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存在の証明。

部屋の中にはラフィリアの泣き声が木霊していた。

それにうるさいと言わんばかりの叫びが突如沸き上がる。


「どうしてラフィリアまで!? 私の言うことが信じられないの!?」


「……お前は信じろと言うが、お前の行動のどこを信用すればいいんだ。現にお前は女神の断罪から手袋を外していないじゃないか」


「こ、これは……」


「女神の断罪の証拠が消えていないんだろう? 女神に断罪されても、俺はお前を信じようとした。……それに応えなかったのはお前だ」


「……っ」


「お前が俺の信用を踏みにじったんだ。……その前から踏みにじられていたようだがな」


自嘲するように鼻で笑うサウヴェルに、アリアは唇を噛んだ。

そしてサウヴェルを助けるようにイザベラが言った。


「アリア、その手袋をお外しなさいな」


イザベラのその言葉は当然だった。信用しろというのならば、その証拠を出せと言っているのだ。

これにアリアは気が触れたように、嫌よ!! と叫んだ。


「お前達!!」


イザベラが柏手を打つと、メイド姿の女性が三名、アリアを取り押さえて手袋を外させる。その手際は騎士を彷彿とさせた。やはり彼女達も騎士なのだ。

事態を見守っていると、母から術を解く気配がした。以前アリアに施した断罪の痣が見えなくなる術をかけていたので、それを解いたのだろう。ちらりと母を見ると、くすくすと笑っていた。


抵抗を許さないとばかりに瞬時に外された手袋から現れたそこには、二の腕までびっしりと茨が巻き付いたかのような痣が広がっており、どす黒く変色していた。

指の先、爪までもが真っ黒に染まっており、その異様な姿にラフィリアとイザベラが悲鳴を上げる。

自分の腕を掻き抱くようにアリアは腕を隠そうとした。だがその痣の広がりと色で、アリアの裏切りは逆に証明された結果となった。


「サウヴェルはお前を信じたというのに!!」


イザベラは怒りで涙が溢れていた。

だが、アリアの主張は違うものを見せる。


「私を愛しているというのなら信じてよ!! 女神の断罪というものの方を信じる方がどうかしているわ!!」


「お前……」


「だってそうでしょ!? 目の前の私よりも女神を信じるというの!? そんな者、どこにいるというのよ!!」


アリアの主張に、母が堪えきれないと大笑いを始めた。

周囲の者はぎょっと母を見る。母の正体を知っている者達からしてみれば、女神の目の前でアリアはこれ以上にない不敬を働いているのだ。


「やあねぇ、目の前にいるじゃないの」


クスクスと笑う母にアリアが眦を釣り上げて叫ぶ。その美貌が女神だとでも言うつもり!? とあざ笑うアリアの姿は異様な雰囲気をかもしだしていた。


「わたくしはこの世界で全ての母と呼ばれているわ。お前を断罪したのはわたくしの姉よ」


母は今まで隠していた女神の波動を解放した。

空に浮かび、光を放つ母の姿を目にしたアリアは呆然としている。


「お前がわたくしのロヴェルに手を出すというのならば容赦しないわ。それはサウヴェルも同じよ。ロヴェルの大切な家族だもの。お前は女神を敵に回したのよ」


くすくすと笑う母の姿を目にした者達は床に膝を付かずにはいられない。

母に畏怖された者達は次々に膝を付いて脂汗をかいていた。

どんどんと青白くなっていく周囲の様子に、私はかーさま、と声をかけた。


「かーさま、周囲に影響が出ています」


「あら、やだわ。ごめんなさいね」


しゅんっと周囲の空気が一瞬で変わる。母はそれでも空に浮遊しながら父の腕に寄り添った。父は大事そうに母の腰に手を回す。


それを瞬きもせずに呆然と見ていたアリアは震えるばかりで何も言葉にできないようであった。

母はアリアがどうしてこのような行動をしていたのか、全て知っていると発言した。


「お前は自分を愛しているのならば何をしても許されると思っているのね。それが愛だと豪語して他の男の愛も求めたのよ。サウヴェルはお前を一心に愛していたのに、貴族の妾という立場で揶揄されていたのを利用して、男の同情を集めるために可哀想な自分を演じたの」


