するわ」


「…………私ね、したことなかったの」


「……ご両親と?」


「うん……。いいなぁって見てたら、お父さんが気付いて……してくれるようになったの」


「あら」


「恥ずかしかったけど……嬉しかった」


「ふふふ。触れ合いは大事よ。だって愛しているんですもの」


「……愛して?」


「そうよ」


リリアナはラフィリアの頬を撫でながら、優しく微笑んだ。


「無事に行ってらっしゃいって送り出して、帰ってきたら無事で良かったって確認するの」


「……されたこと、ない」


「……」


「町にいたとき、お母さんの家はお店をしていたからいつも忙しかった。小さいときは邪魔だから店には入ってくるなっていつも言われてた」


「そうなの……」


「お手伝いしたら喜んでくれるかなって頑張ったけど……やっぱり邪魔になるの」


「そう……寂しかったのね」


「……うん」


ラフィリアは甘えるようにリリアナに身を預けてきたので、リリアナは優しく抱きしめた。

頭を撫でていると、ラフィリアはまた泣きだして出ていかないでと懇願する。


「……じゃあ、ご当主様にお願いしなきゃいけないわね」


「……え?」


「ここにいても良いですかって」


「本当? いてくれるの?」


「ええ。……実はね、わたくし、娘が欲しかったの」


「……娘?」


「息子一人でしょう? 娘がいたらね、こうやって、秘密のお話とかして、たまに一緒にご飯を作ったりして……お裁縫とか娘に教えたかったの」


「……」


「レースをね、少しずつ編むの。娘の花嫁衣装に使うのよ。わたくしの夢だったわ。だけど子供ができたけど息子でしょ? 息子にレース編みなんてできないじゃない」


くすくす笑いながらリリアナが提案する。

ラフィリアの花嫁衣装のレースを編んでも良いかと。


「……っ!! うわああああん」


リリアナの首にすがりついて泣くラフィリアの背中をさすっていると、茂みの向こうからサウヴェル達が心配そうにこちらを見ているのに気付いた。どうやら一部始終を聞かれていたらしい。

ラフィリアは気付いていないが、サウヴェルの口元が、後でと呟いた。

それににっこりと頷くリリアナを見て、サウヴェルは安堵の溜息をこぼす。

隣にいたヒュームはやれやれといった顔をしていた。



ラフィリアを落ち着かせて自室で休ませると、リリアナはサウヴェルの元へと息子と一緒に向かった。

その途中で息子に提案する。ここにいては駄目だろうかと。


「母さんがお嬢様を追いかけた後、母さんを説得してくれってご当主様にお願いされたんだよ」


「……え?」


「母さんの存在が、すごく助けになってるんだって」


「……どういうことかしら?」


「さあ? 聞いてみれば良いんじゃないかな」


丁度、サウヴェルの書斎の扉の前へと着いた。

ヒュームが扉をノックして名乗ると、入ってくれと返事があった。

二人で部屋へと入ると、そこにはサウヴェルとイザベラが待っていた。


「……すまない。ラフィリアが……」


「いいえ。わたくしが出ていくと言ったせいで、お母様と姿を重ねてしまったそうですの。申し訳ないことをしてしまいましたわ」


「まあ……」


イザベラがそうだったの、と悲しそうな顔をした。


「ご当主様、お願いがございます」


「……なんだ? 出ていくという以外の言葉なら聞くが」


先に言われてしまって、リリアナは思わずくすくすと笑ってしまった。


「ご、ごめんなさい」


「い、いや……」


「お嬢様とお約束しましたの。……ここに息子と居させていただけないかと……」


「本当か!!」


思わず身を乗り出して、嬉しそうにリリアナの手を取って喜ぶサウヴェルの姿に、リリアナは目を瞬かせた。


「あ、す、すまない……」


「い、いえ……」


「あ、勿論好きなだけいてくれ。君達が屋敷に来てくれて、屋敷の空気が優しくなって助かっているんだ」


「空気が……?」


「なんというか……今まで色々なことがありすぎて、屋敷の空気が非常に重かったんだが……」


元妻の事を思い出しているのだろう。その顔には苦悩してきたものが滲み出ていた。


「君達を見ていて、家族というものはどういうものか学んだ気がする。……ラフィリアは元々市井の出なんだ。貴族としての振る舞いしか知らない俺は、ラフィリアとどう接していいのか分からなかった……」