「…………」


「お姉さまはこうなることを知っていたわ。だからお前に警告したのよ、おばかさん。それなのに、お前は女神すらバカにしたわね」


母の言葉にアリアはヒイッと悲鳴を上げた。

自分が何をしたのか、ようやく理解したらしい。


「その上お前は女神の中で一番怒らせたらいけない子を怒らせたの。大好きなおじさまの命を狙ったのだもの。仕方ないわね」


アリアはハッとして私を見る。私の怒りは抑えられそうになかった。ただ、命だけは奪わないようにと注意をして力を解放する。


「エレン!?」


私の力の解放に父の驚いた叫びが部屋に響く。

私は女神の端くれである。元素を司る私は、物を構成する元素に作用する事も可能だ。そのミクロの世界は全ての情報を基とする。その情報を操作して改変するのだ。


アリアの腕に巻き付いていた茨がぞわぞわとアリアの身体を這いだした。虫が這う動きにも似たその動きにアリアは悲鳴を上げる。


次々と茨はうねり、胸元を広げていたアリアの体中を這っていくのが分かった。首に巻き付くように茨がうねったところでようやく止まる。

アリアの顔だけを残して、体中が真っ黒に染め上げられていた。


「いやあああああ!!!」


アリアの半狂乱になった叫びは他の者をも震え上がらせた。

一体何が起こったのかと周囲は呆然としている。


「エレンちゃん……あなた、お姉さまの断罪に干渉したの?」


まさかこうなるとは思っていなかったと母が半ば呆然と言うと、私はふんすと鼻息を荒くした。


「私は元素を司る者。ホモジナイズされてミクロソームにされなかっただけでもありがたいと思って下さい!!」


「ほもじ…?」


父がきょとんと首を傾げる。

あ、つい専門用語を使ってしまったと私は言い直す。


「すりつぶされてかき回されてどろっどろにされなかっただけでもありがたく思って下さい!!」


それを聞いたアリアは泡を吹いて気絶した。

私の「潰します」の意味が分かったらしい。


「エレンちゃん、物理はだめよ?」


「……してません。我慢しました」


「偉いわぁ~」


母にイイコイイコと頭を撫でられる。

その横で、父に「エレンの物理が怖い……」と呟いているのが聞こえてきた。



***



気絶したアリアを隔離して、サウヴェルは泣き続けているラフィリアをずっと抱きしめていた。

愛おしそうに抱きしめるその腕に縋りつくラフィリアを見て、私は申し訳なくなる。

アリアはあんなことをしていても、ラフィリアの母親に代わりはないのだ。


「……ら、ラフィリア……」


私が意を決してラフィリアを呼ぶと、ラフィリアはびくりと肩を振るわせた。

アリアの姿は、見る人全てから異様に思われてしまうだろう。

サウヴェルはそれだけでこれ以上追求するつもりは無いと言った。それは別の意味でアリアを哀れんだのだ。


私の呼びかけにラフィリアは涙を何度も拭いながら何とか涙を止めようとしているのが分かった。


「あ、あの……」


言い淀む私に、ラフィリアの方がはっきりとした言葉を紡ぐ。


「……エレン、ごめんなさい……私、勝手にエレンを恨んでた……」


「え?」


ラフィリアの言葉に私はきょとんとすると、ラフィリアの胸の内を明かされたのだ。


「……私、お母さんと一緒にいつも男の人に可愛がられてたの。お父さんがいなかった事が多かったから、よく遊んでもらったりしてた……」


ラフィリアの言葉にサウヴェルが辛そうな顔をする。アギエルに振り回されてひっ迫する領地の経営に追われていた背景があったのだろう。


「今思えば、お母さんが変なのが分かるわ。私、やっと分かった……お母さん、嫌われて当然なのよ……私も同じ事してたもの……」


ラフィリアは学院で言われていたことを思い出していた。

自分達の行いがどう見えていたのか、周囲の評価の真意を。


「お父さんに反抗して勉強をさぼったりしてた。なのに、可愛がられて当然って思ってて……エレンエレンって皆が言うのに嫉妬してた……嫉妬する資格なんてないのに」


鼻をすすりながらラフィリアは続けた。


「全部エレンが悪いんだって、私が可愛がられないのも、友達ができないのも全部……全部自分が悪いのに……」