「……」


「君達親子をうらやましそうに見ているラフィリアを見て、真似してみたんだ。そうしたら、ラフィリアが嬉しそうにしてくれた」


それは先程、ラフィリアが言っていた挨拶だろうかと思った。


「……俺に、家族を教えてくれないか」


真摯にそう言うサウヴェルに、リリアナは驚いた。それは別の意味にも聞こえてしまって、リリアナは困惑してどう返事をして良いものか分からない。

しかし、いち早く息子は気付いたらしい。溜息を吐きながら、それは母さんと再婚したいということですか? とサウヴェルに直球で投げた。


「…………え?」


サウヴェルは思いもしなかったのだろう。

最初こそきょとんとしたものの、自分の言葉を思い返し一気に真っ赤になった。


「えっ……あ、あ、あの……」


動揺しているサウヴェルは顔だけではなく、見える肌の部分全てが真っ赤に染まっていた。

それを見て、イザベラがまあまあと嬉しそうな声を上げる。


「えっと……ご当主様は、市井の家族がなんたるかを知りたいと仰りたいのでしょう?」


「あ……いや、あの……」


「大丈夫ですわ。そんなおこがましいこと考えておりませんもの。お気になさらないで」


にっこりと笑うリリアナを直視して、サウヴェルはまた真っ赤になった。


「お、おこがましいなんて思わないでくれ!!」


「……え?」


「あ、いや、あの…………」


真っ赤になって大量の汗をかきながら、何とか言葉にしようと必死になっているサウヴェルにしびれを切らしたイザベラが叫んだ。


「じれったいわーー!! わたくしの息子ならはっきり仰いなさいなーーーー!!!!」


「は、母上!?」


「もうもうサウヴェルにリリアナさんはお任せできないわ!! わたくしにお任せなさいな!!」


「ちょ、母上!!」


「ごめんなさいね、リリアナさん。どうかしら、あちらでゆっくりお話しましょう?」


おほほほほと笑うイザベラは逃がさないとばかりにリリアナの両手を握りしめた。


「あ、あの……?」


「こんなへたれた息子は放ってあちらへ行きましょうね! おほほほほ!!」


イザベラはリリアナを伴って部屋から出ていった。

暴走しだしたイザベラに今度は青くなるサウヴェルの肩を、ヒュームがぽんと叩いた。


「ひ、ヒューム……」


「母さんは聡いようで非常に鈍いので頑張って下さいね。まあ、ご当主様ほどではありませんが」


「え……?」


「気付いていないと思ったんですか? まあ、ご当主様こそ先程自覚したようなので仕方ありませんが」


「お、俺は……」


「自覚したのでしょう?」


「う……はい……」


小声になって真っ赤になるサウヴェルを見て、ヒュームは笑った。


「ご当主様でしたら母さんを頼めます。あ、でも無理強いはしないで下さいね」


「あ、当たり前だ!! い、いや、それよりも再婚したら俺の息子……?」


「そうなりますねぇ」


あははと笑いながらヒュームも部屋を出て行った。

一人残されたサウヴェルは、ぼそりと呟く。


「息子……俺に息子……?」


自分で呟いて想像したのか、またもや真っ赤になってうめくサウヴェルがいた。




午後になってもサウヴェルは真っ赤になったまま悶々と考え込んでいた。

そこにロヴェルがやってくる。良い相談相手が来たとサウヴェルが飛びつくが、気持ち悪いから離れろと邪険にされるのだった。




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