ひっくとしゃくりあげるラフィリアに、私は思わずもういいよ、と言った。


「もういいよ、ラフィリア。ラフィリアはきちんと気付いたのだもの。謝るのって勇気がいるんだよ。ラフィリアは勇気があるよ」


「……エレン?」


私の言葉にきょとんとするが、次の瞬間、またぶわりとラフィリアの目から涙がこぼれた。


「でも……でも!! 私もうみんなから嫌われた!! 友達一人もいなくなっちゃった……!!」


うわああんと泣き出すラフィリアに、私はラフィリアの手を取ってにこりと笑った。


「あのね、ちゃんと謝れたら、そこから新しくなるの。だからね、私達、もう友達だよ、ね?」


「ひっく……と、ともだ、ち……?」


「それ以前におじさまの血が繋がってるんだよ? 友達よりも絆が強いんだよ!!」


従姉妹だもの! とにっこりと笑うと、ラフィリアは今度は私に抱きついて大泣きする。

その背中を撫でながら周囲をふと見渡すと、周囲の人達も胸を打たれたのか涙を見せていた。


「ラフィリア、良かったな」


サウヴェルが微笑む。

だけど、謝罪するなら自分もそうだとラフィリアに謝罪した。


「エレン……?」


「アリアおばさまはラフィリアのかーさまなのに……私……」


「エレン」


私の言葉をサウヴェルが遮った。私ににっこりと笑ったサウヴェルは、私にありがとうと言った。


「俺が殺されると思ったエレンは、俺を想って怒ってくれたんだ。エレンはアリアを殺すことも出来た。それを敢えてせずに、断罪の延長だけで済ませた。そこは感謝しないといけない。アリアの命を絶たないでくれてありがとう」


「サウヴェルおじさま……」


私もぶわっと涙が溢れる。私とラフィリアはサウヴェルに一緒に抱きついて泣き出した。


「あらあら。サウヴェルはモテモテね」


母が笑いながら言うと、その隣で父がエレンを貸すのは今回だけだぞと拗ねた顔をしていた。


「でもサウヴェル……おばかさんはあれで良かったの?」


母の言葉にサウヴェルは私達二人を抱きしめたまま頷いた。


「はい。俺とラフィリア……そして家に干渉しなければこれ以上は望みません」


アリアは市井に戻された。

サウヴェルの命を狙っていた者は騎士団の牢屋にいるらしいが、アリアはサウヴェルの殺害は望んでいなかったと判断されたのだ。

だが、顔以外の皮膚は二度と外に晒せないだろう。

断罪の茨がどす黒く巻き付いているのだ。これからは人目を気にして過ごさなくてはいけない。

更にこの場面を女神達は見ていたらしく、司法局を通す前にアリアは女神により断罪されて男性には近づけなくなっている。

サウヴェルにとっては、これこそが一番すっきりとしたらしい。


「そう……ならいいわ」


母はにっこりと笑って、そして私に笑いかけた。


「それじゃあエレンちゃん~! お祝いしましょうね~~!!!」


母の突然の発言に周囲は何事かと驚く。

どうしたんだ、急にと父が問うと、母は嬉しそうに言った。


「エレンちゃんが女神としての力に目覚めたのよ~~~!! 精霊界がお祭り騒ぎよ~~~!!」


私を含め、母の言葉にぎょっとする。


「……女神?」


「エレンは元素の精霊。それは精霊として司っている力にすぎないわ。それよりも、女神としての力があるの」


「女神としての力……?」


「エレンは物質を司る。それは存在するために必要な要素。エレン、あなたは"存在"を司るのね。さすが私の娘だわ」


「そ、存在……?」


「認識するには目に映る物が必要なの。実感することも必要になるわ。……もう分かるわね?」


そうだ。私は電子信号すらも操ることが出来る。

人の記憶や物質に干渉できるということは、その「存在」を消すことも容易ということだ。


「……私は」


「エレンちゃん、それが"女神"なのよ」


呆然とする私に母が言った。


母は全ての生みの親である。



つまりは私はその娘として、存在する全てを証明し、そしてそれを否定することができるということだ。




つまりは、存在の証明「死」を意味する女神であるということだった。




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